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135 蝶の瞳



 「おいしぃ・・」



 普段から瞼を閉じているルリアだが、その呟きは、目を閉じ噛み締めるようだった。



 「よかったです」



 至福に浸るルリアの対面に座るフィリアは優雅にカップを傾け淑やかに微笑んだ。


 マーリンの指導は行き届いていたようだ。出来ることなら一時的な猫かぶりでなく、普段からそうあって欲しいとは、総意だろう。


 マリアも、侍女として個を消し、無表情を装っているが、溢れ漏れる感激が滲んでいる。

 ミミなど、この短時間で何度お花を摘みに行ったのだろうか。その度、目元と鼻先を赤く染めて帰ってくるのを、フィリアは冷めた目で見たが、正直その気持ち、痛いほどわかる。



 「温泉も気持ちよかったですし。湯上りのお茶菓子も美味しくて・・・ずっとここで暮らしたいです」



 ゼウスとグレースの披露宴とフィリアの誕生祝いは前半戦を終了し、子供たちは退場となった。

 これからは大人の時間だと追い立てられ、不満げな子供たちも多かったが、フィリアはよく知っている。

 こういう時の大人時間は、関わらない越したことはない。

 いずれ嫌でも参加して、醜態を晒すことは間違いない。


 元社会人の哀愁は重みが違う。



 そして、お開きとなった子供たちの多くは帰宅し、遠くからわざわざ足を運んだ家の子供は、城内の客室や、街の宿に戻ることとなった。

 ルリアも、また城内への滞在者だったためフィリアは、夜のお茶会へと誘った。


 どうせ、保護者はまだ帰ってこないだろうし、部屋に戻ったところで、寝支度を整えのんびりするぐらいだろうと、フィリアの誘いに、ルリアも喜んで賛同した。

 家の思惑での友誼を望まれているが、それは単なるきっかけであったと言えるよう、二人は己の意思で仲を深めようと思っていた。


 当然、その場にいた、他家の子供たちからも熱い視線を貰うこととなったが、フィリアは『まだ子供だから社交とかわかんない』と白々しい立場をもって煙に巻いた。


 と言うか、その中にいた何人かはフィリアが何も知らないと思っているのだろうか。

 親友を傷つけ蔑んだ者たちに向け、殺気を押し隠した、冷たく鋭い笑みを送っていたのに。



 ルリアとルリアの側近たちを連れ立ってフィリアは自室へと招いた。

 そのまま自室を通り抜けて、フィリア自慢の空中庭園に直行。


 そこには愛らしいドレス姿のティーファもいて、お揃いのドレスにキャッキャッ言いやった。

 その時、ティーファはルリアに畏まって感謝を述べ始め、パーティーの最中にあった出来事を聞き、フィリアもルリアに感謝を述べ、そのまま、処刑に向かおうとするフィリアをミリスとローグが必死に止めた。


 そんな様子を見て声が出てしまいそうなほどに楽しげに笑うルリア。


 この光景はいつもの光景なのだと、マリアが呟けば、ルリアも「賑やかで羨ましい」と心からの微笑みを返した。



 そう。・・・いつもの光景・・・ここまでは。



 先に言葉を失ったのはマリアだった。

 お客様のルリアは純粋な興味が驚きになっただけ。


 絶望に似た驚愕。

 それを見せたのはフィリアの周囲のみ。



 桜舞い散る庭園の一角。


 それはいい・・。

 温室でもあるこの庭園は、四季折々の植物が季節関係なく咲き誇る。

 桜だって運ばれていたのは知っていた。

 流石は、花の国と言うべきか、フィリアが特徴を伝えただけで、マルスはあっという間に手配していたから。


 ・・・でも。でもさぁ・・。


 まさかその傍に庵が出来ているとは思わないじゃん。

 茶室まで付いた風流な和の心がそこにあるなんて想像できないじゃん。


 『どうぞぉ』


 何事もなく、あたかも当然のように促すフィリアに苛立ちを覚えた。


 当然、マリアたちが『和』を知るはずはないし。

 驚きとしては、知らぬ間に庭園の一角に建物が出来ていた事へのものではあろう。


 庭園にもう一つ温泉を造るとは聞いていたし、業者が出入りしていたのも知っている。


 正直、最近では、家族の温泉利用が多かった為、賛成ではあった。

 もっと言えば、わざわざフィリアの庭園ではなく、もっと共用の場所に、とも思ってはいたが、フィリアがそこでのコミュニケーションを殊のほか気に入っていたので、飲み込んでいた・・飲み込んでいたのに、気づけば、温泉のみではなく、温泉施設が出来ていた。


 マリアたちの驚愕は察するまでもない。

 寧ろ、悲鳴を上げなかっただけ賞賛に値する。


 ・・いや、マリアは意識を失う手前だった。


 そんな周囲の正常な思考が戻ってくる前に、流れるようにフィリアは皆を導き、唯一素直に賞賛を見せたティーファとはしゃぎながら、ルリアたちをもてなした。



 そして、現在。

 お風呂上がりの湯冷ましに庵にて優雅な一時を過ごしていた。


 ルリアたち、フィリアの奇行に慣れていない者たちは、今はもう素直な感動を抱き、満喫しているのに対し、フィリアの側近たちは、一度逃したタイミングのせいで、消化不良を胸中に抱いたまま傍に控えていた。



 「・・このお花も綺麗ですね。物悲しさと侘しさ、それと儚さもあって・・尊く、愛らしい。なんだか親しみを感じます」



 ご丁寧にライトアップまでされている、夜桜。

 舞い散る薄紅の花弁さえも、鮮明に照らされ、幻想的である。


 そして、そんな光景を前にルリアは、本来は持っていないはずの『和』が芽生えていた。


 そんな穏やかな安らぎ・・だが、ルリアの表情に僅かな憂いが浮かんだ。



 「・・・本当、ずっとここに居たい」



 かき消されるような、本当に小さな呟き。

 背後に控える側近たちにはもちろん、傍で給仕をするマリアやミミにもその声は届いていないかった。・・フィリアを除いては。



 「・・るりあさま?」


 「あ。すみません」



 ルリアはそっと目元に手を当てた。

 まるで割れ物にでも触れるかのように、恐恐と触れるように。



 「この眼は視えすぎると言いましたよね。我が家の人間は、皆、生まれて直ぐに特殊な液体に浸した布で目を覆います。そうでもしなければ、眼球が潰れてしまいますから」



 思った以上の凄惨さにフィリアは息を呑んだ。

 だが、レオンハートとて似たようなもの。魔力制御の如何では命すら危うい体質なのだから。



 「ある程度物心が付けば、布は必要なくなりますが、それでも、制御の仕方を覚えるまでは瞼を開くことさえ制限されます。・・・私の眼などは特に強力で、ひと月ほど前まで、一度も目を開いた事がなかったのです」



 それは、つまり、生まれてから、これまで一度も肉眼で世界を見たことがないという事。



 「そんな境遇からか、私たちは気配や感覚、魔力感知にも敏感となるので、不便はそれほどないのですが・・それでも、初めて、この目で、親しい者たちの顔を見たときは泣いてしまいました」



 思い出して、感傷に浸るルリアは、静かに見上げるように顔を上げた。



 「そして・・・これが、私の生まれて初めて視る。・・美しい景色なのです」



 薄紅の花弁が舞い踊る光景を、見つめるルビーの瞳は少し濡れて煌めいた。



 「それもこれも、フィリア様のおかげです」


 「わたくしの?」



 ルリアの純粋な感謝と笑み。

 だが、フィリアはその理由に心当たりがなく首を傾げた。

 そして直ぐに思い至る。



 ――――この庭園の素晴らしさか!!


 「姫様。違いますからね」



 だが、自身の手腕に胸を張ろうと思った矢先に、すぐ後ろからマリアによって諫められた。



 「決して、姫様の行いの肯定ではございません」


 「・・まりあ・・おこってる?」


 「・・・・・」



 無言で、新しいお茶に差し替えるマリアは、フィリアの最後の問いだけを無視した。



 「ルリア様がおっしゃられているのは、レオンハートとバレーヌフェザーの相性のお話でございます」


 「・・やっぱ、おこってる。・・・それで。あいしょうって、まりょくかんしょうのこと?」


 「大体は合っております。ただ、魔力干渉といっても、その種類は多岐にわたります。互いへの魔力影響が微小であるというのが最も大きいでしょうが、レオンハートは魔導の王。魔力に関して影響が皆無などありえません。確かに魔力制御に関して、レオンハート程優れた方々は居られないでしょう。しかし、それでも、その身の内にある強大な魔力は確かな影響を生みます」



 相変わらずの、所作でカップを取り替えるマリアの手際は見事で、僅かな音さえ立てない。


 風呂上りを考慮しての冷たいお茶から、マリアが新たに出したのは、少し熱めのお茶。

 眠気を誘うような、安らぐような香りと、少し甘さが混ざった柔らかな湯気。


 身体も温まり、解れ、そこにこれは、完璧な心遣い。

 慣れぬ社交の場を終えた、子供にとってこれ以上ない安らぎとなる。



 「とは言え、レオンハートとバレーヌフェザーの相性と言えば、互いへの負担が少ない魔力干渉の事でしょう。レオンハートにとっては魔力の揺らぎづらく。バレーヌフェザーにとっては魔力を染められづらい。互いの弱点とも言える部分を刺激しない。それも意識的にではなく、無意識化・・ほぼ本能にも近いその体質故の関係性」



 フィリアは、出されたお茶をコクりと飲み、ホッと息を吐いた。



 「ですが、それが全てではありません。他にも多く、互いにとっての利があります。・・ルリア様がおっしゃっておられるのは、その一つ。『魔波』の事でしょう」


 「まふぁ?」



 お茶請けを頬張って首を傾げたフィリアはマリアに続きを促したが、それに答えたのは未だ桜に見惚れるルリアだった。



 「『魔波』というのは、魔力や魔素が放つ、波のような光で、本来、人の目では視えないものです」



 言うなれば『電波』や『音波』のような、エネルギーの派生。

 そしてそれは、本来、人の目に視えないというが、あくまで()()()()()という話。


 例えばフィリアの前世では、動物や虫の視覚と人の視覚は違った。


 視覚の中の色覚。

 人の目には視えない紫外線や赤外線。

 それさえも視える生き物がいた。


 おそらくルリアの眼は、そういった性質に近い。


 そして、人にとって視覚情報というのは特別大きい。

 だからこそ、あまりに視えすぎるというのは、負担が大きい。



 「身体の異常や、不穏な魔素の動き。そういったものを視認できるのは大きな一助ではありますが、同時にあまりに眩しい視界が私どもを蝕みます」


 「だからこそのレオンハートなのです。強大すぎるレオンハートの力は大きな波紋を生み、雑多な力を飲み込み、かき消しますから」



 一見、レオンハートの大きな魔力の方が毒性が強いように思えるが、そうではなく、他の入り乱れるような数多の魔波を飲み込み、支配する、レオンハート生来の力こそが、ルリアたちバレーヌフェザーの視界から、余計なものを消し去ってくれていた。


 そのおかげで、ルリアの眼へかかる負担は、最低限となり、何の杞憂もなく目の前の景色を、その目で堪能することが出来ていた。


 先祖代々続く、二つの家の共存関係。


 ルリアは、その意味と感慨を、身を持って感じていた。



 「フィリア様・・ありがとうございます」


 「けいしょうはいらないです。おなじたいこうけじゃないですか。・・それとわたくしはなにもしていません」



 謙遜などではない。フィリアはただそこにいるだけ。

 ルリアにとって全てが変わるような事でも、フィリアは何もしていないのだから。



 「・・では、フィルと。私のことはルリィとお呼び下さい」



 その愛称はルリアの気遣い。

 心が男性であるフィリアのためを想った、中性的な愛称。


 フィリアはそんな気遣いを素直に受け取り、満面の笑みを返した。



 「よろしく!るりぃ!」



 朱と蒼の瞳が見つめ合い、二人は友となった。




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