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130 暁の王剣



 畏まったものでは無く、簡素なドレスを身に纏った女。


 彼女はホールの中心。それも玉座たる高台からまっすぐ伸びる赤の絨毯の上に立っていた。

 それなのに、ティーファがその前に立ちはだかるまで誰も気に止められなかった。


 ティーファの黒杖が向かう先を確認してようやくその存在に気づいた。


 そして、気づくと同時に、その場に集まった大半は息を呑んだ。



 かつて子供だった者たちは、聖母のような優しさを覚えている。

 その頃から大人だった者たちは、彼女の多大な功績と畏怖を知っている。



 そしてそれは、レオンハートも同様。


 とりわけ、姿絵でしか知らぬリーシャの瞳には涙が溢れた。



 その中、ジキルドと、目があった彼女。

 そこにある歪な微笑みはあまりに空虚で、上辺だけ。


 ジキルドは青筋を浮かべ震えた。



 『お久しぶりです。(ディーニ)



 それは精霊語だった。

 人形のように感情のない、仮面だけの声。


 慈しみの声さえ、空っぽなもの。


 そして、その言葉を聞いた瞬間――――



 「その名で呼ぶなァーーーーッ!!!!!!」



 カッと目を見開き、普段は見ないようなジキルドの怒号が響いた。

 それと同時にジキルドから破裂するように吹き出した濃厚な魔力。


 更には、その魔力を呼び水として、壇上のレオンハートたちから、同時に魔力が溢れる。



 「ぐっ」

 「かはっ」



 その魔力はあまり濃く、瘴気となってその場を満たした。


 レオンハートの瘴気など猛毒だ。

 集まった者たちは胸を押さえたり、膝を折ったり、息すらまとも出来ない程に息詰まった。




 だが、それを優しく吹き消すかのように、一陣の風が吹いた。




 「いいきれあじ」



 その場を支配していた空気を無視するような緊張感のない声。

 それも、愉しげに弾んでいるようにさえ聞こえる。



 だが、その声をきっかけに重い魔力さえ霧散した。


 そして、その声に視線が集まる。



 そこに居たのは白いドレスを靡かせるフィリア。


 そのフィリアが満足気に見つめていたのは、その身には長すぎる白い刀剣。

 それを手に持ち、角度を変えては恍惚に口元をニヤ付かせていた。


 皆はまたもフィリアに目を奪われた。

 しかし、そこに、先程のような感情はない。





 高座に居た筈のフィリア。

 ティーファが背に守っていたはずの姫は、今、ティーファの正面、その先。

 不穏な女さえ超えた先に居た。


 全員が唖然と言葉を失った。

 家族でさえ・・・。



 『アアァァアッァァッァァァッァッァッァァアァァァァァ』



 耳を刺すような悲鳴が響いた。

 おおよそ、人の物とは思えない音。


 その正体は、不穏な女。


 だが、それは悲鳴では無く、断末魔だったようだ。


 彼女は、慟哭するかのように天を仰いだまま、その身を結晶に包まれていく。

 そして、あっという間に、一塊の巨大な結晶石へと姿を変えた。



 「宝花・・」



 静寂の中に思わず溢れたような誰かの呟き。


 それがきっかけとなったように、その瞬間、その結晶石に罅が走り、崩れ落ちるように砕けた。

 砕けた先から、細かな塵となって舞い、散っていく。



 「わたくしの、かぞくをきずけるものは、ゆるしません」



 頬を膨らませ、怖くない睨みを見せるフィリア。

 威厳も畏怖もない、幼子の「おこってるぞぉ」アピール。


 何も怖くないどころか可愛いその仕草。


 だが、それにこそ、只々純粋に抱く恐怖以上の恐怖を抱かずにはいられず、皆が身を震わせた。



 「もう!ヒメ!まえにでちゃダメですよ!」



 唯一、言葉を失うこともなく、フィリアの場違いな雰囲気と同じ、緊張感の欠けた声。

 その声に、皆視線が集まり、再び目を見開いて、息を飲んだ。


 そこに居たのもまた幼い少女。


 新緑の頭に、褐色の肌。

 誰もが知る、フィリアの友人。


 だが、皆が目を見開いた原因は、彼女であって、彼女ではない。


 ティーファの背後。小さなその身に背負う『月』



 「月盃(マナグレイル)・・・」



 またしても呆然とした声が漏れた。




 普段はフィリア全肯定のティーファも、こういう時は頼もしいほどに苦言を呈す。

 そして、その幼い怒りは意外とフィリアに効果的だったりする。


 事実フィリアは、その声にそろそろと身を小さくして振り返り、誤魔化すような笑みを見せた。


 それに対するティーファの表情は変わらず、頬を膨らませたものだった。




 その場にいる者たちは皆一様に言葉を失い、二人を見つめていた。


 幼い二人の魔術師と魔女。

 その規格外を超えた光景に唖然とする事しかできない。



 「・・・ティアラ母様」



 その中、高座の脇に居たリーシャが呆然と膝から落ち、溢れ出すように俯き雫を零した。



 「リーシャ様っ」



 そんなリーシャに飛び出したように駆け寄る二人。

 タヌスとサーシス。


 二人は、顔を顰め、今にも泣き出しそうな表情で駆け寄ると、リーシャを抱きしめた。



 「申し訳ありませんっ。私たちのせいで・・」


 「・・リーシャ様・・申し訳ございません・・・。・・っ。あんな空虚で歪な笑顔など・・妹はは決してしません」


 「・・・母は、春の日溜まりのように、暖かに笑う人でした。・・だから、あんな人形では似ても似つきません」



 リーシャが知るのは絵の中のティアラだけ。

 それなのに、ようやく目にした、その絵と瓜二つの実体。


 それは、あまりに歪で、嫌悪すら湧く。

 その上、無情に一瞬で切り捨てられた。


 リーシャの中で複雑に感情が暴れる。


 成人間近とは言っても、彼女はまだ十歳。

 十分に子供だ。大人でも押し殺せない感情を、多感な頃の心が御しきれるはずがなかった。



 「・・タヌス、ニコライ。これが、お前たちの望んだ報酬だ」


 「っ・・」



 傍に立つアークから感情のない声で告げられた事実に、二人は奥歯を鳴らした。



 「自称とはいえ、ミルは魔女。その上、その傍には悪魔たち。決して約束は違えない。例え口約束であろうと、絶対的な契約として必ず守る。それが、『古い魔女』と『悪魔』の法だからな」



 その言葉に二人は何も言えない。

 只々自身の浅慮さを悔み、大切な人の死にさえ唾を吐いた事実に俯くだけ。



 「・・しかし、趣味の悪い。・・報酬と言うより、嫌がらせだな」



 砕け落ち、崩れ消える、大きな結晶。

 それを見つめアークも眉を顰めていた。・・その手を血が滲む程に握り締めて。




 その理由は単純。

 大切な幼馴染(ティアラ)の顔をした、その存在。


 それは、文字通り、()()()だけの『人形』だった。


 ティアラを知らぬフィリアだけではなく、誰が見ても一目瞭然。

 その姿を知るもの達は、一瞬目を見開いたが、誰もそれをティアラなどと勘違いすることはなかった。


 何しろ、その存在はまさに『人形』。

 外見だけを取り繕っただけの、魔力の塊。


 一見、一人の人間だが、少し魔力を学べば、その空虚さにすぐ気づく。

 魔力視さえ必要としないほどに、あからさまで、気づかぬほうが難しい。



 「転生術だろうな。身に受けたティアラの魔力。その残滓を利用したんだろう。・・とはいえ、本人で無く、記憶の継承も、その残滓に頼る程度の心許ないもの。・・・この程度が限界だろうな。・・・タヌス、ニコライ。これがお前たちの望んだものだ」



 アークの言葉には刺があった。

 それもそうだろう。大切なものを引き換えに得ようとしたのが、粗悪品でしかなかったのだ。

 その上、その大切なものはアークにとってもまた、大切なものだったのだから。





 「ヒメがまえにでちゃダメじゃないですか!!」


 「・・え、いや・・だって・・・・・あ、はい、ごめんなさい」



 高座での複雑な感情などお構いなしに、気の抜けた日常がそこにあった。


 いや、日常なのは二人にとってであり、目の前で起きた超常に未だ言葉を失ったお客人方は、リーシャの悲痛よりも、この二人の幼女から目を離せずにいた。


 『宝花』も『月盃(ルナグレイル)』も、魔術師の到達点とも称される技術だった。

 それを、ついこの間生まれたばかりのような幼子たちが発現させている。


 フィリアの異常性もそうだが、それ以上にティーファに対して周囲は息を呑んだ。


 正直、口にしないだけで、先ほどの子供たちのようにティーファを侮るものは多かった。

 この国の人間であれば、『庭師=国家技師』とわかってはいる。だが、それでも、世界最高の魔術師一族の末姫、それも、一族の最高峰たる『ティア』の名を賜る人物と、肩を並べるには少々不足だとも思っていた。


 だが、目の前の出来事は、その考えを改めるに余りあり過ぎた。


 ティーファの背後にあった、月はフィリアに駆け寄ると共に霧散し、今はもうそこにない。

 だが、その場にいる者たちにとってはあまりに鮮明に思い出せる程、鮮烈で衝撃的な光景だった。



 「・・ヒメ。そのけん、きれいですねぇ」


 「うん!そうでしょう」



 可愛らしくも、明らかに怒った様子で詰め寄ったティーファ。

 全然怖くはないのだが、フィリアにとっては、これ以上ないお灸となる。


 だが、少し項垂れるように身を縮めたフィリアにティーファは勢いをなくしてしまった。

 結果。話題を逸らすように甘やかしてしまう。


 お互い、互いに対して弱い、何とも微笑ましい主従で友人だが、事フィリアに対してはもっと厳しくあってもいいと思う。



 しかし、話題逸らしのようなティーファだったが、その感想と興味は事実で、フィリアの手に握られたその純白の剣に目を奪われていた。


 そして、フィリアもまた、ティーファの言葉に気分を再浮上させ、自慢げに微笑んで掲げた。



 「あ、そういえば――――ぐれーすさま!」


 「え、あ・・何?」



 離れた壇上で、呆然と目の前の非常識に思考を飛ばしていたグレースは、フィリアの声に何とか反応した。



 「このけんってなまえはあるんですか?」


 「・・あぁ。えっと、それは『暁の王剣(スケヴニング)』という銘だよ」



 朝焼けの柄と鞘に相応しい名だと、フィリアは口ずさむように呟き呼びかけ、頬を緩ませた。






 「なんだ。もう、お楽しみは終わってしまったのか?」



 その時、会場の入口から大きな声が響いた。


 皆が、その声に反応し一斉に振り向いた。

 そこには、リリアによく似た、偉そうな男が騎士を引き連れていた。


 フィリアも面識ある、その顔。


 この国の王様だ。


 その上、ふてぶてしい笑顔で、何処か遊園地にでも来たかのような、無邪気さがあり、何だか腹立たしい。



 「リーシャ!?」



 その王様のすぐ後ろを歩いてきた、少年は、膝を折り項垂れたリーシャを見るなり声を上げた。



 「私のリーシャに何があった!!」


 「『わたしの』?」




 刹那。暁の名を冠する純白の剣閃が、再び風となった。








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