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8 童心の騎士と諦念の赤子



 「さぁフィリアお嬢様!いつでも来てくださいませ!!」


 「・・・」



 半目となっているフィリアは浮遊した状態で現在修練場にて大剣を構えた鎧の大男と対峙していた。



 ―――なんで・・



 今朝のことだった。







 あの裁判の日、多くの人がフィリアの元に殺到した。


 あの日も詰め寄るように押し寄せた人々を、顔を引きつらせながらもなんとか家族がフィリアを自室まで下がらせてくれた。

 だがその後に待っていたのは、家族からの猛襲だった。


 魔法の事、契約の事。

 すごい勢いで詰め寄られた。

 それでも、それ自体は正直後から考えると瑣末な程度だった。


 それよりもフィリアを追い詰めたのは、何故かの急な『言語教育』。



 夜も更け、さすがに・・と睡魔に攫われるまで永遠と其々の呼称を練習させられた。

 急な要求に結果はあまり芳しくはなかった。

 それでも誰ひとり諦める様子はなく、呼べた呼称の者は勝ち誇ったような満足気な笑みを浮かべ、そうじゃない者は悔しげになり、一層熱が篭るの悪循環だった。


 その次の日。フィリアは目を覚ますと昨晩の地獄を思い出し、また昨日と同じ事態がやってくるのではないかと戦々恐々したが、その日はあまりそのようなことがなかった。



 むしろそれから一週間。今日までの日常はフィリアが監視される前のような穏やかさに戻っていた。

 当然フィリアはそれに安堵し、また懲りずに魔法の研鑽に戻ったのは言うまでもない。




 しかし今朝目覚めるとそこには異様な光景があった。

 自室にはそこそこの人数がいて、フィリアの起床を待っていた。


 フィリアは目覚めた瞬間に目を見開き驚くと、そっと再び目を閉じた。

 そして、背筋を伝う嫌な予感に息を飲んだ。



 「あら。おはようフィリア」



 気づかれぬように二度寝をして見なかったふりをしようとしたが、しっかりリリアに気づかれてしまった。

 朗らかな柔らかさで微笑むリリアはベットに腰掛けた状態で優しくフィリアの顔を撫でた。

 うっすらかいた寝汗にまとわりついた髪の毛がよけられ、なんとなく心地の良い涼しさに、ほへぇと目を細めた。



 「おはよう。フィリア」


 「おはようございます。姫さま」



 フィリアの目覚めに次々と朝の挨拶が送られる。

 だが、その挨拶がひとつひとつ送られる度に不安がじわじわと滲んでくる。



 ―――・・一体何が・・



 明らかに多い人数にフィリアの怯えが止まらない。


 アーク、リリア、リーシャ、フリード、アランという家族はもちろん。マリア、ミミ、宰相様、その他にたまに見かけたり世話をしてくれる使用人も数人、散々顔を合わせた騎士たちや魔術師達もいた。


 見たことのない顔も何人かいるが、セバスの顔は流石にない。


 そして一番の厄介事のように思えるのはそんな知らない顔の中の一人。

 他の者とくらべても明らかに落ち着かず興奮している様は既視感さえある。


 遊園地やおもちゃ屋で我慢の限界を迎え走りださんとするが親と繋がれた手からその勢いのままとはならず鼻息荒くせっつく小学生。


 見た目四十歳あたりに見える大男はそんな雰囲気そのままの様子。


 大仰の鎧から騎士だとは思うがその鎧は周りの騎士と比べて些か豪奢に見える。背中には大きな剣を背負って、大柄な体躯の正面からでもみきれている。



 その男にフィリアは見覚えがない。

 さらには、本能が大きなベルを鳴らして警告音をかき鳴らしていた。


 絶対めんどくさい事になると・・




 リリアに抱き上げられその男を見つめ威嚇の念を込めている。

 犬ならばウーっと唸っているのだろうと容易に想像できる。





 その時、扉が開きさらに来客が増えた。



 ―――いやいや。人口密集率よ・・。いくら広い部屋でも多すぎじゃね?・・・?・・叔母様におばあさま・・と叔父様?



 そこに入ってきたのはアークの母と兄姉。フィリアにとっての祖母と叔父叔母だった。


 ふっくらとしたおおらかな白銀の年配女性。アンリは普段から優しげに微笑み人の良さが滲んでいる。だがその場の者はアンリに対して美しく一礼を行い確かな威厳を演出していた。それでも丁寧に皆に挨拶をしている様子はとても親しみやすい雰囲気。


 メガネを首から下げキツめの目元をした女性。マーリンは騎士様や魔導師様へ「よっ」と手を挙げると騎士様や魔導師様は背筋を伸ばし胸に拳を叩きつけ敬礼を返した。その上使用人達からは恍惚とした息が漏れる。彼女の何気ない所作は美しく、貴婦人のお手本のようだ。


 フィリアに近い色合いの長い髪を緩く後ろに束ね、目の下には隈を蓄え眠たげな男性。ゼウスは大きな欠伸をする姿も相まって威厳も何も感じ得ない。だが、ゼウスが部屋に入った瞬間に明らかな緊張の空気が走る。

だがそれも気のせいに思えるほどに直ぐ霧散した。



 「リーシャ!フリード!アラン!フィリア!ゼウスおじさんだぞ!寂しかったよー。私はお前たちに逢いたくて逢いたくてたまらなかったよー」



 一見強面で鋭い眼光の主が甥姪の前では顔面崩壊してアーク以上の好好爺顔。

 口調も甘甘で態度など溶けんばかり。

 


 「私も叔父様に会いたかったです!すんごく寂しかったんですよ」


 「そうかそうか。リーシャ寂しい思いをさせてごめんな。なんでもするから許しておくれ」


 「こらっ!ゼウス!まずはちゃんと挨拶をなさい!アークやリリアさんへの挨拶が先でしょう!」



 ゼウスとリーシャが互に両手を広げて駆け寄り、ひしりと抱きしめ合う。


 涙を流さんばかりの再会シーンを演出していたが、呆れたような周りの溜息とアンリの叱責に感涙の雰囲気は皆無だった。

 アンリはリリアに「ごめんなさいね」と謝りながら額に手を当て、アークとマーリンも同じように額に手を当てていた。





 「・・てか、叔父上が来たの三日前じゃん」



 アランの言に皆深く頷いた。






 周りの様子を無視したように抱き合い感動の再会を演じている二人。

 嘆息を溢すアンリ、そしてマーリンはアークとリリアと丁寧な挨拶を交わした。



 「まぁあんな馬鹿はほっといて。アーク、リリアちゃんごきげんよう。フリードとアランもおはよう。・・で、うちの天使に手を出し、あまつさえ慈悲と寵愛を不遜にも与えられた屑は何処?羨ま・・身の程知らずの上に無礼者の首は繋がってるんでしょうね?今、早急に新しい拷問薬を作ってるから直ぐに人体実験の準備をしたいんだけど」



 そしてこの叔母。マーリンも大概だ。





 「それで母上とおにぃおねぇにまで来てもらったのは、他でもなく先日の出来事の検証と対策。そしてなによりフィリアの実力の正確な診断の為。・・その前に皆今回の事はありがとう。そしてご苦労。ここ一週間程は皆忙しかったため棚上げになってしまっていたが、改めてこれよりフィリアの実力を確かめようと思う。その際におにいとおねえにはもちろん、母上にも立ち会っていただきたい。そして、ハイロンド。お前にはフィリアの相手を頼む」



 威厳のある口調で話すアークにフィリアは偉い人みたいだと思った。

 ・・実際偉いんだが、普段のアークの自業自得なので無理もない。


 そしてそんなアークの命を受けたハイロンドは背筋を伸ばすと胸に拳を強く打ち付け、「はっ」と短く了承を示した。



 ―――うわぁ予想的中じゃん



 そう。このハイロンドこそフィリアが先程嫌な予感を抱いた大男。


 その上ハイロンドは先程より目を輝かせている。


 フィリアはあからさまに視線をそらした。なんとなく目を合わせてはいけない気がして・・。



 ―――昔いわれたもんね。怪しい人とは目を合わせちゃいけませんって・・・



 今更なことと先日のセバスの件は全力で棚にぶん投げてそんな事をフィリアは心から思っていた。

 もっといえば全力で逃げ出したかった。



 ―――だって絶対にめんどくさいことになる!!・・だからそんな熱い目でみるなっ!!



 視線を向けずともわかるハイロンドの眼差しに本気で「嫌、嫌」と心底怯えるフィリアだった。






 そんなこんなで演習場に着くなりリリアは抱いていたフィリアを地面に降ろし、そのままフィリアを中心に広くスペースを空け囲うような観衆の中に入っていった。


 自室からここに来るまでの間にさらに人数は増え、道中、頭に浮かんだのは大名行列という言葉。その上演習場には先客が多く、それも追加になったためフィリアを囲う観衆は非常に多い。



 ―――・・・うん。まだ幼い赤子をこんな土まみれの地面に直置きは良くないと思うんだ。衛生的にもだし何より単純に汚れちゃうと思うんだ。・・・だから・・・ママっ!カムバック!!



 必死に「まま。まま」と手を伸ばし助けを求めるが、それに対しリリアは嬉しそうに手を振り返している。

 その後ろでは、ハイロンドが自身の愛剣であろう大剣を壁にあずけ訓練用の大剣を選んでは軽く振って具合を確かめている。



 ―――そうじゃないっ!!確かに筋力がなくて揺れちゃうせいで手を振っているように見えるけどもっ!!



 最大の理解者であるはずのリリアはママと呼ばれ自身に振られる手に満足げであった。


 ただただ心の中でシクシクと泣くフィリア。

 そこで本当に泣いてしまえば良かったのにとは余談である。





 とにもかくにもそんな打開策にも気づけないフィリアの目の前にハイロンドが進み出て子供のような表情を隠しもせず一礼をするのであった。





 目の前で一礼した騎士にフィリアは怨念込めた視線を向けていた。



 「お初にお目にかかります。騎士団長のハイロンドでございます。この度は僭越ながら私がフィリア様のお相手を務めさせていただきます。よろしくお願い致します。」



 そう言って訓練用なのか随分と使い込まれた大剣を構えた。

 しかしフィリアはあいも変らず闇深い瞳でハイロンドをジトーっと見つめていた。



 「さぁフィリア様!いつでも来てくださいませ!!」


 「・・・・・」



 ワクワクが溢れるどころか大放出しているハイロンドに半目がさらに光を失った。



 ―――なんで・・なんでこうなったし



 周りを見渡すが皆こちらを見つめるばかりで止めに入るものがいない。

 それどころか何人かはハイロンドに似た目の色が溢れているものまでいる。


 そこには誰ひとりとして、心配や不安の様子が全くなかった。



 ―――ゼウスおじさんやパパまでっ・・・俺、可哀想な子!



 自身で自身事を憐憫な想いで慰めるのが唯一。

 おそらくこの場に、フィリアが1歳にも満たない赤子であるという常識的な考えを持つ者は皆無なのだろう。



 「フィー!やっちまえ!」


 ―――だまれっ!アラン!!



 自身を不憫に思い目を覆うが現実は変わらない。

 軽くため息を吐くともう一度視線を巡らす。しかしやはり逃げ出すすべはないのだと悟ってしまった。



 ―――はぁ・・わかったよ・・やりゃぁいいんだろ。やりゃぁ・・・



 先程より深い溜め息を吐くとよっこいしょと言わん様子で体を浮かした。

 その瞬間周りから押し殺したどよめきが起きたがフィリアは気にしてやれない。


 半ばヤケクソのフィリアの心情は、不機嫌な視線でハイロンドを睨む様子からよくわかる。




 フィリアが視線を巡らせると騎士二人の腰からカタカタと金属音が鳴った。

 騎士は何事かと自身の腰に視線を移した。瞬間、腰の剣が鞘から飛び出すように抜き放たれ、フィリアに向かって飛び出した。



 「!?っフィリアさっ!?・・・ま?」



 剣を失った騎士はもちろんその他何人かも同じ様に声を上げたが、その声は驚きとともに息を呑み掻き消えた。



 飛び出した剣は真っ直ぐにフィリアに向かいそのままフィリアの周りを旋回して飛び回っていた。




 その中まるで剣のあるじのように鎮座するフィリアは、白いクッションを抱えてそこにいた。



 「あ・・」



 そう声を漏らしたのはミミだった。


 ミミの視線はフィリアと、不自然な形で止まっている自身の腕との間で何回か往復していた。


 それもその筈。

 先程まではその腕で今フィリアが抱いているクッションを抱き抱えていた。しかしそれは今腕の中にはない。

それに気づいて間抜けな声が漏れた。



 まるで羽のように軽いクッション。フィリアのお気に入りではあったが今この場には全く必要のないそれ。


 フィリアはここに来るのを拒むように抵抗を見せたが、その抵抗は虚しく、唯一の戦績はこの場に着くまで離さなかったこのクッションだけだった。

 それもこの場についてすぐに「汚れてしまいますからね」と難なくミミに奪われてしまったのだ。


 その瞬間自身の抵抗の無意味さ、そして周りの見守るような視線に、恥辱でフィリアは身を焼いた。



 と、まぁそんな全く必要のないそのクッションすらもフィリアは引っ張り出した。

 そこにどんな意味があるのか。



 ―――リベンジ成功!ざまぁみろミミ!!べ、べつにさっきはわざと渡しただけだしっ全力の抵抗をしてたわけじゃないしっ。全力の抵抗があっさり対処されたわけじゃないし・・・あ、なんか思い出したら泣きたくなってきた・・



 これである。



 ―――あ、クッションにうずくまって浮くの気持ちいい・・今度からこうやって飛ぼう・・はふぅ



 そしてこれである。


 クッションに顔うずめて幸せそうな顔をするフィリアは軽く息を吐くが、目を開けた瞬間そのテンションが下がるのがあからさまだった。


 目の前のハイロンドが目に見えて興奮している。震えるほどに・・



 ―――・・・怖っ!?



 明らかにフィリアに対して尋常ならぬ感情を抱いている。

 その目に、その鼻息に、その・・高速振動に、嫌でも伝わって来てしまう。


 更には瞳が潤み始めた。



 「・・うぅっ!素晴らしいです・・あまりの感激にこのハイロンド・・うぅ」



 本気で気持ち悪い・・。

 そんな心情でドン引きのフィリアはスーッと距離を置いたが、熱い眼差しはいっそうの熱を孕んで変らずフィリアに照準を定めたままだった。



 「さぁ!それでは始めましょう!いつでもどこからでもかかってきてください!!」



 そう言ってハイロンドは嬉々爛々とした面持ちでフィリアに剣を構えている。


 フィリアはそんなハイロンドに短く嘆息を溢すと、やれやれと言った様子で軽くまぶたを伏せ、気だるげに目を開くと小さな手を掲げた。



 すると先程までフィリアの周りを旋回し続けていたふた振りの剣が急に軌道を変え、ハイロンドに切先を向けた状態になって静止した。



 「っ!」



 それを見てハイロンドは先ほどの様子に加えてどこか真剣な雰囲気を漂わせた。

 それは威厳といってもいいような威圧感を感じさせる。


 先程もある種の威圧感は感じていた。

 だがそれとは明らかに違う感覚にフィリアは一瞬息を呑み、恐怖に似た圧倒感を感じ、背筋を嫌な汗が伝った気がした。




 フィリアは経験した事がない。


 生まれて間もないからというのは当然だがそれだけじゃない。

 前世の記憶を引き継ぐフィリア。しかしそれでも体感したことはない。


 戦争もどこか遠くの他人事。喧嘩や暴力も人並み以下の程度で、せいぜい兄弟喧嘩の噛んだ噛んでないのとっくみ合いが生涯最大の大喧嘩だった程度。


 だが目の前の男は明らかに違った。


 幾度となく命のやり取りをしてきたであろう、その実力は達人の域。

 その証拠に騎士団という公的軍事機関の騎士団長。


 この世界の情勢や事情はまだわからないことが多い。それでもフィリアにすらそれが只者ではありえない事などわかる。


 そんな男が自身に向かい剣を構えている。


 恐怖などというレベルではない。やる気のあるないなどという以前の問題である。


 適当なことをしては逆に自身の方が危険。

 そんな予感がけたたましい警鐘と共にフィリアを駆け巡った。



 もちろん目の前のハイロンドにフィリアを傷つけるつもりはないし、それでもなせるだけの力量を十全に持っている。

 その信頼、いや事実があるからこそにアークにこの役目を任されたのだ。


 実際その強者の風格は溢れても殺気は爪の先ほどもない。



 フィリアもハイロンドに傷つける気がないのはわかってはいる。でもそれは理屈として、頭でわかっているだけ。

 故に今その身をもって感じている圧倒的な強者に相対している感覚は、恐怖以外の何者でもない。



 ―――口が渇く


 ―――喉がひきつる


 ―――四肢が震える


 ―――心臓がうるさい


 ―――なんだか寒い



 フィリアにとっての初めての経験。

 冷静であれば泣き叫び、周囲の味方に救いを求めるように飛びついいたりも出来たかもしれない。


 しかし思考は熱を持って判断を目の前に集中させ、ひきつる喉は声を出すのを拒否する。

 その上視線は本能的に目を離してはいけないとハイロンドから離せない。呼吸で上下する胸囲や微かに剣を握り直す指の動きにさえ体が反応しそうになる。


 フィリアは今はまだ知らないがそこには殺気は存在しない。

 故にフィリアは圧倒されながらも前に出れた。


 フィリアの小さな腕が振り切られた。






 瞬間、大きな火花を散らし、耳に響く金属音が刺さるように轟いた。



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