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133 紅玉の幼女



 「あんな事があった後に、このような場を持ったのだ。来客もあり、警備自体は厳しくなるが、それでも、侵入しやすくなるのは確かだろう。・・ミルの手先が来ることは容易に想像できただろうに」


 「その為、対悪魔の準備はしていましたが、同時に精霊の来客は歓迎しなければならなかったので、後手に回るような対策しかできませんでした」


 「結婚式だからな・・精霊の祝福は多いほうがいい。仕方あるまい」



 宴席の一角。そこにはジキルドとアーク。そして、納得できていないような老人が一人。

 三人でグラスを片手に、渋い顔で話し合っていた。



 「・・おいしい」



 その傍に、小さな幼女。

 白髪の幼女は、切り分けられたケーキを見つめ、思わずと言った様子で声を漏らした。



 「ルリィ、気に入ったかい?」


 「あ、すみませんっ、お祖父様。お話の腰を折ってしまいまして・・」



 そんな幼女の声に、老人は顔を緩め、微笑むようにして幼女の頭を撫でた。



 「いや・・こちらこそ、折角の祝いの席だというのに、無粋な事をしていた。・・二人にも申し訳なかった」


 「なに。真面目なのはお前のいい所じゃないか。寧ろ、心から心配をしてくれて嬉しいさ」


 「はい。バレーヌフェザー大公の気遣いには感謝しかありません」


 「アークリフトも同じ大公なのだから、大公はやめてくれ。エラルドでいい」



 普段からお世話になっている人物の苦言には、アークも微笑んで応じていた。



 「いえ、同じ大公とは言え、先人にはきちんと敬意を払いませんと」


 「お前は、ジキルドと似て、変なところで真面目だな。・・ゼウスなど『エド爺』などと気安く呼ぶのに」


 「・・それは、兄が、申し訳ありません」



 本当に心から詫びるアークに、エラルドは全く気にしていないという様子で笑って手を振った。



 「気にするな。それに、ゼウスにもマーリンにも日頃、世話になっているからな」


 「・・えぇ、と・・ご迷惑はおかけしていませんでしょうか」



 その問に返すは、無言の微笑みのみ。

 機嫌を損ねた様子はないが、それでも、アークは深々と頭を下げ、搾り出すように詫びた。



 「冗談だ。冗談。本当に世話になっているんだ。・・アークが持ってくる素材は希少で、あればあっただけ助かるし、マーリンの薬学研究は、医療の発展に大きく貢献してくれている。・・ルリィもまた、マーリンのファンでな。マーリンの論文を愛読書にしているほどだ」



 エラルドに頭を撫でられ、照れたようにはにかむ幼女を見てアークも微笑んだ。



 「うちの子たちも優秀であると思っていましたが、バレーヌフェザーのご令嬢はそれ以上に優秀ですね。フィーと同い年で、言葉遣いも所作も美しく、聡明。姉の論文など、正直、専門的すぎますからね」


 「『医』こそが我が家の根幹。とは言え、この子、ルリィは特別だ。・・うちの妻がな、燃えていてな。・・・マーリンが教師をしているのだろう?」


 「なるほど・・『師』としての意地というものですか」



 エラルドの妻。バレーヌフェザー大公妃。マーリンの師。

 とは言え、当然魔術の師ではない。


 他の大公家の妃に比べ、武功に劣るバレーヌフェザーの妃だが、彼女に逆らえる者は少ない。


 彼女はマーリンにとって、淑女作法の絶対的な師。

 社交、言語、芸術。淑女として、隙のない女性に育て上げた教師。


 その手腕は、高名で、彼女の教えこそが淑女教育の規範になるほど。


 立場上、大人の都合的なもので、直接は関われないが、この国の王妃教育の監修さえ依頼される女性。


 この国のご令嬢、ご婦人は、皆、彼女に礼を尽くし、敬う。


 貴族女性にとって、憧れであり、理想。

 『貴婦人(レディ・ミセス)』。そう、呼ばれる。



 そして、最近では、その後継と称されるのがマーリンであり。

 彼女も、それを誇りに想い。鼻が高くはあった。


 それでも、マーリンが育てて上げた、リーシャを見て、『貴婦人(レディ・ミセス)』の心に火が点ったのだろう。


 そんなマーリンすら凌ぐルネージュ最高峰の貴婦人。その指導を一身に受けた幼女。



 「・・お話中、申し訳ありません。お聞きしてもよろしいでしょうか、レオンハート大公」


 「アークでいいよ。それで何かな?」


 「では、私の事は、ルリアとお呼び下さい。・・・それで、その・・。・・これは、本当に、ご令嬢の手作り、なのですか?」



 ルリアと名乗った白髪の幼女は両手で、切り分けられたケーキの乗った皿を軽く掲げた。



 「そうだよ。・・少し待ってくれるかい」



 アークは視線を上げ、広間を見渡した。

 そして、視線を止めた先にいたのは・・・この国の王に泣きつかれている、妻、リリア。

 その腕の中に目的の人物を見つけると同時にリリアと目が合い、視線だけでリリアは察して頷いた。


 リリアはそのまま縋る王を足蹴にし、剣を掲げる幼女を窘めながらアークの元へと歩み寄ってくる。



 「おかあさま。こういうのは、はやめにめを、つんでいたほがいいのです。・・だから、はなしてください」


 「ダーメ」


 「リリィ!お願い!アラン君も止めて!どう見たってフリード君、本気で止める気ないよ!」



 剣を振り上げるアランは一見、フリードに羽交い締めされているようにも見えるが、その腕の拘束はあまりに緩い。



 「わぁ、ダメだよぉ、アランー」



 そして、言葉は棒読み。あまりにも気持ちがこもっていない。


 それを捨て去られたようにリリアたちの背へ叫ぶ王様。

 ・・・フィリアはこの王の頼りない姿しか、見たことがないのではなかろうか。



 「お待たせいたしました。アーク。お義父様」



 しかし、そんな王の悲痛な訴えは、綺麗に無視され、リリアは立ち去り、何事もないかのようにアークの元へ合流を果たした。



 「バレーヌフェザー大公もお久しぶりです」


 「お久しぶりです、リリア姫・・いや、夫人」


 「もう・・絶対にわざとでしょう」


 「随分と他人行儀でしたので、つい」


 「・・はぁ。わかりました・・・久しぶりですね。エディ」



 四児の母とは思えぬほど可愛らしく唇を尖らせたリリアだが、溜息とともに話し方を改めた。

 少々尊大にも聞こえる口調だが、エラルドはそんなリリアに相好を崩した。そこには二人だけの長い付き合いと絆が垣間見えた。


 「・・・これでも、レオンハートの嫁として頑張っているのですよ」


 「存じております。リリア様はご立派にやっておられますよ」


 「敬称も必要ないのに・・」


 「これが年寄りの楽しみの一つですから。・・まぁ、欲を言えば、もう少し早く来ていれば幼い頃のリリア様にも会えたのにと、思いますが」


 「んんっ」



 二人の気安い会話。

 そこにアークの咳払いが割って入った。


 自身の父よりも年上のエラルドへの嫉妬。

 確かに、白髪すら似合う渋い翁だが、傍から見ればそんな色気のある様子では決してない。

 どちらかというと、親戚の叔父さんと姪。


 だが、しかし、この場はとりあえずアークが愛妻家なのだと称しておこう。


 エラルドは誂うように嗤い。リリアは呆れたように微笑んだ。


 そして、そんなアーク以上に表情に感情が現れていた二人の幼女。

 二人は互いに、それぞれの保護者。祖父と母の砕けた様子に目を見開いていた。


 フィリアにとって気の抜けたリリアの姿は珍しくない。

 しかし、それはあくまで、身内しかいない中。例え、身内のそばでもそこに他者が居れば、大公妃としての顔を崩すことはない。

 だからこそ、リリアのこのように砕けた姿。それも、このように多くの目がある中でなどフィリアにとっても驚きだった。

 


 「さぁ、フィー。ご挨拶なさい」


 「あ、はい」



 そして今度はエラルドが驚く番。ついでにルリアも、意外性の驚きではなく、純粋な驚きに表情を変えた。



 「・・話には聞いていたが」


 「浮いた・・」



 フィリアはリリアの腕から自身の力で降り立つ。

 リリアもその行動に慣れたように戸惑うことなどない。


 だが、初見の二人は、急に宙に浮き上がり、ふわりと降り立つフィリアの姿にポカンと口を開いた。



 「あーく・れおんはーとが、じじょ。ふぃりあ・れおんはーとともうします」


 「フィー。こちらはバレーヌフェザーの方々よ。同じ大公家ですから、『ティア』まで名乗りなさい」


 「は、はい。もうしわけございません。ふぃりあ・てぃあ・れおんはーとです」



 幼く拙い発音と相反する言葉遣いと、所作。

 しっかりと、マーリンの指導を体現する姿に、エラルドはリーシャを重ね、そして妻の影を見た。



 「立派な挨拶だ。私は五大公が一つ。バレーヌフェザーの当主。エラルド・フォカロル・バレーヌフェザー。エドとでも呼んでくれ、幼い魔女よ。よろしく頼む」



 エラルドは柔らかく微笑み、フィリアへ挨拶を返した。

 白髪も、皺も相まって、優しく穏やかなその表情に、フィリアは自然と笑みがこぼれた。


 そして、エラルドは隣に立つ幼い幼女へと視線を送った。

 その視線をフィリアも追う。


 そこには、フィリアとさほど変わらぬ身長の幼女が、顔を引き締めていた。


 エラルドの白髪やジキルドのそれとは違う、新雪のような純白の髪。

 肌も、血管が透けそうなほどに白く、幼子ながら唇の血色が艶かしく映える。


 ドレスは一見シンプルなものだが、よく見れば隙なく刺繍が施され、同じ白でも同化することなく、寧ろ、立体的に多彩な白を纏わせている。


 第一印象。それは、只々『白い女の子』。



 「私は、バレーヌフェザー大公、エラルドが孫。ルリア・バレーヌフェザーと申します。フィリア様、お誕生日、おめでとうございます」



 思わず息を呑むほどに美しいカテーシー。

 マーリンの指導は正直、非常識の範疇だと思っていたフィリアだが、同世代のこんな完璧な所作を見せられては、寧ろ、手を抜いてすらいたのではと考えを改めた。


 ・・決してそんなことはないのだが。



 「ありがとうございます・・ルリアさま・・・。ところで・・その・・・」



 そしてフィリアにとって気になることは、もう一つ。

 正直、あまりにデリカシーがないか・・などと、遠慮していることに感動すら覚えるが、それと同時にそう思うなら見ないふりをしろとも思う。



 「・・め、みえないんですか?」



 遂には、ダイレクトアタック。

 デリカシーの欠片もない。


 だが・・まぁ、今回は大目に見よう、と言うよりフィリアのその疑問にも同意できてしまう。



 ルリアはフィリアの言葉に首を傾げて目元に手をやった。

 ずっと瞼を閉じていた目元に。



 「・・これですか?見えますよ」



 そう言って、ゆっくりと開かれる瞼。

 そこに、透き通るような真っ赤な瞳が煌めいた。



 「綺麗」


 「え、あ、ありがとうございます・・」



 思わず呟いたフィリアの言葉に、ルリアは驚くと同時に、照れたように顔を赤らめた。



 「でも、なんで、めをとじてたんですか?」



 目を閉じていたにも関わらず、まるで『視えている』かのようだったルリア。

 それも、不思議だったが、それ以上に敢えて瞳を隠す理由が気にかかった。



 「・・・視えすぎるので」


 「みえすぎる?」



 ルリアはそう言うと、ゆっくりとフィリアに歩み寄り、耳元に口を近づけた。



 「フィリア様の心が男性である事とか」


 「っ!?」



 ガバッとルリアに振り返ると、そんなフィリアにルリアは柔らかく微笑んでいた。


 しかし、フィリアはよく知っていた。

 その微笑みはマーリンからも習った、仮面の微笑み。




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