144 魔導師が縋る立場
「なるほどねぇ・・。それで姫様は、試してみたと」
フィリアとルリアによる悪魔ギィの考察。
それを聞いて周囲の反応は真剣で張り詰めたものとなった。
「確かに、あの悪魔の使った力はフィーの魔法とよく似ていたわ。・・そして、本当に同じものならば、同じことが出来ても不思議じゃない」
「とは言えねぇ・・。正直原理もわからない中では無謀よぉ。精霊の力は魔法とは似て非なる物。同じような事象を起こせるからといって同じ事が出来るとは限らないわぁ。況してや、伝承頼りなんて不確定要素が多すぎるでしょぅ?」
フィリアの魔法、その中でも特に練達している『重力』魔法。
フィリアの代名詞ともなり始めている程に、知られていない力。
だが、その可能性や原理についてはフィリア自身も分かっていない。
存在を知っているだけで、知識は乏しい。
そして、だからこそ、無謀にも挑んでみたのだ。
しかし、そもそも精霊と人では存在原理から異なる。
肉体的にも、精神的にも、別次元の存在。
例え、同じことが出来たとしても、それが人の身にどんな影響があるかもわからない。
「無茶をしたという自覚を持ってくださいねぇ」
「・・はい、ごめんなさい」
ジョディの軽いこづきに、痛くはないが額をおさえた。
「でも、悪魔の手掛かりを得たのは、お手柄よぉ」
ジョディはそう言って微笑むと、今度はフィリアとルリアの頭を優しく撫でた。
「只でさえ悪魔の情報は少なくて、噂話程度でも貴重なのよぉ。だから今回の気づきは大手柄よ。・・もちろんこれから、更なる確証を得るために調査をする必要があるけど・・それでも、ようやく光明が見えたのはたしかだものぉ」
素直に褒める事は出来なかったが、それでも困ったように笑う表情には、複雑ながらも叱責するだけではない感情があった。
「とりあえず、後の事は閣下たちと話し合ってからね。その時バレーヌフェザー大公閣下にも話しておくから、姫様も一応、もう一回診察を受けてくださねぇ」
言い含めるように、フィリアの額を指先で弾くジョディ。
何処までも、彼女の仕草には色気がある。
・・あの姿でなければ。
「あ、それとリーシャ様」
ジョディは思い出したようにリーシャに視線を向けた。
「精霊術の件ですけど、マリアちゃんからも了承を得られましたよぉ」
「え、本当に!?」
「はい。微力ながらお力添え出来ればと思います」
「ありがとう!!マリアが師事してくれるのなら百人力だわ!」
改めて姿勢を正したマリアは、喜色満面の笑みを見せたリーシャへ深く頭を下げた。
「りーしゃねえさま?」
「ごめんなさいね。フィーからの了承も得ずにマリアに頼み事をしてしまって」
「いえ・・それはいいのですが・・」
マリアが優れた侍女であることはよく知っている。
況してや、このレオンハートの居城で上役として力を振るのだから、魔術師としても一定以上の腕があるのは間違いないだろう。
しかし、それでもマリアはあくまで侍女。
既に一流の魔術師として認められているリーシャへ指導するなんて想像できなかった。
その為、疑問符を浮かべた表情でフィリアは、マリアとリーシャへ交互に視線を向けた。
そんなフィリアの様子に、リーシャはクスリと微笑んだ。
「フィーが生まれるまでは、マリアに精霊術を教わっていたのよ」
「まりあにですか?」
意外な過去に、眼を丸くするフィリア。
しかしそれ以上に表情を変えたのはジョディだった。
苦いものを口にしたように、眉根を寄せ、腕を組んでいた。
「精霊術はとても特殊な術なのよぉ。だから、それを一定以上の技量で扱える者自体も多くないし、況してや魔導王の姫に教えられるだけの人間なんて、本当にひと握り。・・と言うか、騎士であるミリスにさえ及ばない術師ばかりで、魔導師団長としては恥じ入るばかりよねぇ」
「いや、そんな事は・・」
扉のあたりで控えていたミリスは視線を逸らしながら、小さく呟くように否定するが、そこに力はない。
だが、それはミリスに肯定する想いがあるからではなかった。
ただ、この土地に住まう者として、魔術師の立場とプライドを知る故に、簡単に言葉にできなかった。
言葉次第では、そんなつもりがなくとも、魔術師を軽んじているようになってしまう。
「あるでしょぉ?明確にミリス以上だと言えるのは・・せいぜい、片手で数えられるくらい?」
「ジョディ様。ミリスはエルフです。生まれた時から精霊と心を交わして育った彼女と比べるのはあまりに酷です」
「マリアちゃんは超えているじゃない。・・と言うかそもそも、それ以前の問題よ」
鋭い視線、と言うよりも呆れを滲ませたような視線。
嫉妬にも似たような色を感じたが、羨むというより、まるで己が不甲斐なさを恥じるような、悔みが感じられた。
「アタシたちは、並みの魔術師じゃないの。『魔導の聖地』の、それも『魔導王』直参の魔術師よ。魔術師としてこれ以上ない誉れや誇り、そして、それ以上に譲れない矜持があるわ。世界で最も優れた魔術師であるという自負と共にね。・・だから、騎士であるミリスにはもちろん。マリアちゃんにだって劣っていてはダメなのよ。厳密に言えば、精霊術は魔術とは違うわ。・・でも、それは魔術師の理屈。一般人からすれば違いなんてわからない、どちらも同じもの。魔術師として本当なら譲っていい話じゃないのよ」
ジョディの言う通り、精霊術は厳密には魔術のカテゴリーではない。
どちらかといえば信仰などの色合いが強く、魔術よりも宗教の管轄だろう。
しかし、優れた精霊術でファミリアの魔導爵を得たものも少なからずいる。
それが魔術と混同される原因の一助になってしまっているのは事実だ。
だが、精霊術をメインにする術師はあまりに少ない。
ほとんどの術師は、魔術をメインとして精霊術は補助か、嗜む程度。
・・それでも、だから仕方ない、とは言えないのが、『魔導の聖地』の魔術師。
世界中の魔術師が憧れる、魔術師の頂であり。
魔術師でなくとも、その名を聞くだけで優れた魔術師だと知る。
そんな彼らが、魔術で遅れを取るなど外聞以上に、本人たちが許せない。
況してやそれが、騎士や侍女。たとえレオンハートに属する者たちだとしても、魔術で劣っては恥辱以外の何ものでもない。
そして、それは、自己満足だけの話ではない。
『魔導の聖地』の魔術師として守らなければならない歴史がある。
その為、魔術と混同される精霊術も、違うからと捨て置けなどしない。
「アタシたち魔術師は権力や名声を望まない者が多いけど・・唯一『魔導王』と肩を並べる権利だけは失えないのよ」
リーシャやフィリアを前に、それは不遜な言葉だが、それを咎める者はいない。
魔術師は学者であり、学術の点で言えばレオンハート以上の功績を残した者は多くいる。
しかし、術理を理解し、行使する事に置いてレオンハートに敵う者はいない。
だからこそ、そこに並び立つだけの力を認められた魔術師たちには譲れないものがあった。
「まぁ・・魔術師としての意地の問題ねぇ」
そう言ってジョディは深く息を吐くと同時に、頭の上で小さく円を描くように杖を振った。
すると、頭上から布がジョディの身体を包むように帯となって伸びていく。
その帯はジョディに巻き付き、その姿を変貌させていく。
あっという間に、変わった姿は、先程と同じ、筋肉隆々の男。
「あ、戻るのですね・・」
思わず呟いたルリアの言葉に、ジョディはウィンクで答えた。
「当然よぉ。女がお洒落を忘れちゃ終わりだもの」
・・女の定義も、おしゃれの概念も、違うような気がするが深くは聞かまい。
「ちなみに、ジョディには夫もいますよ」
「え・・」
ミミの小声での呟きに、思わずルリアの声が漏れた。
失礼だと思い、直ぐに口元を隠したが、その本音には誰もが共感してしまう。
フィリアとて、知っていたから頷くだけで済んでいるが、初めて知ったときはあまりに大きな声を上げた。
そして、その夫。
ジョディの見た目に反して、実に温厚な普通の男性。
騎士ではあるが、近衛などではなく、主に守衛として門に控えていることがい多い。
最近は歳をとり、半隠居のように後進の育成を積極的に行っている、実に忠誠心熱い男。
決して、ジョディのような刺激的さや苛烈さを感じるような人物ではない。
しかし、夫婦仲は新婚夫婦顔負けに仲睦まじく。
未だ、仕事終わりには手を繋いで帰路につく程に、夫婦と言うよりも恋人に近い。
つまりジョディの姿は、個人の趣味嗜好や美的感覚であり。
性的趣向ではない。・・と言うか、もう色々とわからない。
「さて、愚痴はこの辺にして、アタシは戻りますわねぇ。一応、閣下たちに報告と相談はするけど、姫様のその魔法は使用禁止ね」
「・・はい」
「・・本当にわかっていらっしゃるのかしらぁ」
本当に反省しているかは別にして、厳粛に受け止めたように頷くフィリアに、ジョディは疑念の目を向けながらも一先ず納得しておくことにした。
そして、部屋を後にしようとして、足を止めた。
「そうだわぁ。姫様。ここに来る前に、ミゲル様にお会いしたのだけどぉ、姫様に了承したと伝えて欲しいって言ってたわ」
「ほんとう!?」
フィリアはパッと花が咲いたように満面の笑みを見せた。
その様子を微笑んで見守るマリアの様子から、フィリアが独断専行で何かをしているわけではないのだとわかるが、横目にルリアに視線をやるフィリアの様子にどうにも不安が拭えない。
こればかりは普段の行いの結果。
ルリアとて、その視線に首を傾げると共に、この短い付き合いで既に不穏なものを感じている。
「それでは」
ジョディは改めて、退室の礼をすると扉に手を伸ばした。
だが、ジョディが触れる前に、勢いよく扉が開いた。
その勢いに、視線が入口に集まる。
大きな体格のジョディに隠れて、扉の先は見えないが、そこで誰かが息を切らしているのは音でわかった。
そして、ジョディだけがその者のただならぬ様子をみて声を発しようと口を開くが、ジョディの声より先に、その者は乱れる息そのままに、静かに、しかし重々しく声を発した。
「・・ジキルド様・・・危篤ですっ」
若い使用人の声はその場を凍りつかせるのに十分な重さを持っていた。
「お祖父様っ」
最初に動いたのはリーシャだった。
飛び出すように駆け出した。
そしてルリアは、恐れと後悔を滲ませたような表情でフィリアの表情を伺った。
感情など何もなく、時を止めたかのように固まる幼女。
ルリアはそれを見て、奥歯を鳴らし、何かを飲み込むように視線を逸らした。




