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96 母想う娘の愛



 美しい女神のような少女が天より舞い降りる。

 後光を背に受け、神々しさを纏い。

 荘厳さ以上に目を奪われる程の愛しさ溢れるような魅力に満ちていた。


 この世のものとは思えないほどの美貌と雰囲気。




 とは、その場の二人の曇りきった眼の贔屓目を超えた、装飾過多な妄想。


 実際は、流星の如き速度で飛んで来た少女は、そのままの速度で地面に向かい、轟音と土煙を巻き上げ地面に激突した。

 地面に抉れたようなクレーターを作るような衝撃と全てを吹き飛ばすような暴風。


 はっきり言って、『事故』以外の何者でもない。

 と言うか『大事故』。いや、『天災』とさえ言える。



 家族馬鹿の二人以外はその衝撃を正確に捉え戦慄している。

 まだレオンハートの一員となって日の浅い妖精も同様。



 「綺麗です・・」



 ・・・・と、信じたかった。






 土煙が舞う中、とさり、と白いハンカチーフ―――で、出来たてるてる坊主が静かに地面に着陸した。



 「叔母様!!その断罪お待ちください!!」



 明らかにやばい規模の事故だが・・。

 そんな事、まるで何もなかったかのように、あまりに綺麗な所作でクレーターから歩み出た少女。


 馬車から舞い降りたかのような軽やかさと、美しき雰囲気。

 『麗しの氷華』と称される淑女の鏡。


 リーシャ・ウル・レオンハート。




 ・・だが、馬車ではなく、ジェット機並の速度でぶっ飛ぶ暴走『箒』だし。整備された石畳は愚か、そこにあった筈の花畑さえ吹き飛ばした、物騒なクレーターの荒れた地表の上だし。


 誰だろか・・。この少女を『淑女』などと呼ぶのは・・。


 フィリアとの強い血筋を感じるどころか、フィリアを大きく上回るお転婆ではないか。

 いや・・、お転婆となどと生温い。猛獣・・、魔獣・・、いやいや、フィリアを超える姉だ、『精霊』さえ凌駕したあだ名が必要だろうに・・。何処が『麗しの氷華』?


 『天変地異の女王(リーシャ)』。

 誰が称したのか、あまりに的を射過ぎている。

 素直に賞賛が溢れる。



 「・・・リーシャ様。まずは色々と説明を頂きたいことがありすぎるのですが」


 「そうよ!!おばさんとはどう言うことかしら!?お姉さんでしょ!!」



 あ、いつものマーリンだ。



 「いえ、そうではなく・・」


 「リチャード。私は貴方に怒っていますよ。いつも、叔母さ・・お姉さまをいじめて。私は許しませんよ」



 頬を膨らませた可愛らしい仕草に、一瞬キョトンとしたリチャードだが、すぐに困った子を見るように微笑んだ。



 「私はもう大公家の使用人を退いた身です。なので、マーリン様との主従関係はありません。あるのは師弟関係のみです。・・師が弟子を指導する。当然のことです」

 


 リチャードは元・大公の専従。その立場は当時、家令だった。

 使用人のトップ。総括とも言っていい程の立場。


 だが、それ故、ジキルドが引退し、隠居するとなっても着いて行くことは叶わない。

 大公家の家令たる立場であれば、新たな大公に仕えるしかない。


 その為、リチャードは辞職し、ジキルドの元から離れない選択をした。


 大体は、次代の家令を育て見守るものだが、リチャードは早くから次代の教育を含め準備を整え、ジキルドの引退と共に早々と身を引いた。



 そしてリチャードのような者はレオンハートには珍しくない。

 無茶苦茶で、心労しかないような主達だが、意外と見捨てられない。

 これを人望というには、腹立たしいが、生涯付き従う者が意外と多い一族だったりする。



 「・・だって、そのせいで・・私たちへの指導の難易度が・・」



 マーリンの師。

 そう聞けば、レオンハートの師であるし、魔術に関する事の師匠に思われるが、リチャードの教えはそれだけに留まらない。

 魔術はもちろん、武術、錬金術、算術、戦術等等、多岐に渡り教え、その中には礼儀作法や社交も含まれている。


 つまり、今の『マーリン教官』を作り上げた人物。


 リーシャを始め、今のレオンハートの子供たちが戦々恐々とする、マーリンの指導。

 その元凶はここにある。


 リチャードの指導基準がそのままリーシャたちにシフトしてくるのだ。


 つまり、リーシャが憤るのは、叔母が厳しくされる事以上に、その先にある、自分たちへの被害に対する抗議のほうが大きい。


 そのおかげで、周囲から完璧だと賞賛されてはいる。

 だが、それはそれ。例え感謝するような結果をもたらしてくれているとしても、素直に感謝などできない。不満や恨みがあって然るべきだった。


 アランなどあの幼さで人格矯正されるほどの過酷さを得たのだ。

 フィリアがこれほど長く持っている方が奇跡だと思っている。・・・いや、フィリアもだいぶおかしな方向に行っている。元々の部分も大きいだろうが、マーリンの影響が全くないとは決して言い切れない。



 つまりは、リーシャも『いじめ』と称したが、その実が『指導』である事がわかってはいる。

 だが、そこに正当性を認めては、自身の身に降りかかる火の粉から逃げれない・・故の自己防衛。



 「タヌス!!大丈夫!?」


 「・・・うぷっ・・・えぇ・・大丈夫・・うっ」



 クレーターの中心で箒を抱えたまま蹲る侍女タヌスに慌てて駆け寄るナンシー。

 そんな二人を感情が死んだ目で見遣ったリチャードは、二人を指差しリーシャに顔を向けた。



 「ご説明を」


 「ふぇ?何を?」



 自分に疚しい事など何一つ思い至らないといった様子で、キョトンとするリーシャにリチャードはレオンハートの血脈を確かに感じ、頭を抱えたくなる。



 「タヌス本当に?顔が真っ青を通り越して、白くなってるよ?」


 「・・えぇ、大丈・・。・・申し訳ありません。ナンシー様」


 「・・・タヌス・・。そんなかしこまらないで」


 「ナンシー様はもうレオンハート家のお方なのですから、慣れてくだ・・、うぷ」


 「タヌス!?」



 身分差と友情。そんな繊細な葛藤も、今はどうにも締まらない。


 そしてそんな二人、主にタヌスを見て哀れみを多分に含んで見るリチャード。

 諦念の瞳には、かつての走馬灯が浮かび、同時に確かに受け継がれる従者の憐憫に乾いた笑みが溢れそうだ。



 「・・リーシャ様。流石に、タヌスさんが不憫でしかありませんよ」



 リチャードの呟くような嘆き。

 しかしそれはリーシャの耳には届いていないようだった。


 リーシャはリチャードの傍を通り過ぎ、その背後で腕を押さえ膝をつく騎士に近づいた。



 「・・リーシャさ――(パンッ)――っ」



 サーシスの弱々しい声は、乾いた音と衝撃に遮られた。


 頬に滲む痛みはそれほど強くはなかったが、熱く蝕むように広がった。


 目の前には手を振り切ったリーシャが、顰めた表情でサーシスを睨んでいた。

 その目は泣いているようにも、怒りに震えているようにも見えるが、一番は下唇を噛み切りそうに引き結んだ悔しさが色濃かった。


 その表情は予想外ではなかった。

 寧ろサーシスはそんな表情をさせてしまうだろう事を覚悟していたつもりだった。

 だが、実際そんな表情を目の前にしてしまうと胸が押しつつぶされそうなほど軋み、リーシャの顔を正面から見つめ返すことができなかった。



 「・・副団長。貴方のことを叔父のように思ってきました。・・だからこそ余計許せない」


 「・・・・・」



 侮蔑を孕んだ言葉だった。それはサーシスにとって何よりも鋭い刃となって突き刺さる。

 しかし、それでもリーシャの表情には蔑みも嫌悪もない。それがサーシスの後悔を掻き立てた。



 「ティアラ母様を侮辱しないで!!」


 「っ・・」



 サーシスにとって止めの言葉。

 最愛の妹。そして、それを告げるのがリーシャ。


 他の誰でも、他のどんな言葉でも、これ以上にサーシスの心を抉るナイフはなかった。



 「リーシャちゃん・・」


 「リーシャ様・・」



 そしてそれはサーシスだけではない。

 すぐ傍にいる二人からも声が漏れた。


 リーシャ以上にティアラを語る言葉に重みがある者はいなかった。


 生まれたばかりで幼く、記憶もなかろうに彼女はずっと『母』と慕う。

 妖精人権の改善に奮闘する彼女、その理由も、変わらぬ愛も。


 彼女以上にティアラを想い、ティアラに報いる者はいない。


 例えそこに血のつながりがなかろうと、リーシャにとってティアラは『母』であり。

 誰よりも『親孝行』をする『娘』だった。



 「違うのです!!リーシャ様!!」


 「タヌス!?無理しないで」



 叫び、勢いよく立ち上がるタヌス。その声に注目が集まった。

 頼りない足腰でふらつくタヌスを、慌てて支えるナンシーだが、ナンシーに言葉に取り合う余裕など無いようにタヌスは必死の懇願を見せてリーシャに叫んだ。



 「サーシス副団長は私が巻き込み利用しただけで・・私こそが、元凶です!!サーシス副団長は何も――――」


 「違う!!違います!!私こそがタヌスを都合よく利用したのです!咎なら私が受けます!!彼女は、ただティアラを慕っていただけで、それを私が都合よく利用したのです!!」



 叫び合う二人。その姿は必死で、痛ましくもあったが、その場の誰も心を変えることはなかった。



 「二人共。庇い合うのは結構だが、白々しくも見えるぞ」



 そこで割った声は穏やかで張ったものではなかったが、全員に響く程、明瞭に聞こえた。


 その声に目を向ければ静かにカップを傾けるジキルドがあまりに穏やかに、何事もなかったかのように座っていた。



 「マーリンも落ち着いたか?」


 「・・はい。・・リーシャちゃんが来た時点でもう私には手が出せないもの」



 黒雲がかき消された時にすでに霧散してはいたが、改めてマーリンが大きく息を吐くと同時にふわりと風が吹いた。

 それで完全に周囲の空気は支配を完全に逃れ、解放されたように優しく広がった。



 「ジキルド様・・、白々しいとは・・」


 「こんな面倒な場を設けたのだぞ?全て調べがついているに決まってるだろう?」


 「・・・」


 「今更、どちらに非があるかなど、意味がない。誰が何をしたのかのも分かってるんだからな」



 サーシスとタヌスは口を噤み、顔を伏せた。



 「あ、もちろん『悪魔』のこともな」


 「「っ!?」」


 「「「悪魔!?」」」


 「リーシャまでこの場に来たんだ。そういう事だろう?」


 「・・はい。叔父様から言われて・・タヌス。貴女を連れ出したのもそれが理由よ」



 その場の面々が驚く中、タヌスとサーシスは崩れるように項垂れた。

 それは暗に、最後の企みがあったことを示していた。



 「二人共。もう一度言うわ。・・ティアラ母様の清廉さを汚さないで!」



 サーシスとタヌスは再び閉口して深く俯いた。




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