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11 1歳になります



 フィリアは丸一日目を覚まさず、更には三日間身体を動かすことができなかった。


 筋肉痛のような痛みに苛まれ。倦怠感から四肢が重く、指一本動かすのも億劫となるほど。その上少しでも動かそうと力を込めてはプルプルと震えて数秒も持たない。



 ―――嫌になっちゃうな・・



 得意の魔法も満足に扱えない。

 浮遊すら覚束無いのでフィリアは転生してから初めてであろう『おとなしく』する事が出来ていた。


 その間の家族は過保護なほどに過ごし。あまりの不調っぷりに「セバスを呼べ」と騒ぎたて実際セバスが呼ばれ契約で繋がれた故のフィリアのわかりにくい部分や心情をなんとなくではあったが読み取ってくれ、更には対処もしてくれた。


 もちろん未だ要観察中のセバスはフィリアに触れることはおろか、要件を手短に果たしだけで直さま連れ去られるのだが、その度に見せるセバスの表情は何とも言えない幸福とお預け感の混じ合わせたものだったのには苦笑ものだった。


 それにセバスがゼウスとマーリンに居合わせたときは流石に冷や汗を隠ぬ程の修羅場だった。





 そんな日々を超え。



 ―――復活だーーー!!

 「だぁーーーー!!」



 フィリアは小さな両拳を掲げ大きな声を上げた。




 それからの日常は一変した。

 ぱっと見、変化した事はないはずだった。周りの人員も家族の重い愛情も。日々の鍛錬や幼児教育も。


 しかしフィリア自身の開き直りは大きな変化だった。


 あれだけの人数、今にして思えばこの城のほとんどの人間がいたんでは?と思える程の人数の前で堂々と魔法を行使したのだ。



 ―――じゃぁもういいんじゃね?



 そんなフィリアの迷惑な開き直りによって、フィリアは魔法を堂々と使い。鍛錬し、実験し怒られるという状態になった。


 そのおかげでフィリアは常に浮遊魔法を行使し活動範囲を広げていた。

 最初こそ物珍しさや驚きがあったし、家族や使用人たちとのチェイスバトルも多くあったが、一週間と経たずに皆慣れてしまっていた。


 まぁ容認される条件として監視兼世話係のミミかマリアが常に傍にいるのだが。


 とにかく様々な・・主にフィリア発信の問題がとりあえずの落ち着きを迎えた頃。アークが意気揚々といった様子で告げた。



 「来月はフィリアの誕生日だ!!ようやく領民にもお披露目できるぞ!!」



 リリアに抱き抱えられたままフィリアはジト目を向けた。



 ―――まぁたなんだかめんどくさい事が起きそうな予感がする・・・


 「なら!私はフィーとお揃いのドレスを仕立てたいです!!」


 「姉さま、俺も!俺もお揃いがいいです!!」


 「あら。それならアランの服も同じ意象でお揃いに仕立ててもらいましょう」



 楽しげなリーシャとアラン。言葉を発さないがその様子に僅かに耳が動いているフリード。その様子にリリアは隣に腰掛けたフリードの頭を軽く梳くように撫でて「フリードもね」と言葉をかけ、フリードもそれに小さく頷いた。



 「その日は城の者だけではなく。街を。いや領を上げての祝祭だ!!」


 「「おーー!!」」


 「あらあら。よかったわねフィー。・・・でもその日は国中の貴族や有権者から訪問やら祝い品やらも来るのよね。忙しいわよ?準備は間に合うの?」


 「ふふふ。この日のために前々から準備は滞りなく万事万端さ!!天使な愛娘の初めての晴れ舞台だからな!!」


 「あら。フィーにサプライズね」



 ・・1歳の赤子にサプライズとはこれ如何に。

 ・・・意味はあるのだろうか?



 ―――はぁ。絶対めんどくさい・・。まぁでも、一年か・・。1歳・・少しは楽しみにしててもいいかもな



 フィリアもなんだかんだ言っても満更でもない。

 少しばかりこそばゆさもあるがそれでも嬉し楽しみな心情を誤魔化すことはない。素直に笑みを零した。



 「だがなー。ひとつ問題がなー」


 「なんかあるの?」



 子供たちは素直に楽しみが勝るが。アークの不穏な呟きにリリアは疑問符を浮かべて反応してしまった。



 「・・陛下が来る」


 「は?」


 「それも先月披露目を終えた殿下を連れて・・」


 「はい?」





 ―――ほらぁあああ!!やっぱ面倒事あんじゃんかぁあああ!!!



 フィリアの心の阿鼻叫喚はその日城中に響いた。

 もちろんその声を聞けるものはいなかったが想いは伝わっただろう。



 それにしてもフィリアはともかくもれなく家族全員揃って嫌悪感丸出しの表情なのはどうなのだろう。・・不敬じゃない?





―――――



 その日はあっという間にやってきた。


 フィリアの初めての誕生日。

 そして小さな姫のお披露目。



 この日を迎えるまでの日々はあまりに濃密だった。


 リリアとリーシャには着せ替え人形の如く扱われ、毎日最低でも十着以上の試着。

 仕立ての注文を終えてもアクセサリーだの小物だのを連日充てがわれ、仕立て終わったらその衣装をあーでもないこーでもないの着せ替え人形リターンズ。

 しかも何着仕立てたのか、次々と違うドレスが毎日あてがわれた。


 アークとアランはそんなフィリアファッションショーの常連観客とかし、美麗賛辞の雨あられ。惚けたような表情が標準装備となっていた。


 その上「天使」だなんだという言葉に紛れるように先頃お披露目を終えたばかりの王子様を貶さぬよう気遣いながらも低い評価を与えるという高度な印象操作を行ってくる。

 しかしまだ1歳の赤子に対し『女誑し』はどうなのだろう・・。というか、確実に不敬な言動のオンパレードだと思うのだが。



 そんな中、唯一の癒しというか心の支えはフリードだった。


 母と姉の熱狂は諫めてくれはしなかったし、父と弟の洗脳を止めようともしなかったが。

 フィリアにとっての唯一の癒し。


 着せ替えの猛攻の中やそのあとも文句はおろか面倒な表情もなく。いつでも優しく微笑んでフィリアを膝の上に匿ってくれた。

 洗脳の際も膝の上の温もりにまどろむと優しく支えてくれたり、そっと耳を塞いでくれた。最上の揺り篭のようだった。


 そんな癒しの兄フリードはこの地獄を乗り切る唯一の支えだった。


 故にいつの間にかフィリアの定位置はフリードの膝の上となりフィリアにとってもっとも心安らぐ大好きな場所となっていた。


 そのせいで他の家族たちからはジト目で睨まれるが、フリードは澄ました顔でフィリアに微笑みいつものように本を開く。

 ほとんどは本を読むフリードのもとに避難するため、フリードが読む難しい本だが。時折フィリアのために絵本や童話を広げてくれた。



 ―――フリードお兄様、大好き!・・でもね。この絵本はどうなのだろう?・・・いや、フリードお兄様に限って他意なんてあるわけ無い!マイオアシスのフリードお兄様を疑うなんてありえない!!パパやにぃにぃじゃあるまいし・・・・うん・・でもやっぱり『ダメダメ王子をやっつけろ』って・・



 題名通りの内容である。

 というか明らかな意図があっての選択である。

 しかし今の盲目的なフィリアはその腹黒さを黙殺して気づかぬふりをした。



 とにかくそんなデスマーチの中、今までと変わらず幼児教育や魔法鍛錬、歩行訓練を行いあっという間に時は経ってしまった。

 ちなみに歩行訓練は功を成し2mは歩けるようになった。





 コバルトブルーを基本としてアクセントではあるが馴染むような純白の白が一緒に織られている。

 全体的にフリル素材で様々な花の形に透かしがありそこから幾重にも重ねられたグラデーションの色彩が透けて映える。

 衣装全体には金糸が織り込まれキラキラと煌めく。

 黄昏色の頭には少し厚手の濃紺のリボンがヘッドバンドのように巻かれ片側で愛らしく結ばれている。


 そのリボンの大きな結び目から垂れる余ったリボンは肩口を過ぎフィリアの胸のあたりまで落ちていた、そこを起点にしてなのか白いレースがリボン全体を縁っているが胸元に落ちたリボンの端がもっとも白いレースがふんだんで目を引く。



 赤子の身にはあまりに豪奢な装いだったがそれを纏うフィリアは負けるどころかどこか神秘性を孕んで『天使』の賛美が不本意ながらも至極体現していた。



 当初の予定通りリーシャはそんなフィリアとお揃いの衣装だった。

 フィリアの二頭身ドレスとは違いきちんと体躯に添ったドレス。


 9歳の上、成長速度の遅いリーシャではあったが細い身体に添うように作られたドレスは、愛らしさよりも美しさを引き立てた。

 さすがフィリアの姉だけあって天使然とした見た目で儚くも美しく、相反するはずの凛とした雰囲気までも孕んだ美しい少女。

 人の目を引く美しさをその身でもって体現していた。


 フリードとアランもお揃いを意識した装いだ。

 ジャケットは二人共フィリアたちよりも濃い色彩の生地に金糸の刺繍がいくつもの花形を縁って全体を張っている。


 ふたりの違いはフリードは長いスラックスにフィリアたちのフリルを使ったスカーフネクタイ。アランは腿の真ん中ほどの短パンスラックスで蝶ネクタイはフィリアのリボンと同じ素材など所々違うが傍目にお揃いがわかりやすい。



 そんな子供たちの両親はお揃いの衣装ではないがその胸元にフリルとレースをあしらった子供たちとの繋がりを身につけていた。


 アークはこれが正装なのだろう軍服のような衣装。

 豪奢ではあったがそこには利便性や効率を考えた上での見栄が覗かれるあたり、正式な正装なのだろう。フィリア自身も何度か同じ装いのアークを見覚えている。


 リリアは純白のドレスの上に金と紫で様々な意象を織られた長い一枚布をたすき掛けしている。純白のドレスは薄い生地を幾重にも重ねられているのか、体のラインを生かしつつも全体的に生地が余分に揺れている。

 その姿にリリアが女神と言われてもフィリアは信じられると感想を抱いた。





 大きな歓声が終わりなく湧き上がり続ける。見下ろす限り全てを埋め尽くす人々。

 晴天に聳える白い流線型の城。その中腹あたりにあるバルコニーから六人は手を振って見せていた。


 ファミリア領。領主一族レオンハート大公家。

 国に五大公と呼ばれる最上位貴族。世に魔導王と揶揄され、魔術師たちのメッカとされるルーティアの主。



 貴族爵が時流に飲まれつつあるこの時代にありながら民から愛され国から欲される。


 故にこの日、新たな姫の祝いは眼下の者に収まらず領を上げての最上の祝いが行われている。まるで堰を切ったかのような歓声だが一年前の歓声はこの比ではなかった。


 フィリアの生まれた日。正式な公表はされなかったにも関わらず、知らせは風に乗り、人の舌の上を滑り、その日の歓声は領を震わした。


 しかもそれが初めてではなく。レオンハートに御子が出来、生まれ、披露される時の恒例であるのだからその慕われ様がわかる。



 そしてそんな目の前の光景に満足気な面々と違い、引きつるような心情でリリアに抱かれるのはフィリアだ。


 想像以上。そう言ってしまえば単純だが目の前のその光景は余りにも狂気の沙汰だとおもってしまっても仕方ない。



 例え前世の記憶を引っ張ってきてもここまで人民の称賛を得た統治者を知らない。

 ましてや現代日本の政治家支持率など比較対象として余りにも不遜だ。


 熱狂的なカルト教やロックフェスなどの方が近いと思ってしまうほど。

 しかし民の瞳。そこに狂信的な色などはない。むしろ親しみや友好などの穏やかな感情だ。


 それでもこの歓声なのは、やはり純粋に愛されているのだろう。



 優れた統治者なのかはわからないが、少なくとも不遇を是としない統治者なのだろう。



 おかげでフィリアも若干引き気味の祝福ではあったが、恐れは抱かずに済んでいた。




 だからといって引きつる頬を戻せはしないが・・






 「皆ありがとう!親愛なる我が領民の皆からの賛辞に心よりの感謝を思う。今日は我が最愛の末姫のお披露目である。我がもとに生まれてくれてから一年の間、皆を待たせたが、ようやくこの日を迎えられた。今後ファミリアやレオンハートへの親しみをこの子にも与えて欲しいと思う」



 恭しく口上を述べ始めたアーク。その声色は穏やかさと為政者としての威厳とを含んで響き渡っていた。

 そんなアークの姿にフィリアは感心するような思いを抱いた。



 ―――パパ普段はアレなのに。こういう時はかっこいいな。なんか権力者って感じだ



 権力者である。

 それもかなり上位の。

 この地の。眼下の者たちの。統治者である。



 ―――それにしてもあれすごいなぁ。どういう原理なんだろう?



 しかしフィリアはそんなアークのイメージアップチャンスを簡単に意識の外にポイッとすると、アークの喉元に感心を送っていた。


 アークは喉元に手を当てているだけだがフィリアの目にはちゃんと魔力の流れが見えている。

 アークはそれを使い声を拡声していた。朗々とした語り口調であっても大きく響き遠くまで通る声。

 フィリアはその仕組みの方が気になって仕方なかった。

 


 「生まれて間もないながらに魔法を司った我が愛しの末姫」



 魔法の言葉に歓声は一層大きくなった。



 「しかもそれを行使出来るだけの魔力にも恵まれたレオンハートの姫」



 歓喜にも似た声と口笛がそこらかしこで上がる。



 「名をフィリア・ティア・レオンハート!我らの新たな寵姫だ!!」



 わぁーっとした歓声が最高潮となって上がったのにフィリアは少し肩を跳ねさせた。

 空気が震えるほどの大歓声。しかしフィリアにはもう一つ気になることがある。



 ―――そういえば、ティアってなに?



 わかりません。








 城下に対してのお披露目の前。

 家族は集まって互いの衣装を散々褒め合い、愛の言葉を大判振る舞いしていた。


 その後城下へのお披露目を終え今度は城内での披露宴なのだがその前室でデジャブのような褒め合いが再発した。



 「フィー。本当に天使ね!私と同じ衣装なのになんでこんなに愛らしいのかしら」

 

 「姉上。フィーも天使ですが姉上も天使です。とても美しくこのままでは神にさえも見初められるのではと心配になるほどです」



 リーシャは相変わらずだがフリードの賛辞はどこか口説き文句に聞こえるとはフィリアも思った。


 普段は口数の少ないフリードだが読書家のせいかよくこういった詩的な恥ずかしい歯の浮くセリフを吐く。しかもそんなフリードの言葉に満足気に恥じらう様子が皆無のリーシャを見ていればそれを端整するものがいないという問題が原因だとわかる。



 ―――さすがフリード兄様。素敵な言葉だ



 そして盲目な信者の影響でもある。

 


 


 「皆様お時間です。広間の方へとお願い致します」



 侍従が控えの間に呼びに来た。

 それを聞き皆揃って部屋を後にするが賑やかさはそのままだった。



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