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118 魔法授業



 いつもの演習場。

 そこでフィリアに対峙するグレースは歩く感触を噛み締めるように足元を見つめ、ゆっくりと歩く。

 それを目で追うフィリアは抑えきれない好奇心を隠せず、胸のあたりで握り締めた黒杖を更に強く握り締めた。



 グレースが一歩踏み出せばそこに超速で緑が茂る。

 だが、次の一歩を踏み出せば急速に枯れ、また新たな一歩の先に芽吹く。



 ――シシ神様じゃーーー!!



 フィリアの興奮は取り敢えず見ないふりして・・。


 それにしても、不思議で幻想的な光景。



 『豊穣の魔女』

 その名は伊達ではない。



 「まずは魔法とは何かというお話から。そもそも魔法とは奇跡の現象と謳われ、極限られた者にしか扱えない力でした。現代では、その数はさらに減り、才能があったとしてもそれを伸ばすより魔術を極めたほうが効率も良いという事で、廃れつつあるものでもあります」



 フィリアは話を聞いているのだろうか。

 一応は頷いているが・・・。



 「才能自体希少ではあるけれど、50人に1人は持つほどに、そこまで珍しいものではありません。それでも少ないのは、魔術の進歩と普及が理由でもあるけれど、それ以上に魔力量が大きな要因でしょう」



 グレースはそう言って歩みを止めた。

 そしてフィリアにも見えるよう指を前に出した。



 「魔法は願えばなんでも顕現させる事ができる力。基本そこには難解な詠唱も、複雑な術式も必要ありません。でも、だからこそ、魔法の修練とは魔力量の増加が全て」



 グレースは指先に小さな火を灯した。



 「例えば、この様な小さな灯り。魔術では『灯火(トーチ)』と呼ばれる、魔術の基礎中の基礎とされる術だけど、魔法で同じように、これを行うとなれば、必要とされる魔力は有に数十倍以上。人によっては数百倍以上必要の魔力が必要となります」



 確かにフィリアもまた、初めて習ったのはその『灯火(トーチ)』からだった。



 「はっきり言って効率の悪い事この上ない力ね。・・魔法とは願えばなんでも叶う様な奇跡の現象と言われているけれど、実際は至らない事ばかりの、勝手の悪い力なの」



 フィリアも指先に火を灯した。

 大きくなったり小さくなったり。終いには色までイルミネーションのように変え始めた。



 至らない?

 何処が?



 いやいや。わかっています。この規格外が異常なだけなのは。

 だが、そう思ったのは皆同じで、離れて控えているマリアたちも一斉にフィリアを見た。


 至らないどころか、過剰でさえある・・。



 「さすがね。フィリアちゃんが『魔術師』として優秀だから、事も無げにそれができるのよ」



 純粋な賞賛。だが、そこには『魔術師』としてという枕詞がついた。



 「じゃぁ。これは出来る?」



 そう言ってグレースが見せたのはさっきまで足元で起こっていた現象の上位版。


 グレースが手を翳し、向けた先の地面から植物が芽吹く。

 それは、見る見る伸び、あっという間にフィリアの身長さえ超えて、花を咲かした。


 その光景を見て目を輝かせたフィリアは、それを真似て、地面に手を向けた。

 すぐさま反応があり、グレース同様に芽吹く。

 だが、速度は緩やかな上、徐々にフィリアの額には汗が滲んだ。


 そして――――



 「あ・・」



 一瞬、意識を失いかけ、ふらついた。



 「・・魔力は、大丈夫かな。たぶん急激に多くの魔力を失ったから、一瞬、身体が魔力切れと勘違いしちゃっただけだと思うから、心配ないと思うけど。大丈夫?」


 「・・ふぁい」



 グレースの育てた花は蔓を伸ばし、フィリアを支えるように巻き付き、その体を抱きとめた。



 「フィリアちゃんは魔術師として優秀だからこそ、余計に負担を感じたのでしょうね。・・例えば火を灯す時はどんなイメージを描いた?」


 「・・・火花が種火になって、そこに空気を送り込んだりするイメージです」


 「そう。そのおかげで効率よく火が灯ったのね。では植物を芽吹かせるのは?」


 「・・土の中の種子に土から栄養を与え、空気中の水分を取り込み、陽の光によって大きくなるイメージを倍速で・・」


 「うん。そうなると、非情に手順が多いわね。少なくとも『肥料』『水気』『陽光』の術が同時に発動する事になるわね。それも、その一つ一つにさえ確かな理論まで添えたんでしょう?」


 「・・はい」


 「それが、魔術師として優秀であるが故の弊害。願うだけで発動する魔法に、理論を載せたがために逆に効率が悪くなってしまう」



 フィリアにとって魔術も魔法も不思議現象であるのは変わらない。

 それでも、魔術の習得が早かったのは前世の感覚をそのまま流用出来たからだった。


 全ての事には、理屈があって、その結果に至る理由がある。

 それは、前世の頃当たり前にあった、科学の心得。そして一般常識。


 だからこそ魔術の理解も容易だった。魔術は科学とあまりに精通していた。

 科学が発展した世界に生きたフィリアにとって、あまりに違和感が無かった。


 唯一謎要素だったのは『魔力』や『魔素』と言われる存在だったが、前世になかっただけで、元素の一つと思えば、それすら、しっくりきてしまった。



 そして、だからこそ、真の不思議現象たる魔法を上手く扱えていなかった。



 「この場合、『現象』として捉えるのではなく。只々、大きく伸びて花が咲くと言う『結果』として、想像するの。・・フィリアちゃんは普段、浮遊の魔法をよく使うのでしょう?その時はどんな事を考えてる?」


 「ふぇ?・・・えーと・・・」



 特に何も考えてはいない。


 というよりも、前世でさえ空を飛ぶには様々原理が必要だった。

 況してや、『重力』など謎の多い現象で、原理の解明には至っていなかった筈だ。


 フィリアは魔法のある世界に、夢を憧憬を抱き、思いつきのみで使い始めただけだった。


 だが、それこそが、魔法の正しい使い方だったようだ。



 「逆に私は、浮遊の魔法で自分を浮かせることはできないの」


 「そうなんですか?」


 「えぇ。何もなく。身体一つで浮く。その想像が出来ないの。・・何か物を浮かべてその上に『乗って』飛ぶ事は想像できるけど、その時にだって風に乗ってだとかで、フィリアちゃんのように、ごく自然に浮き上がる事はできないわ」



 それは、単に『重力』と言う現象を知っているか否かの差だろう。

 だが、そんなフィリア自身にさえ、不確かな現象一つで想像力は変わる。



 「想像力一つに大きく効果を左右されるのが魔法。知識があればあるほど想像力は豊かになって魔法の幅も広げてくれる。・・だけど、その知識から、理論づけようとしては、魔法の一番の長所である自由がなくなっちゃうの」



 それこそが『魔術師として優秀』が故の『魔女として至らない』理由。


 魔術は科学と同じ。理論があり理屈があり。何事にも過程があっての結果。

 だからこそ、説明のできない事象は発現出来ない。


 だが、魔法にあるのは結果のみ。もっと言えば想像や妄想がそのまま顕現する超常現象。



 「極論を言えば、この世界を消す事だって魔法なら出来るからね」


 「なっ!?」


 「まぁ、それに必要な魔力は世界中の魔力を全て集めても、全然足りないけどね」



 それ、フラグじゃないよね・・。

 そんな終末的な未来は求めていないのだけど・・・。


 そしてフィリア。ウズウズしない。

 使えないから。いや、使えたとしても、やめて。



 「魔法は願うだけで、奇跡を叶える力。だから、そこに理屈なんて無粋っていうことね」



 フィリアは自分の手を見つめ、もう一度、小さな火を灯した。


 大きくしたり、小さくしたり、色を様々に変化させたり。

 そしてさらには、その火が様々な動物に形を変え、生きているように動いた。



 「みて、みて。りあだよ」



 頭の上に乗った黒猫に向け小さな火を同じ姿に変え見せた。

 リアも目を輝かせそれを見つめた。



 「えい」



 そして、フィリアが手を振るうと、その火はふわりと舞広がった。

 姿は無数の蝶となり、フィリアの手を離れ、演習場に飛び散っていく。


 それは息を呑むほどに幻想的で美しい光景。



 「・・まぁ」

 「・・・すごい」

 「・・綺麗」



 少し離れた所で控えていたマリアたちもその光景には感嘆の声を漏らし、目を奪われた。



 「「「「「っ!?」」」」」



 だがフィリアの突飛な行動に耐性の無い、訓練中の騎士たちは、一様に息を呑み、驚きに声を失っていた。



 「・・おもったより、きもちわるい」



 その中に呟かれたフィリアの声にギョッと視線が集まった。

 フィリアは眉間に皺を寄せ、不愉快そうに自身の作り出した、火の蝶の演舞を見ていた。



 『自分で造ったんじゃん・・・。てか、この幻想的光景を見ての感想がそれ?』


 「だって・・おもったよりも、むし、だったんだもん」



 リアの呆れた声は、周囲の確かな代弁だった。


 だが、そんな感想を抱きながらも、フィリアは、自身の手を見つめ確かな手応えを感じた。


 さっきまで以上に自由な魔法。

 重力の魔法ほどではないにしても、自分の手足のように、自分の思い描いた形となっって顕現する魔法。


 訓練次第では、もっと色々な事が可能となる確信が持てる。


 自由であるこそが、魔法の真骨頂。

 それは、フィリアにもっとも適した力かもしれない。



 「・・こんな僅かな現象にも、これだけの魔力・・・思った以上の、魔力の成長率ね」



 そのグレースの呟きにフィリアは反応した。



 「まりあにも、いわれました。・・おもったいじょうに、まりょくがふえたって。・・・だからおじいさまにあうのも、えんきになりました・・・」



 フィリアは肩を落とし語るが、『せっかく、あいすを、たべてもらおうとおもったのに・・・』などと呟くあたり、マリアがジキルドの元に向かわせない理由は一つではないのではなかろうか。



 「・・そうだね。私が急遽、魔法の授業を早めたのも同じ理由だもの」


 「あ、そうです!けっこんしきのじゅんびは、だいじょうぶなのですか?」



 グレースたちの結婚は只でさえ、準備期間が短い。

 時間などいくらあっても足りないほどだろう。


 その中で、わざわざフィリアの為に時間を割くなど、手間でしかないだろう。



 「・・うん・・大丈夫・・・・。うん・・順調よ・・・・」



 急に影が差したグレース。その表情は何処か遠くを見つめ悟ったような哀愁があった。

 

 その理由は察するにあまりある。

 花嫁本人よりも意気揚々と腕を振るう、ご婦人方。


 頑張れグレース。



 「おかあさま・・・」



 だが、フィリアはそんなグレースの憂いとは別に、寂しげに表情を曇らせた。



 「・・そっか。フィリアちゃんはリリアちゃんにも会えていないのか」


 「はい・・。たいちょうがすぐれないと・・・。・・おかあさまは、おげんきでしたか?」


 「えぇ。あまり無理のないように、短時間だけだったけど、その短い間で燃え尽きたのは寧ろ私の方だったもの」



 リリアのパワーは健在で、体調不良も一時的なものなようだ。



 「おげんきなら、よかった、です・・・」


 「リリアちゃんは人より少し特殊だからね。リリアちゃんほどでは無いかもしれないけど、フィリアちゃんもいずれ大人になればわかるよ」



 グレースは言葉に含みを持たせたが、それ以上の説明はなかった。

 その代わり、脱線を正そうと軽く咳払いをした。



 「それで、フィリアちゃんの魔力が増えた理由だったね」


 「あ、はい」


 「それは、フィリアちゃんの魔力が成長したからです」



 指を立て、いかにも先生といった様子で話すグレース。


 完璧とまでは言わないが、最近のフィリアは自身の多大な魔力をかなり上手く制御できるようになっていた。

 あまりに多い自身の魔力量に四苦八苦はしたが、他の人間がどの程度大変なのかわからないあまり、フィリアは相変わらずの規格外を発揮し、超速で会得していた。


 その間も成長はあった。魔力の微増。・・あくまでフィリアの魔力基準での微増だが。


 最初こそ、その変化に戸惑い、置いていかれていたが、それも今では慣れたもの。

 僅かに増え続ける魔力にも、朝目覚め軽い瞑想をすると、見事に整えられていた。



 だが、ここ最近の魔力量の増加は異常だった。


 フィリア自身よりも周りが気づく程に、あからさまな激増。


 これまでの成長とは明らかに違った。



 「魔力も身体と同じ。日々少しずつ変化はあるけど、その変化が急激に加速する時期があるの。つまりは、成長期ってやつね」


 「なんと」


 「一次だとか二次だとかあるけど、身体も魔力も、急な成長をする時期が何度かあるの。・・今回は、魔力の、初めての成長期ね」



 フィリアは素直に驚いた。

 魔力に成長期があると言う事もそうだが、それ以上に、自身の成長を感じて感情が湧き上がる。



 


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