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141 魔導王の庭園



 窓辺に備え付けられた猫脚のテーブルセットと、その上に用意された、ティーセット。

 今日の日差しは強く、窓から差し込む陽光も暖かいと言うより、暑いほどで、用意されたお茶も冷たく冷やされたローズヒップティー。

 透明なグラスは結露し、赤というよりピンクの光が陽光を透かし、テーブルの上に鮮やかな光を落としていた。


 そこで、本を開き、僅かに入り込む風に髪を揺らす幼女。


 絹のような髪と、新雪のような肌。

 僅かに色付いた頬と、血色のいい唇。


 たまに風に解れる髪を指で耳にかけるのも、



 あまりにも絵になるその姿は、まさしく深窓のご令嬢。

 どこぞの幼女も容姿だけはいいから、黙っていれば非の打ち所がないが、それ以上にさまになってる姿。

 内面から滲むような、真の清楚感がすごい。



 「お(ひぃ)様。お待たせいたしました」


 「・・許可はいただけましたか?」


 「はい。快くお許しいただきました」



 絵画に描かれるような優雅さを身に纏っていたルリアは、目を閉じると、サマンサに振り返るように顔を上げ、本を閉じた。



 「楽しみですね。フィルの庭園もあれだけ美しいのだもの、きっとレオンハートの中庭はもっと美しいはずです」


 「・・ですが、中庭はフィリア様の庭園とは違い、魔素を多く含む草花が多いそうですので、お身体の事も考えて、あまり長い時間はダメですよ」



 フィリア自慢の空中庭園に感動したルリアは、フィリアから中庭の話を聞き、興味を持った。

 その為の許可をサマンサに頼んで得てもらった。


 サマンサは、ふとルリアの手元に視線が落ちた。



 「お(ひぃ)様・・。何か分かりましたか?」



 ルリアの手には手記のような装丁の赤い本。

 サマンサの言葉にルリアも自身の手にある本へ閉ざされた視線を向けた。



 「えぇ・・おそらく間違いないでしょうね」











 今は亡き、小国に一人の聖人がいた。

 彼は、王族の生まれでありながら、市井に降り、人々に慈愛を振り撒いた。


 人々は彼を慕い、彼の行う善行に賛同し、決して変わらぬ信頼を寄せた。


 その行いは貴賤を問わず、多くの人々の心を掴み、導き、人々の心を豊かにした。



 そんな彼の逸話の一つに、『天啓』がある。


 今は聖地とさえされる、森の奥にある小さな湖畔。

 そこで彼は、天上の星と水面の星に、母を想い祈り続けたと云われている。


 毎夜毎夜、雲が星を隠そうとも、雨に水面が荒れようとも、祈り、唄い続けた。


 すると、神からの『天啓』と『恩恵(ギフト)』を得た。


 彼は、それに感涙し、見上げた星星を紡ぎ、そこに神の姿を描き、残したとされている。











 サマンサの先導で廊下を歩くルリア。

 その後ろには自身の側近たちと、レオンハートの使用人数人が付き従い、ちょっとした大所帯。

 況してや、バレーヌフェザーの正装は赤と白。レオンハートの使用人たちの暗い色に対して非常に目立っている。



 「聖者『イェレック』。彼は、市井に降りるたび、身分を隠すため、姿を変えていたとされています。時には老人、時には少年、そして時には娼婦。性別も年齢も関係なく、自在に姿を変え、市井に紛れ、奉仕していたと」


 「・・確か・・、『選択』の『恩恵(ギフト)』でしたか」



 前を向いたまま先導するサマンサはルリアの話に、記憶を掘り起こしていた。



 「えぇ・・。ですがそれは、彼の生来のものだと伝わっています。・・その後、彼は天啓を授かり、新たに『位置』の『恩恵(ギフト)』を得て、『聖者』となった」


 「二つの『恩恵(ギフト)』・・・。まさしく『聖者』ですね」



 聖教会。世界中にある宗教の中でもっとも大きな組織。

 その中に『聖人』と称される者たちがいる。最も善行を積み、神に招かれる者たち。


 何かを成せばなれるわけでも、時を待てばなれるものでもない、特別な存在。


 そんな彼らが持っていたとされる、超常的な力。

 それを、『恩恵(ギフト)』と称し、畏れと憧憬を集める。


 更には、そんな神の恩寵を、二つも賜ったなど、まるで選ばれし者のような存在。



 とはいえ、その正体は、才能や努力の産物であり、突如与えられたものではないと言うのが、レオンハートの考えで、今や広く広がった考え。


 しかし、魔法だの魔物だののある世界。

 その力は確かに奇跡に等しいものであるのは間違いない。


 言ってしまえばフィリアの多大な魔力や魔法とて『恩恵(ギフト)』と称される程の特別な力だろう。



 「彼の起こした奇跡の一つに、物の『重さ』を自在に変えることが出来たとあります。フィル曰く、『重力』という、フィルが得意とする魔法と同じ原理のものなのではないかと言う話です」


 「フィリア様の・・と言いますと、あの普段から浮いている、あれですか?」



 普段から歩くよりも浮いている方が自然なフィリア。

 ルリアたちも、一晩でも十分すぎる程その姿を目にし、あっという間に見慣れてしまう程、自然な姿。


 しかし、サマンサの中で、いまいち噛み合わない。



 「本当にその聖者が・・」


 「えぇ。――――ギィでしょう」



 身体や服、更には髪の毛一本すら鉛のような重さを与えたギィの力。

 それがフィリアの魔法。あのふわふわとして間の抜けたような魔法とは全く結びつかない



 「ですが、聖者も元は人です。対して悪魔は精霊。格を高めたからといって人が精霊になるなど、あるのですか?」


 「悪魔、といいますか・・精霊自体、未だ解明されていない、謎の多い存在です。そして、聖者は、いづれ神の元に至ると言われています」


 「可能性はあると・・」


 「いえ・・、可能性ではなく、ほぼ間違いないと思いますよ」



 真剣な主従の会話。歩きながら淡々と語る二人だけではなく、追従する他の面々もその会話を聞いていた。

 顔にこそ出さないものの、そこにいる者たちの表情は心なしか強ばって見えた。


 ルリアに付けられたレオンハートの使用人の一人は、その会話に緊急性を見出したのだろう。急くようにルリアの傍を離れた。



 「わぁ・・」



 サマンサとの会話に集中していると、いつの間にか目的の場所に着いていた。


 外に繋がる開放的な廊下、そこからそのまま目的の庭に踏み出した瞬間、眼前には思わず息を呑むような、美しい景色が広がっていた。


 瞼を閉じたままのルリアだが、彼女の優れた感知には、肉眼で見る以上に美しい景色が見えていた。



 「見事ですね」


 「えぇ、本当に」



 ルリアだけでなく、サマンサたちバレーヌフェザーから来た者たちも、言葉を失う程に目の前の光景に魅了されていた。



 極彩色をメインにした花々は、それひとつだと毒々しいものだが、そこにある景色は、華やかではあるものの、調和が取れていて、只々美しい。


 花や葉の位置でさえ意図的であるかのように、完璧なバランスで、無駄な部分が何一つない。

 そのおかげでどのアングルからも計算されたように、その美しさが翳ることはなく。

 寧ろ、それで生まれる変化にさえ、また違った美しさを見せる。



 『ギョギャァァァーーー』



 ・・・。

 ・・ごく一部、あまりにファンタジーな植物?はいるが・・まぁ、魔術師(レオンハート)の庭だし、そんなこともある。

 寧ろ、それも含めて、完璧な美しさを体現する庭園。


 フィリアの空中庭園も見事だったが、あれはあくまでフィリア個人の為の庭園。

 趣味嗜好は主人であるフィリアに沿ったもの。


 対してこの庭園は、言うなればレオンハートを象徴するような意図で造られている。

 もちろんレオンハートそれぞれの好みも反映はしているが、それ以上に誰の目にもその格を示すという役目を全うするため、豪奢で華美、それでありながら決して下品ではない。

 五大公家。魔導王。その名を冠するに相応しい威厳を現すように計算されたもの。



 「・・それで、フィリア様からお借りした本には何があったのですか?」



 サマンサは目を惹かれる庭園を見つめたまま、ルリアに問いかけた。



 「おおよそは私たちが知っている話と同じです。王族の出で、姿かたちを自由に変え、人民の信頼を集めた、聖者『イェリック』。・・ただ、一つ。彼が、星を名づけたという部分だけが違いました。・・名づけたのではなく、彼自身が、星の名の起源になったそうです」


 「・・・聖者『イェリック』が名づけたと言われていたのは、たしか・・『天秤座』でしたか」



 ルリアは会話を続けながら庭園の石畳に沿って歩き出した。

 視点が変わっても庭園の美しさは変わらず、歩くたびに豊かな香りに包まれる。



 「・・起源には諸説ありますが、その中の一つに聖者『イェリック』の逸話に酷似した話がありました」


 「それがフィリア様からお借りした本に?」


 「えぇ・・そして、その中で語られているのが――――『森の貨幣(ギィドラム)』。現代における経済学の考え方の一つですね」


 「・・ギィ・・そこで繋がるのですか・・・」



 物の価値は、不変などではなく、等価値とは主観に左右されるものだと説いた価値論の一つ。

 その始まりとなった一人の聖者は、小さな木のレリーフを天秤に乗せ、同じ重さ分の金貨を支払ったと云われる。しかし、その金貨は明らかにレリーフと釣り合わぬ量だったが、天秤が傾くことはなかった。

 『真贋の天秤』と呼ばれたその天秤は相応しい価値を計る事が出来たとされると同時に、その聖者が持つ『恩恵(ギフト)』によるトリックだとも云われている。


 その真実は分からないが、大事なのはそこではなく、そこにある『ギィ』の名前。

 単なる偶然と言えば、それだけだが、それを偶然と断ずるには、あまりにもルリアの中でつじつまが合いすぎていた。


 それはサマンサたちルリアの側近も同様で、ルリアの話に真剣に耳を傾けていた。



 ――ギョェギョャエェェェェ


 「これは、バレーヌフェザーの姫君」



 その声に振り返ると、ガタイの良い作務衣姿の男が、作業の手を止め深く頭を下げた。



 ――ギギャョォオェェェェェェエエ


 「リュース様」


 ――ギシャァァギョギュウェェェェエエェエェ


 「・・様づけなどお辞めください。たかが地方貴族に、五大公の姫から畏まられますと、困ってしまいますから」


 ――ギョッギョッギュワャャャヤヤァァアァ


 「何を。ゼウス様と殴り合うほどに仲の良い魔導師様がご謙遜を」



 しっかりとした身体は褐色を超えて浅黒い肌の色で、頭は一族の特徴である深緑色をした短髪でもわかる癖っ毛。



 ――ギョウャアアァァァァァアアアギョワギョワ


 「これは失礼を。私はこの庭園の管理を任せられております、リュース・ラック・トリーと申します」



 リュースはルリアの傍で僅かに身構えるサマンサたちに紳士の礼をして自己紹介をした。


 少し強面のリュースはマルスの血を確かに継いでいたが、それがティーファに受け継がれなくてよかったと思える。

 愛くるしいあの容姿は恐らく母親似だったのだろう。


 ルリアは昨日、パーティーで挨拶を交わした際に、そんな事を思ったりもした。



 「リュース様は、このレオンハートの筆頭庭師です」



 ルリアのその紹介に、ルリアの側近たちは慌てて佇まいを正し、深く頭を下げた。


 この国において、『庭師』とは爵位以上に敬意を払うべき存在。

 況してや、それが五大公。国最高位の家に仕え、筆頭まで賜るような『庭師』ともなれば下手な爵位などよりも遥か上の存在。

 場合によっては王族ですら無碍にできない程に、半ば神聖化される。



 「いえいえ。爵位も継いでいない私など、まだまだ一介の庭師に過ぎませんよ」



 確かに、リュースは正式な筆頭庭師ではない。

 あくまで、筆頭は父、マルス。


 しかし、それは表向き。

 実務のほとんどはもう既にリュースが担い。最近トリー家当主として顔を出すのもリュース。


 マルスは半隠居のようなもので、このレオンハートの顔でもある庭園も今やほぼ手を加えていない。

 最近では、引き継ぐような事も、教えるような事もほとんどなく、孫と共に空中庭園の方にばかり注力している。


 正式な手続きがないだけで、実のところはこのリュースがレオンハート家の庭師を束ねる筆頭となっている。

 この庭園を任せられているのが何よりもの証拠だ。



 「・・それはそうと、バレーヌフェザーの姫君。娘の事、聞きましたよ」


 「・・・」



 瞼を閉じたままなのに、視線を逸らしたのわかりやすいルリアに、リュースは苦笑を零した。


 そんなルリアに代わって、サマンサたちが必死に頭を下げ謝罪とルリアへの折檻を約束する勢いに、リュースは困ったように、それ以上の言葉を飲み込んだ。



 「・・・あれは」



 そんな側近たちの心遣いさえ無視して、ルリアは庭園の先に意識が向いた。



 「お(ひぃ)様・・」



 鋭い怒気を孕んでサマンサはルリアを睨んだが、サマンサも、その時ルリアが見る先に気づいた。


 そこには見慣れた赤と白のローブ。

 バレーヌフェザーの正装。それも、近衛騎士。


 数人で庭園の奥を見守るように控えていた。


 そんな彼らの視線を追うと、そこにも見慣れた人影があった。



 「お祖父様?」


 「・・一緒に居りますのは、父ですね」



 ルリアたちの意識の先にリュースも視線を向けた。



 木漏れ日すら少ない、深緑の木々の下で二人向かい合い何かを話す、高貴な男と農夫のような男。エラルドとマルス。



 「何をしているのでしょう?」



 遠く、人目を避けるように向かい合う二人。

 マルスは麦わら帽を脱ぎ、エラルドに最低限のマナーは持っているようだが、傍目に謙る様子もなく、寧ろ肩を並べる様に堂々とした様子に見える。


 しかし、そんなマルスに気分を害した様子などないエラルドには、寧ろ慣れたような、リラックスしたような雰囲気にも見えた。



 だが、その時、マルスが俯き、崩れ落ちるように膝をついた。



 「オヤジ?」



 肩を震わせ、麦わら帽を顔に押し付けるマルス。

 エラルドはそんなマルスに近づき膝を折ると、肩に手を置き、自らも俯き肩を震わせた。




 遠巻きに見るその光景に、ルリアは胸元を自然と握っていた。


 視界を塞いだルリアの、鋭い感受性に何が伝わったのか。



 木陰の中の二人。その背後は陽光照り返しで白くなっていて。

 彼らだけが、影絵のように、モノクロに浮き上がっていた。







 ちなみに、リュースが抱いていた気色悪い叫びを上げる植物は終始無視された。





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