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128 魔導皇帝



 パシャパシャパシャ



 「いいですねぇ!いいですねぇ!すてきですよぉ!」



 パシャパシャパシャパシャパシャ



 「あ、つぎは、すこしふりむくかんじで・・そうっ!そうです!いい!さいこうです!!」



 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ



 「・・・フィー。もうそろそろ、良くないか?」


 「まってください!あとじゅうまい・・いや、さんじゅうまいだけ!」


 「いや・・桁がおかしいよね?」



 幼いカメコが縦横無尽に飛び回る。

 無駄に練度の上がった浮遊の魔法で、自由自在にアングルを変え、変態のような口調と気持ちの悪いニヤケ顔で、新郎新婦の周りを飛び回り、その軌跡に写真が舞い落ちていた。

 しかも、いつの間にか、シャッター音まで再現した魔法。



 「フィリアちゃん。後で私にも頂戴ね」


 「もちろん!やきましときますね!」



 辟易したように疲れきった顔のゼウスと、苦笑を零しながらも満更でもないグレースの思い出を残していた。


 だが、その時、抱えられるようにフィリアは拘束された。

 振り返れば、笑顔のミミが優しく、しかし問答無用でフィリアを捕まえていた。



 「姫様、そこまでになさいませ。お二人にご迷惑です」



 そして、その指示を出したマリアも後ろから顔を見せた。



 「あとすこし・・ごじゅうまいだけ・・・」


 「増えましたね」



 フィリアを拘束するミミの腕に篭った力が増した。


 周囲に散らかっている写真を拾い集めるマリアの気持ちなど知らずに、フィリアはむくれていた。

 すると、流した視線が、二人の手元に止まった。


 淡く光を纏う、揃いの指輪。



 「きれいです・・」



 フィリアのその声に、ゼウスたちは自分たちの手元に視線を落とし、そして寄り添いあうように近づき、微笑んだ。



 「お義父様が頑張ってくれましたからね」


 「ルーティア様にはもちろん、父様にも感謝しなくちゃな」



 そう言って、皆揃って視線を向けた。


 そこには、車椅子に腰掛けたまま、笑顔で談笑するジキルド。

 その姿は、知っている以上に、急激な老いを見せていた。


 金の自毛が白く染まったのは少し前のことだが、今はそれに加えて髪の毛がやせ細り。

 骨にそのまま皮膚が張り付いたかのように、身体は薄く、顔は骨ばって目も凹んでしまっている。


 その中でも特にその老いを感じるのは、ジキルドの痩せた手だった。

 肉がない皮のみなのは同じだが、節だち、張りもないその指は、まるで枯れ木のようで、触れれば折れてしまいそうなほどに、弱々しく、枯れきっていた。


 今朝までは、もう少しマシだったのに、祝福を得て、帰ってきたジキルドは一気に老いていた。

 フィリアが『浦島太郎』を思い出すほど、ジキルドだけ時間が駆けるように過ぎたようなその姿。


 儀式を終えた直後など、自身の足で立つことさえもできないほどに弱り。

 今も、立ち上がることを控え、車椅子に腰掛けたままで来客の対応をしている。



 「・・・おじいさまは、だいじょうぶ、でしょうか」



 フィリアの不安げなその言葉に、誰も何も返さなかった。

 小さく呟いた声。だが、その声が届いていなかったわけではなかった。



 重く、噤むような空気は、この席にはあまりに似つかわしくない。

 その、空気を読んでなのか、フィリアの視界を、高級な絹のような薄紫がチラついた。



 「そうです!おじさま!これはほんとうに『るしあん』なのですか!?」


 「あぁ。・・綺麗だろう?」



 一瞬だけ視界に入った鬣を、目を見張るほどの反射神経でハシっと抱きしめたフィリアに、ルシアンは短い悲鳴と驚きを零したが、フィリアは一層強く抱きしめ、それを振り払えず、ルシアンは捕らえられた。


 そんなフィリアに、ゼウスは自慢げに口端を上げて答えた。



 「はい!!でも、でも、おおきくなってます!!」



 フィリアがよく知るルシアンは、青みを帯びた灰色の毛並みの猫。

 美しい猫ではあった。だが、今はそう言う話を超えている。



 「ルシアンは『クイーンクァール』と言って、ルナクァールという魔物の女王なのよ、」


 「月の光を浴びて姿を変える、という伝承が残る種族なんだが、実際は、濃い魔素と魔力の高ぶりによって姿を変えるだけで、条件を満たせば、昼間でも姿を変えられるんだ」



 思わず、窓を見上げたフィリアをゼウスは抱き上げた。



 「その伝承から『月猫(ルーナ)』なんて可愛い名前で呼ばれるけども、実際は『紫麗の貴婦人』や『獅子女王』なんて畏れられてもいるの」


 「らいおんさん・・なのですか?」


 「・・猫系統だし・・広義ではそうかな?」



 ゼウスの腕に抱かれたフィリアに顔を寄せるルシアンを撫でると、目を細め、とても猫らしい姿。



 「じょうおう・・。るしあんは、おんなのこだったのですね」


 「ルナクァールは一妻多夫の種族で、女王が立派な鬣を持つんだ」


 「きれいです」



 フィリアの褒め言葉に、一層頭をフィリアに寄せるルシアンが可愛く、フィリアは握っていたルシアンの鬣を手放し両手でルシアンの顔を撫でた。



 「レオンハートの長子は、獅子に関連した従魔を従えるんだ」


 「じゃぁ、りーしゃおねえさまもですか?」


 「そう。・・だけど、あまりに自由気ままで、今もどっか旅に出てんじゃないかな」


 「え・・じゅうま、なのに?」



 レオンハートにとっての生命維持装置とも言っていい存在。

 相棒であり、家族であり、心臓。

 それが、レオンハートにとっての従魔。


 視線を彷徨わせ、リーシャを見つけた。

 非常に不機嫌そうに、不本意と顔にでかでかと・・、まぁとりあえず今は置いとこう。


 だが、その従魔は現在、何処にいるかわからない。

 それどころか、この土地にいないかもしれない。



 「まぁ、習性ではあるのだろうが・・。縛られることを嫌い、ふらりと出て行っては気まぐれにしか帰ってこないんだ・・困ったものだ」



 ・・あれ。ちょっと既視感。



 「その上、ドラゴンですら餌にしかならないくらい強いし、自由気ままと言うか我が道を往くと言うか、旅先に際限はないし、居場所の特定など不可能に近いんだ。・・だから、帰ってくるのを待つことしかできない。・・フィーも魔力制御が上手くなったし、帰ってきたら会えるさ・・いつ、帰ってくるのか知らんが」



 すっごく誰かさんそっくりの従魔だ。

 リーシャがその従魔を選んだ理由が、あまりに容易に想像つく。


 事実、思い当たったフィリアの視線に、グレースもマリアも頷きを返した。

 グレースなど少し遠い目をして・・。何だか実感が篭った重みを感じる。



 「貴方たち何をしているの?宴の主人たちがこんなところに集まっていては、お祝いに来てくれた方々がご挨拶できないじゃない」



 その声に振り向けば、アンリがジキルドを乗せた車椅子を押して来ていた。



 「おじいさま!」



 フィリアはゼウスの腕から飛び立ち、ジキルドの胸に飛び込んだ。



 「おっと。フィー、急に危ないだろう」


 「・・ごめんなさい。・・・おじいさま、たいちょうは、だいじょうぶですか?」


 「はは。ありがとう。大丈夫だよ。うちの孫は皆優しいな」



 顔を合わせる度、四人の孫は体調を気遣ってくれた。

 例え、数分の間しか空いていなくとも。


 枯れ木のようにやせ細り、皮膚の色も沈殿して。

 つい最近まで、ナイスミドルと言った風貌だったのが、今や見る影もない。



 「今の貴方なら、『彼岸の魔導王(リッチ)』の異名に、強い箔と説得力がありますけれどね」


 「アンリ・・やめてくれよ・・・その二つ名は嫌いなんだよ」


 「・・りっち?・・・おじいさまかっこいい!!」


 「え・・あ、そ、そうかい?」



 複雑そうに微笑むジキルド。

 それもそうだろう。魔物の名、そのままの二つ名だ。

 しかも、ジキルドはその名で魔導爵を得てしまった。大公位を継いだから良かったものの、そうでなければ家名となっていた。

 ジキルドとっては黒歴史。


 その時、隠すように顔を逸らし、肩を震わすゼウスをジキルドは見逃さなかった。



 「ゼウス。お前は、笑っていられんだろう」



 ジキルドの勝ち誇ったような声に、ゼウスは肩を跳ねさせた。



 「そういえば、おじさまの、ふたつな。しらないです」



 そして、無邪気な好奇心。

 こればかりは仕方ない。どれだけ年月を重ねようと男の子の中に燻る厨二心。例え、生まれ変わろうと、心に根付いた本能は、『二つ名』などという甘美な響きに唆られずにはいられない。



 「・・・・・」



 しかし、ゼウスは表情を無へと還し、黙秘を貫く。


 そんなゼウスに溜息を吐いたグレースは一歩前に出ると、美しいカテーシーを見せた。



 「フィリアちゃん。改めまして・・グレース・エンペラーです。よろしくね」


 「っ!」


 「あ、ふぃりあ・れおんはーとです。よろしくおながいいたしま・・・・『えんぺらー』?」



 グレースは前に、家名は()()無いと言っていた。

 そして、グレースは()


 つまりはそういう事。



 「そう。『魔導皇帝(エンペラー)』」



 ゼウスはフィリアの疑問を浮かべた視線から逃れるように背を向け、嫌だと言わんばかりに耳を塞いだ。



 「結婚を期にゼウスはレオンハートではなく、新たな家を持つことになる。故に家名も必要になるのだが・・こんなでも、ゼウスは多くの功績や立場を得ていて、爵位も多く持っている。しかし魔導王(レオンハート)の者として、魔導爵以外に選択肢などないのだ」


 「・・他国で魔導師になるから・・・」


 「結局こちらで、魔導師になったの随分後でしたからね」



 呆れた息を漏らす母と妻は、自業自得と言わんばかりにジト目でゼウスを見つめた。

 それと、どうやらグレースはその名を受け入れているようだ。


 そして、二人の話の内容的に、ゼウスは二つ以上の魔導爵を持つらしい。


 どうせ放浪癖の先で、魔導師となり、時が経ってこの地で改めて魔導師になったのだろう。

 耳慣れた二つ名は最初の時に使われ、改めて認められた時に違う二つ名を与えられたという事だろう。


 この地の魔導師は特別で格が違う。この地で魔術師程度でも、他所に行けば魔導師として扱われる程。

 それ故、同じ魔導爵としても、名乗るとすれば一択。後者のみ。


 第二候補なのか、それとも急拵えで新しく付けられたのか。

 ともかく、本人の意にそぐわないものであったとしても。


 まぁ、だが、日頃の行い。自業自得。

 あくまで想像だが。


 まぁ、でもあながち間違っていないと思う。



 「おじさまもかっこいい!!」


 「う・・うぅ・・・」



 フィリアの死体撃ちが容赦ない。

 そして、ゼウスの両手は遮音性に難があるらしい。


 フィリアとローグ特製の魔術を教わるべきだろう。



 「さぁさぁ。私たちも話し込んでしまったけれど、貴方たちがここにいてはダメでしょ」



 そう言ってアンリは導くように手を自分たちが来た方へ広げた。


 煌びやかに飾られ、照らされたホール。

 そこに集まった、人々もその場の雰囲気に相応しい装いで、皆こちらを見つめて微笑んでいた。



 結婚披露宴。

 そして、フィリアの誕生会。



 三人の主人公たちは、アンリに促されるままホールの中心に向かった。



 


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