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139 天体型清涼機



 オレンジに色褪せた光に満ちた、埃っぽい部屋。

 四方の壁に天井まで備え付けられた本棚は全て埋まっていて、それでも溢れるような数多の本は隙間を埋めるように積み重なっている



 「・・すごいですね」


 「そうですかぁ?」


 「はい・・。思っていた以上でした」



 机周りに潜るように、気のない返事を返すフィリアと、部屋を見渡すように視線を彷徨わせるルリア。


 研究室のような雰囲気を持つ一室には本だけではなく、用途のわからない機器や物が溢れ、多くは物置き代わりになっている。

 書類が散乱し、本来作業する筈の机にもスペースは無い。


 唯一その一室で綺麗に保たれているのは、簡易なキッチンのみ。

 綺麗過ぎず、それでもきちんと整っている様子から、普段から使い込まれているのがわかる。


 その部屋の中、比較的マシなテーブルの上をティーファはせっせと片付け、ミミより預かったティーセットを並べていた。



 「私も本持ちであると自負しておりましたが、流石にこれは壮観です」


 「ふりーどおにいさまの、らーすもあは、もっとすごいですよ。まるで、ほんのめいろですから」



 私的空間ラースモア。

 そこは、主人の趣味嗜好が惜しみなく反映される場所。


 ルリアは天井に視線を上げ、再び驚きに息を飲んだ。


 クリーム色の天井にはいくつもの線が走り描かれ、その傍には小さく数字がいたるところに書き込まれている。

 そして、天井から少し離れていくつもの球体が浮かび、規則的な軌道と挙動で動いていた。

 形も造りも様々な球体たち、中には球体と球体を一本の針金が繋ぐものもある。


 それは、摩訶不思議な、如何にも魔女っぽいインテリアだったが、ルリアが驚いたのそうではなかった。



 「・・地動説、ですか?」


 「ふぇ?・・あぁ。はい」



 フィリアは何の事もないようにルリアに返し、ようやく顔を上げ、身を起こした。

 フィリアの手には色こそ真っ赤ではあるが、装丁があまりに質素でシンプルな本。手記や文庫本のようなサイズの本だが、それを手にルリアに歩み寄った。



 「ごめんなさい。さがすのに、てまどっちゃって」


 「いえ、ありがとうございます」



 しかし、ルリアは、手渡されたその本よりも天井の仕掛けに意識が吸い寄せられる。

 フィリアもルリアの視線を追い天井を見上げた。



 「よくわかりましたね。ちどうせつのものだって」


 「・・前に読んだ、聖痕(スティグマ)関連の書籍に星巡りとの関係性を説いたものが図解付きで載っていたのです。・・あの天井に描かれた線は星の軌道ですよね。天動説と地動説では少し異なるので、それで分かりました」



 フィリアにとっては常識のような通説だが、この世界、この時代に置いて、自分たちを中心に太陽が回っていると考える者は少なくない。

高等な教育を受けている貴族であろうと、教育の行き届いていない孤児だろうと変わらない。

学者のような魔術師であっても、その考察は二分されているのだから、当然ではある。


 寧ろ、現在は天動説の方が一般的であり、数十年前までは地動説自体が異端扱いだった程だ。


 フィリアとて、前世の感覚から自然とそう思ってきたが、ここは異世界。同じ真実があるとは限らない。


 事実、前世の科学が発展した世界においても、宇宙飛行が叶うまで天動説を信じる物が一定数いたし、何だったら、陰謀説を唱え、現代においても地動説を否定する者たちが少数ながら存在していた。


 故に、この世界の真実が常識になるまではまだ時間がかかるだろう。



 「るりぃは、どちらだとおもいます?」


 「・・興味を持って学んだ事がないので何とも言えませんが・・・最近では地動説の方が、説得力があると思います。・・それに、太陽の周りを私たちが回っている方が、何だか・・夢があります」



 当然根拠が強いのは地動説。

 技術や学術の発展が進めば進むほど、天動説がファンタジーに思えてくる。


 それは今世も前世も同様。

 だからこそ、フィリアは確信を持って前世の感覚のまま地動説を当たり前に信じている。



 「ゆめ?」


 「・・はい。だって素敵じゃないですか。まるで私たちが暮らすこの星が、一艇の船のようで、私たちは生まれ落ちた時から、皆共に旅をしているのですから」



 フィリアの前世。そこには『宇宙船地球号』という概念があった。

 それは、戒めにも似た思想。決してそこに悲観だけがあったわけではないが、目の前の幼い子供が抱く純粋な理想はそこになかっただろう。


 ルリアもまた、フィリア同様、特異な体質故に外出などしたことがなかった。

 今回のこの旅が、生まれて初めての外界で、その旅路はプライベートジェットならぬプライベート飛空艇だった。


 ルリアにとって、船は、自身を何処かへ綺麗な場所へ連れ出してくれる、夢の乗り物だった。



 フィリアはそんなルリアの横顔を見つめ、柔く微笑むと、天井を見上げ軽く指を鳴らした。


 その瞬間、セピア色の室内に宵闇が訪れ、自身の鼻先さえも見えなくなった。



 「フィル?」



 焦った声色ではなかったが、それでもルリアの声には戸惑いがあった。


 だがフィリアはその声に反応することなく、吹きかけるように息を吐いた。

 フィリアの吐息は、青白い光を煌めかせ闇に溶けていく。


 それと共に天井の天体模型が淡く光を纏い、蒸気を吐くように光の霧を放出しだした。

 霧はゆっくりと落ちると、ルリアたちの足元に広がり、揺らめくように懈った。


 ルリアはその光景に目を見開き言葉を失った。


 少し冷りと涼しい青白い光は、足元を超え下半身まで覆い隠し、雲の上にいるような幻想的な光景。


 風に撫でられるように、青白い霧は揺らめく。

 すると、剥がされたように光が切り離された。しかし、それは消えることも落ちることもなく舞い踊り、徐々に形を作っていく。


 手のひら程の小人。その背には虫のような羽。



 「精霊?」


 「いえ、ようせいです。・・とはいえ、まどうぐでつくりだした、げんえいですけどね」



 フィリアの傍には完璧プロポーションのナンシーがいるが、それでもフィリアの中の妖精のイメージはこの小さな隣人。


 光のホログラム。

 本来、プラネタリウムを造ろうとしたのだが、何処をどう間違ったのか、それ以上の物を作り上げてしまったフィリア。


 青白い光の妖精たちは、ルリアを囲むように飛び交い、ルリアを楽しませる。

 幻影とは言うがきちんと表情もあり、感情が伝えわるような妖精にルリアは自然と微笑んでしまう。



 「るりぃ。あなたのめには、どんなふうにみえていますか?」



 フィリアの満面の笑みに、ハッとした。


 紅玉の瞳が淡く光り、その感情を隠さず写している。

 ルリアは、驚きとともに目を開いていたことを忘れていた。


 しかし、ルリアは目元に手を当て、その違和感に首を傾げた。

 そのまま周囲を見つめるように視線を動かす。


 だが、そこにあるのは雲の上にあるような幻想的な光景だけ。

 妖精もそんなルリアに構わず、さっきまでと変わらない。



 「まぶしくないでしょ?」


 「えぇ・・とても、綺麗・・・」



 ルリアが持つ、特殊な目。

 本来人の目には視えないものも見えてしまう目。

 制御を間違えば、あまりの眩さに失明し、最悪の場合など破裂してしまう。


 だが、今目の前には、美しく幻想的ではあるものの、それ以上の余計なものなどなかった。



 「あのもけいのなかには、それなりのじゅつしきをくんではいますが、じっさいのこうかは、ひかりとみずくらいで、まりょくのえいきょうもすくないのです」



 最初はプラネタリウムを作るのが目的だった。確かにそれが目的だった。

 そこで何を思ったか、清涼効果を求めミストシャワーへの効果を備え、略式ではあるがプロジェクトマッピングモドキが出来上がってしまった。


 魔力や魔素からの機構であることは変わらないが、ほとんどが魔術ではなく科学的な効果を根本に作り上げたもの。


 おかげで、複雑な魔力もなく、ルリアの目にも軽微な影響しかないほどの光景が生まれていた。

 狙った事ではないとは言え、たまにはフィリアの自重のなさが報われることがあったようだ。



 「・・・本当に。私にとって船は夢の世界への連れ出してくれるものです」



 昨晩の桜に続き、雲海の妖精まで。

 ルリアにとって、籠の外はいい思い出に満ちていた。


 思わず滲んだ紅玉の瞳に、フィリアも慈愛の微笑みを浮かべた。


 フィリアも同じだった、

 しかし、フィリアは望めば抜け出すだけの術を持つし、前世という、最上級の外の経験がある。

 だからこそ、ルリアへの共感と、それ以上の同情があった。



 「ヒメ。おちゃがはいりました」


 「ありがとう。てぃー」



 光の雲海の中に浮かぶテーブルには、お菓子と共に暖かなお茶が用意されていた。

 そのすぐ傍でフィリアの言葉を受け取ったティーファは、無言で一礼するとささっとその場を辞するように部屋を後にした。


 残されたフィリアとルリアはその背を見送って、席に着いた。

 霧のおかげで、視界に困ることはないとはいえ、宵闇に包まれた空間。それも足元はその霧に覆われ見えない為、ルリアはフィリアにエスコートされて席に着いた。



 「フィルは本当に大切にされているのですね」



 ティーファの去った先を見てルリアはそう声にすると、もう一度妖精たちを眺め目元を柔らかく綻ばせた。

 もう目を閉ざすこともなく、紅玉の瞳にその光景を写していた。



 「はい。・・でも、るりぃのせいですよ。いつもなら、てぃーもいっしょにおちゃをしてくれるんですから」



 フィリアのラースモアには、側近たちでさえ立ち入りを戸惑う。

 護衛任務のあるはずのミリスたちも。普段、目を離すことを恐れるマリアでさえも。


 ミミも同様で、いつもお茶を持たせられてラースモアに入り、ミミは滅多に同行しない。


 この部屋にも簡易のキッチンはあるし、フィリア自身もそういう事が好きだから気にはしていない。

 だが、ラースモアに入る時のほとんどはティーファが一緒にいて、ミミからのティーセットもいつからかティーファの役目みたいになっていた。


 今回も、ルリアに怯えながらも、幼い使命感と、半ば意固地となり同行したのだった。


 当然フィリアのプライベート空間にルリアの側近たちは入ることを拒み、フィリアの側近たちも控える姿勢となった。

 それでも今回はルリアという客人であり、同時にフィリアと同格のご令嬢が居るためミミだけは追従するつもりだったのだが、決死の覚悟を決めたようなティーファがそこに立候補したのだ。


 終始、ルリアから一定の距離を取り、ルリアの挙動にビクつくティーファだったが、自身の役割は確かに果たしきった。


 そして、そこには、いつの間にか生まれた役割だけではなく、フィリアの友人としての譲れない想いがあるのが、傍目にもわかった。



 「それで、そのほんにある『あしゃむ』の『ほしにいのり、なをつけた』という、じゅんきょうしゃが、『ほしからたまわった』というのが、たぶん『すてぃぐま』だとおもいます」


 「ありがとうございます。・・私もこの本を探してはいたのですが、絶版の上、元禁書で現存数も少なくて・・」


 「わたしは、ふりーどおにいさまのしょこにあったので、もらっちゃいました」


 「・・・流石、フリード様の元になければ国の図書館にもないと謂われるお方ですね」



 流石にそれは・・・言い過ぎとは言い切れないか。


 フィリアが探し出した赤い小さな本。

 それは、物語のようであるが、どちらかというと各地の史実を集めた研究資料のようなもの。


 各地に残る星座や星に纏わる伝承や寓話、その起源。もっと言えば、誰がどのような理由でいつ、その星に名を付けたのかを調査したもの。


 諸説を明瞭にしようと幾人もの奇特者の研究。


 結果それでも、諸説なものや、より不明瞭になった物がほとんどではあるが、フィリアにとって結構面白い内容ではあった。


 ただその中に、神を冒涜したり、現象を解明するような内容や、かつての国の後暗い真実に触れることがあったりしていて、禁書になっていた事に疑問など抱く事はなかった。



 ちなみにこの二人、二歳児です。

 会話内容もあれだが、この本はあまりに早い。

 時代が時代ならば、きちんとR指定の対象となるものだ。伊達に禁書などになっていない。


 と言うかそれがなくとも、そもそも、こんな幼子に理解できる内容ではないはずなのだが。






 「ヒメ・・」


 「・・てぃー?」



 聴き慣れた声にフィリアが視線を向けるとティーファが扉向こうの明るい陽光を背に顔をのぞかせていた。

 申し訳なさそうに声をかけるティーファに首を傾げた。



 「どうしたの?わすれものですか?」


 「・・いえ・・・、おむかえが・・・」



 その言葉にティーファの態度に納得した。

 折角の穏やかな時間を、お茶一杯も飲めない内に壊してしまった申し訳なさなのだろう。


 だがそれはティーファのせいではない。



 「・・おもったより、はやかったですね」




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