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10 赤子の戦略



 「っな!?っが!?」



 ハイロンドは五本の剣を捌きフィリアを牽制した。

 すると自身の大剣が振り下ろされた。


 訓練用ではなく愛用の大剣。


 まごうことないハイロンドの相棒。


 五本の剣と共に『六本目』の大剣はハイロンドに牙を剥いた。



 隙を突いた重い剣撃。

 それをなんとか受け止めた。



 だが一瞬でも動揺した。

 一瞬でも迷った。

 一瞬でも足を止めてしまった。




 フィリアがその懐に入るには十分な一瞬だった



 「っぐ!?」



 ハイロンドが地面に崩れた。

 苦しげな呻きと共に。


 周りの人間には何が起こったのかわからない。

 急にハイロンドが跪き。そんなハイロンドを中心に少し地面が沈んだ。


 ハイロンド自身も現状把握が出来てはいない。

 ただ体が、空気が、自身を取り巻く全てが重い。



 ―――重力制御。加重



 フィリアが行ったのは重力の増加。

 触れる必要もない。しかし射程距離が非常に短い。近接戦闘のみの魔法。


 大人であれば剣を交わせる間合いで行けたろうがいかんせん赤子の身その射程はさらに短い。



 「お見事でございます。私めの負けに・・フィリア様っ!!」



 突如として訪れた自身の敗北を理解したハイロンドは体が悲鳴を上げるほどの重力の中、嬉しさを溢し口角を上げて口上を述べ始めた。


 その瞬間比重が消えた。

 それと同時に重力に耐えていた反動から体が跳ね上がり自然と視線も上へと持ち上がる。



 目の前の光景に大きく目が見開かれ体の反応も早かった。


 

 時が滞ったようにスローモーションに光景が流れた。


 幼い赤子の体が糸を切ったように力を失い白いクッションはその小さな手を離れる。

 そのあとを追うように幼く小さな体が揺れ落ちていく。


 その様はガラス細工のように儚く脆い。




 ハイロンドの素早い動きのおかげでフィリアは地面に着くことなくその腕の中にふわりとおさまった。だがその肉体には全く力がかよっていない。そして意識もない。

 


 慌て声を上げたのはハイロンドだけではない。

 その場にいる者全てだった。


 騒然とする中で支持が飛び交い。ハイロンドは腕の中の赤子の名を幾度も叫ぶように繰り返す。


 その中でも特に焦りを顕にするのは親族たち。

 青ざめた表情には恐怖が滲み、真っ直ぐに駆け寄ってくる。


 幼い姉兄たちは涙を目に貯めて、大人たちは冷静を装うが焦りは隠せていない。


 そんな中マーリンは駆けつけるなり慣れた手つきで手早くフィリアの体に触れた。しかしその様子も冷静であろうと戒めているだけなのはひと目にわかってしまう。

 手首、首筋。胸に耳を当て呼吸を確認して瞼を押し上げ瞳を確認する。


 そんな診察をいくつか行うと、頭を垂れるのと同時に力が抜けた。

 それと共に吐き出された安堵の息に周りの緊張が少し緩和された。しかし言葉を聞くまでは心からの安堵は遠かった。



 「おねえ。・・フィーの。・・容態は?」



 浅い呼吸。血の気の引いた肌。小刻みに震える小さな身体。

 皆が息を呑むようにマーリンの言葉を待った。



 「気を失っているだけよ。・・・安心なさい。おそらく軽度の魔力切れよ。軽い処置をして、このまま寝ていれば直ぐによくなるわ。」


 「そうか・・。良かった・・」



 今度こそ皆、安堵の息を吐き、力んでいた体の緊張が解けた。



 「ごめんなさいね。魔力不足の予兆を見逃してしまったわ・・」


 「いや、あれだけ動きまわっている様子だったならしかたないさ。実際魔法なんかも乱れはなかったし、終いには魔法でトドメを刺していた。気づけなくても仕方なかったさ。・・ハイロンドも気づいてなかったんだろ?」


 「・・・申し訳ありません」


 「いや、いいって。精度も落ちるどころか上がっていたしな。それに何よりあんだけ追い詰められていては余裕もなかったろ?」



 そういったアークは悪戯な笑みを浮かべていた。それに対して所在なさげに「面目ありません」と苦笑いがこぼれてしまうハイロンド。


 そんな少し気の抜いたやりとりにようやく皆、微かな笑みをこぼした。ようやっと場に穏やかな空気が入り込む余地が生まれたようだ。



 「しかしいくらハンデを多めに与えていたとはいえ騎士団長が情けないな」


 「はい。面目次第もございません。しかしフィリア様は素晴らしいですな。剣技は素人ではありましたがそれを補ってもかなりあまりある魔法の才と戦術。途中相手が赤子であるのを忘れてしまった上に疑うほどでした」



 アークの口調は穏やかでそれが叱責ではないことがわかる。だからかハイロンドも穏やかな口調で返すがやはりそこには悔しさなんてものは皆無だ。



 「まぁ赤子ではなく天使だからな!」


 「おにい。少し黙っといてもらえるかな」


 「そうよ。おにいさんは黙っていて。天使なのはわかりきっていることだわ。今はそんな当たり前のことよりこの純白のお肌に土などという不浄があるほうが問題よ!湯浴みの準備を!私が入れるわ!!」


 「なっ!?ずるいぞ!?マーリン!?私が入れる!!フィーの玉の肌は私が清める!!」




 「・・・おにいもおねえも黙って」



 アークの嘆息がこぼれた。しかし収まることなくむしろリーシャやアラン。終いにはリリアまで参戦してやんややんや言い合いをしている。



 「それで。最後の攻撃の種は分かりましたか?」


 「種?・・それはどういうことですか、おばあさま?」



 ハイロンドの腕から優しく包むようにフィリアの身請けをするアンリは穏やかな口調でハイロンドに尋ねた。

 アンリの腕の中へ移動したフィリアの柔らかく少々乱れた前髪を撫でるように整えるフリードが疑問符を浮かべてアンリとハイロンドの顔を交互に見た。


 ハイロンドはバツの悪そうな顔で頭を掻いた。



 「・・はい。騎士としての予測や勘に自負を抱いてはいましたがそれが逆手に取られてしまいました。騎士団長としては恥ずかしいですね。自負ではなく驕りとなっていたのだと気づかされました」


 「そうですか。それは何よりでしたね。あなたにとっても大きな実りがあったようでよかったです」


 「はっ!」


 「・・あの・・おばあさま?ハイロンド団長?」



 終始にこやかなアンリに畏まるハイロンド。そして疑問符が増えるフリード、そんな彼の頭に後ろからアークの手が置かれた。



 「フリード。さっきの最後の決め手はなんだったと思う?」


 「え・・んー・・。目で追うのも困難な高速移動。どこから来るか予測不能の剣達とその配置。五本しか剣を操れないと見せかけての切り札の六本目。しかもその剣はハイロンド団長の愛剣という心理的な揺さぶり。そして懐に入っての、手も触れず戦闘不能にする魔法。・・決め手というならやはり六本目の剣でしょうか?」


 「そうね。フリードは賢いわね。そこまで見えていれば大したものだわ。でもそれは種ではないわね。フィーは六本目を操れるのを隠していたわけではないわ。あの状態では五本が限界だったわ。流石に戦闘に関して素人だもの、それの隠し方は上手くなかったわね。十数本の剣を配置する際には僅かに操作精度が乱れたもの。」



 フリードの七歳には思えぬ考察にアンリは穏やかなまま補足を加えていく。アークはそんなふたりの会話に物知り顔で相槌をしていく。



 「え?じゃぁあの六本目は・・?」



 フリードはハイロンドを見て呟くと。小さく頷き視線を促すように動かした。その視線の先をフリードは追った。

 そこには土がついた白いクッションが深い皺を刻んで地面に転がっている。



 「あっ!」

 


 その瞬間ヒラメキとともに声が漏れた。

 そのクッションに刻まれた皺は明らかに小さな手で握った痕跡だった。



 「フィリアお嬢様はずっとあのクッションと共に動いておりました。ずっと握り締め、まるであのクッションに乗って駆けるように。しかし実際はフィリアお嬢様自身とクッション両方が魔法操作だった。でも余りにも一心同体に移動するさまから何も不思議に思わなかったのです。」


 「つまりは・・最後の瞬間。クッションの操作を外し六本目の剣を操った・・」


 「はい。盲点でした。幼い筋力でもクッション程度の重さであれば一瞬は誤魔化せたのでしょう」



 フリードは瞠目して「すごい」と小さく呟いた。

 そんな孫の表情にアンリも満足気である。



 「さぁそれではそろそろ戻ろう。フィーもこのままでは風邪をひいてしまう。早く部屋でゆっくりさせよう」



 そのアークの言葉に同意を示す三人。



 「それにフィーの実力の検証は思っていた以上の結果があった。今後の相談も必要だな。父上と母上にもお願いしたい」


 「わかりました。もちろんです。・・あの人は今政務の代行しているしそちらで。早く行かないと自分だけ除け者だと拗ねてしまってめんどくさいから行きましょう」


 「ありがとうございます。ハイロンド騎士団長。貴殿にも同行してもらおう」


 「はっ!畏まりました!」



 背筋を伸ばし敬礼とともに返答を返すハイロンドにアークは強く頷きを返す。


 するとアークのテンションが一気に落ち大きなため息が吐かれた。そして視線がアンリと合うと同じ様子で息を吐いていた。


 フリードは気遣い気にアークを見上げると優しく手を添え慰めた。



 「父上・・」


 「はぁ・・・あとはあれか・・」



 その言葉と共にその場の三人は同じ場所へと死んだ視線を向けた。

 唯一ハイロンドだけは困ったように笑いながら三人を気遣っている。




 「叔父上!いくら叔父上といえどもそこは譲れません!!フィーが一番好きなのはオレですっ!!もう『にぃにぃ』と28回も呼ばれているのですよ!」


 「いーーーや!私だね!!・・確かに・・名前は・・・まだ少ない・・けど・・でも!でもっ!!指を握ってくれたのは圧倒的に私が多いね!終いにはそのまま眠るくらいの安心感!!・・・て、てか名前だって・・言いにくいだけだし・・『じぇう』って・・まだまだこれからだし!!」


 「まぁ何をおっしゃてらっしゃるのかしら?私なんて抱き上げたら一瞬ですよ?やはり母親の包容に勝るものはございませんわ」


 「お母様!母親のアドバンテージを活かすのは流石に卑怯ですわ!!フィーはそんな母親になんてなつかないわ!!きっとそれはそれはお姉ちゃん子になるわ!!昨日だってキスしたらキスを返してくれたわ!!・・・あぁ〜あれは天使だったわぁ・・」


 「ちょっと。リーシャちゃん。今の聞き捨てならないわ!!天使の接吻を受けたですって!?ここか!?この桜色の愛らしいほっぺか!?私が上書き&間接キスしてやる!!あっ!こら!抵抗するな!!」



 馬鹿な五人の馬鹿な掛け合いはギャーギャーと騒がしさを増していく。

 そんな五人に向けられた視線の中、アークは淀む大きな息を長々と吐いた。



 「もう・・ほんとめんどくさい・・」







 「・・いや普段のあなたも大概あっち側よ」



 もっともである。



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