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125 祝いの花吹雪



 晴天の空を写す湖は、いつにも増して澄んだ輝きを煌めかせ、まるで、今日という日を祝福するかのような、美しさに満ちていた。


 夏の入口の晴天なのに、暑さは少なく。

 寧ろ、森や湖から生まれた、涼やかな空気に満ち、心地いい。


 てるてる坊主などという、非常識でオーパーツのような呪具の存在を知らなければ、まるで神々からさえ祝われているかのような、気持ちのいい日。

 事実、街の人々は、その存在を知らず、今日の主人公たちの明るい門出に歓喜していた。



 湖上に浮かぶように在る、湖上都市『ルーティア』。

 その街の端に在る、荘厳な桟橋。


 街中にある簡素な木造りのものでもなく、大きな通りにある石造りのものとも違う。


 純白の桟橋。

 細やかで美しい彫刻が掘られ、まるで、聖なる舞台のよう。


 清めや清掃は、毎日行われているが、それでも異常な程に美しさを保つ、神聖な桟橋。



 その桟橋を望める湖畔。そこは街の端でありながら、広い道があるのだが、そこを埋め尽くす人々。

 お祭り騒ぎのような浮つく賑やかしさと、それを商機と見た売り子の通る声。


 大半は街の住人か、この領の領民。

 だが、観光目的の旅行客も少なくはない。



 そして、空気が震える程、一層と喧騒が大きくなった時。

この祭りの主人公である、レオンハートの面々が姿を見せた。



 花束のように花に埋め尽くされ、豪華絢爛で豪奢な、煌びやかな馬車。

 そこから降り立つのは、白と青の正装をした男女。ゼウスとグレース。


 グレースの顔を覆ったベールは長く、背後に広がり、それを馬車から離れた花弁が鳥のような姿となり、咥え広げて、そのベールを引きずらぬよう持ってくれている。

 更に、それを、見て取ったように、馬車から追うように花弁が舞い。二人の一挙手一投足に華を添える。


 それと同時に、集まった人々からも花弁が舞い。ルーティア中に花の雪が舞い踊る。



 幻想的に演出された中に、他のレオンハートも、追従していた馬車から降り立つ。


 皆、正装で、洗練された所作や立ち振る舞いが、その光景に更なる華を添えたが、息を呑むように目を惹いたのは、もっと単純な理由。


 この国、いや、世界でも屈指の美形一族。それが、集結している。

 その、顔面偏差値の高さに、集まった人々が同時に、生唾を呑み、見惚れた。



 彼らが集まった、純白の桟橋。

 まるで、そこだけが舞台劇の一幕のような、神学絵画の一枚のような。


 荘厳さというより、神秘さを醸すような光景で、人々からは恍惚の息が漏れた。











 「元帥ともあろう者が、緊張でガチガチになっているのは・・・笑えるな」


 「・・父様。今、冗談に付き合える余裕などありません」



 笑みを貼り付けてはいるが、引き攣るように強ばった表情と、今にも右足と右手が一緒に出そうな程の、辿たどしい歩み。


 流石はレオンハート、それもマーリンの兄。


 所作や表情の取り繕いと、制御は上手いものだが、身内からすれば、ギリギリ取り繕えているだけのハリボテにも劣る様子でしかない。



 ジキルドの言葉に、余裕もなく返すゼウスに、周囲のレオンハートは隠すように笑いを堪えた。

 ゼウスの腕を取る、花嫁さえも。



 「・・随分余裕だな・・グレース」


 「フフ。私だって緊張してるよ。でも、沢山の人がお祝いと力をくれたからね。・・それに、隣で私以上に緊張している人が居れば、少しは落ち着くでしょう?ジウ?」



 恨みがましく睨むゼウスに、悪戯な笑みを見せるグレースは、本当に幸せそうな笑みを見せ、ゼウスは「うぐ・・」とそれ以上何も言えなかった。

 何だかんだ言っても、ゼウスはグレースを愛していた。



 「叔父様!無理する必要はありません!ご気分が優れなければ今からでも帰りましょう!!」



 そして、微笑ましいような空気の中、喧々と吠えた少女は、無言で母と父に腕を組まれ、捕らえられたようになった。

 観衆に声までは届かぬ程、距離があったから良かったが、つくづく何処が『麗しの氷華』なのかと命名者に問い質したい。



 そこにいきなり無から生まれたかのように、大きな体躯の獅子が姿を現した。

 その瞬間、観衆から更なる歓声が上がった。


 青みがかった灰色、と言うより、光の加減で煌く毛並みは薄紫のラベンダーのような色。

 鬣は無造作にたなびくのではなく、後ろに流れる様で、まるで羽衣のように気品よく揺れる。


 装飾品も身につけているが、それがあたかも自然であるかのように違和感などなく。

 三叉の長い尾は三つ編みに束ねられ、そこにも大きな宝石がある。


 顔つきも無骨な獅子のものより、丸みを帯び、『王』と言うより『女王』のような精悍さ。



 その美しき獅子は、ゼウスに擦り寄ると、頭を撫でるゼウスの手に目を細め、心地よさそうに喉を鳴らした。



 「ルシアン。それじゃぁ、頼むな」


 「グルゥ」



 そして、ゼウスの頼みに返答をするかのように、撫でるような声を漏らすと、今度はゼウスに寄り添うグレースへ、頭を寄せた。

 それをグレースは微笑んで迎え、優しくなでると、傍に控えていた侍女がグレースに寄った。


 侍女は両手で大事そうに朱色のクッションを掲げるように持ち、進み出た。

 そのクッションの上には、二つの指輪。大きさ以外とても似通った意匠の指輪。


 グレースはその指輪を手に取ると、薄紫の獅子、ルシアンへ差し出し、一層優しく微笑んだ。



 「ルシアン。よろしくね」



 ルシアンは、触れるように優しく、その指輪を咥えると、「承った」と言うかのようにもう一度、グレースに頭を寄せ、ゆっくりと二人に背を向けた。



 「では、行くか」



 そのルシアンを伴うように進み出たのはジキルド。

 ジキルドを支えるようにアンリもいたが、そっと離れると一歩下がり、マーリンの隣に付いて、マーリンの手を握った。



 「父様。よろしくお願いします」


 「お願い致します」



 ゼウスとグレースが共に頭を下げるのを見て、微笑みを浮かべたジキルド。

 その手には杖が握られ、その杖が頼りのように身体を支えているが、その微笑みは決して弱々しい物ではなかった。



 「任せなさい」


 「・・それとよろしくお伝えください」


 「あぁ。必ず」



 深く頷いたジキルドは、振り返り、ルシアンを伴って純白の桟橋へ歩みを進めた。



 その時、歌声が響いた。


 観客の中には旅の歌手もいたのだろう。

 その力強い声が、喧騒の中にあってもよく響く。


 聞こえるのは、祝福の歌。

 だが、只々前途を願う歌ではなく。感謝や、労いも含んだような歌。


 それは、ゼウスとグレース。・・とりわけグレースにとって、相応しい歌だったが、それ以上に、ジキルドに贈られるような歌だった。



 かつて、全ての魔術師を統べた王の背中は、今や小さく、少し丸まってもいる。

 しかし、彼の威光が陰ることはない。


 賢王でも善王でもなかった。

 寧ろ、暴君と言ったほうが近かったかもしれない。


 それでも、この嘆きの王を悪し様に言う者は多くないだろう。


 彼は間違いなく、歴々に連ねる『魔導王』だった。



 ジキルドは歌声を背に真っ直ぐと桟橋に踏み入った。


 今生の・・。『魔導王』の。

 最後の大仕事を全うしようと。











 「姫様。日に焼けますよ。中に入りましょう」


 「うぅーーー」


 「・・・そんな唸っても、仕方ないではありませんか」



 フィリアは城のテラスから賑やかで華やかな街を見下ろし、不貞腐れていた。



 「だって、けっこんしきだよ?おいわいですよ?」


 「このあとの披露宴には出席できるではないですか」



 マリアの諭すような声にも不満が募る。


 ふわりと浮き上がったクッションに、身を委ね、顔も埋めるフィリア。

 無言の抗議。とても中身が大人とは思えない、子供じみた姿。



 「・・れおんはーとのこうむなら、そとにでれるっていってたのに」


 「・・・確かに、大公家の婚儀は私的なものとは言い難くはありますが・・だからと言って、ご家族の婚儀を公務とは・・」



 何ともな言い草。

 だが、そうでもなければ外出許可が下りないのも事実。



 「そもそも、病み上がりの姫様に許可など下りるわけがないでしょう」


 「うぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・」



 そして、これは自業自得。

 自重を欠いた普段の行いが返ってきた結果だ。



 「フリード様も残っておいでなのですから、我慢なさいませ」


 「・・にぃにぃは?」


 「・・・」



 フリードも留守番組ではあるが、それは主人たるレオンハート全員が出払っては拙いため。

 フィリアのような、私的な事情などではない。


 そして、アランに至っては、嫌だと駄々を捏ねていたが、引きずられるようにして連れて行かれた。

 ちなみにアランの行きたくない理由は、単に高貴な振る舞いと堅苦しい正装を嫌った為だったが、問答無用で連行された。

 今頃は本人の意思など関係なく。令息らしい煌びやかな正装に身を包み、礼儀正しい所作を披露する、物珍しいアランの姿に歓声が上がっていることだろう。



 「姫さま。銀貨は次の機会に、大事にしまっておきましょうね」



 銀貨を欲しがったフィリアに、用途を察しながらも、何も言わずにいたミミは少しのバツの悪さにそう優しく声をかけ、ゆっくりとクッションに顔を埋めるフィリアの背を摩る様に撫でた。



 「ないです」


 「はい?」


 「ぎんか。もうないです」


 「え・・」



 その瞬間、ミミだけではなくマリアも顔を青褪めた。

 一体何処で。失くしただけならいいが、フィリアには前科がある。

 銀貨を使う先など、この城にはない。況してや、いつとは言わないが、前回、金貨で支払おうとして断られたと愚痴っていた。



 「何処で――――」


 「ぐれーすさまにあげました」


 「・・・・・グレース様に・・ですか?」



 問い詰めようとした瞬間、くぐもった呟きが聞こえた。


 予想と違う答えに安堵すると共に、不穏なものも感じる。



 「・・ちなみに理由を聞いても?」


 「けっこんしきですから」


 「ですから何故?」


 「おまじないです」


 「「・・ま、じな、い・・・」」



 はい。まじない。つまりは呪い(まじない)

 懲りずにまた、『魔法(まじない)』です。



 「姫様!?またですか!?今度は何をなさったのですか!?」


 「姫さま!?それが原因で死の淵から戻ったばかりではないですか!?」



 二人の叱責の勢いが凄い。

 普段感情を出さないわけではないが、冷静に務めるマリアも声を荒らげている。


 しかし、それでも姿勢を変えず、ふて寝を続けるフィリア。



 「・・くつのなかに、いれただけです」



 それだけ・・とはならない。

 雑な人形が天を割り。紐に全魔力を注ぐ人間が行う事。

 何気ないことでも、そこに生じる問題への定評、信頼は確かだ。

 ・・・何にも喜ばしくない信用だが。



 「・・それで?」


 「・・それだけです。おまじないっていったでしょう?」



 フィリアの中での「おまじない」とこの世界の「おまじない」では重みが違う。

 況してや、フィリアの傍に侍る彼女たちにとっては更なる重みが増している。



 「ほんとうは、もっといろいろ、やりたかったけど・・・これしか、のこってなかったし・・」


 「他って・・・よかった・・」



 マリアとミミは胸を撫で下ろした。

 理由は分からないが、図らずもフィリアの非常識が阻止された事に。


 しかし、それでも完全ではない。


 そもそもの銀貨を介した『魔法(まじない)』への疑心が拭えなかった。

 その為、微妙な安堵と不安が入り混じった、何とも言えない態度しか取れなかった。




 レオンハートの伝統。花嫁には、姑から杖を贈り、結婚式の日はそれを身に付ける。

 それは、魔術師の最であるレオンハートの一員なった証であり、歓迎する証。

 アンリがグレースに贈ったのは、ゼウスが生まれた頃に削った、硬いが伸びのある杖。


 ルネージュの伝統。花嫁には白い花を贈る。靴に活けて贈る。

 前途と、新たな日々の幸せを願い、新しい靴と純白の花を贈る。一般家庭では、日常で使うような靴を送るが、高貴な家では結婚式での衣装となる靴を贈る。

 グレースに送られたのも、最新デザインの白いウエディングシューズ。


 魔術師の伝統。花嫁は価値ある、大きな魔石や宝石を身に付ける。

 身に付ける物の価値や大きさはそのまま格へと繋がり、花嫁の多幸を示す。

 グレースが身につけたのは、押し付けるように貸し出されたリリアのブローチ。現大公妃、つまりは魔導王の妻が用意したそれは、まさしく最高格。


 この世界の伝統・・と言うより既成概念。花嫁衣裳は純白と青で、下着までもが同様の指定。

 清純、清廉の証明。爵位がなければ白一色もよくある事だが、爵位を持つ家は青を入れるのが決まりであり。それには高貴さの意味もある。

 グレースの身に纏うそれも、美しく清廉であると同時に、優美な高潔さを身に纏っていた。




 サムシングフォー。

 フィリアがやろうとした『おまじない』。


 そして奇跡的に回避した『魔法(なじない)』の答え。



 「うーー・・おもいよーー・・りあーー・・」



 プカプカと浮かび、相も変わらずクッションに顔をうつ伏せたままのフィリアの上にリアが着地し、そのまま丸くなって、欠伸をして瞼を閉じた。


 こんなアホっぽい姿のだが、油断もなにもあったもんじゃない。



 ちなみに、靴に銀貨を入れたのは『6ペンス』の模倣だが。

 その効果の程・・フィリアの魔法影響がどうなっているのかは、わからない。


 史実のままならば、幸せに・・とか、食べ物に困らないように・・とか、だが。

 ・・・はてさて如何に。




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