2章-1
王太后クローディアの葬儀が終わると、国王はカテリアーナを王宮に呼び戻し、北の塔に閉じ込めた。
離宮に残りたいというカテリアーナの希望は無視された。
カテリアーナの持ち物は没収され、唯一持ち出せたのは祖母の形見のドレスと弓だけだった。それと鍵のペンダントだ。これだけはやはりカテリアーナにしか見えないようで、取り上げられることはなかった。
北の塔は昼でも陽の光がささない。中はじめじめとしてカビ臭く暗い。まるで牢獄のようだ。
カテリアーナにあてがわれた部屋は北の塔の最上階だ。
狭い部屋には固いベッドと粗末な机と椅子が置かれているだけだった。
塔の中であればどこにいってもよいという許可がおりたが、他の部屋は物置部屋で使うことはできない。
さらに王宮へつながる渡り廊下の前には見張りの兵士が立っている。
「これでは外を見ることはできないわね」
小さな明り取りの窓を見上げる。窓の位置は高く、カテリアーナの背丈では届かない。
外に出ることも外の景色を見ることもできない。
扉がノックされたので、入室の許可を出す。
「食事の時間です」
王宮付きのメイドがトレーに乗せられた食事を机に乗せる。
もうそんな時間かと机に乗せられた食事を見て、カテリアーナは凍り付いたように動きを止めた。
トレーに乗せられた食事は固い黒パンと野菜と肉の切れ端が浮いたスープと水だった。
「お気に召しませんでしたか?」
メイドはクスクスと笑いながら、カテリアーナを見る。王女にとる態度ではない。
カテリアーナはメイドを見据えると、毅然とこう言い放った。
「いいえ。これからスープの具は野菜だけにしてくださるかしら? 今日はパンと水だけいただくわ」
顔を歪めたメイドは「かしこまりました」と悔しそうにお仕着せのスカートをぎゅっと掴んだ。
翌日、カテリアーナの下に招かれざる客人がやってきた。
カテリアーナが椅子に座り、物置から引っ張りだしてきた本を読んでいると、いきなりノックもなしに扉が開かれる。
無礼な振る舞いを注意しようと、カテリアーナが扉のほうを振り向くと豪奢なドレスに身を包んだ少女が立っていた。
王宮に取れ戻されたカテリアーナは九年ぶりに一度家族と引き合わされた。自分に向けられた冷たい視線は忘れることができない。
少女はこの国の第一王女アデライードである。カテリアーナの姉だ。
三歳年上の姉は金茶色の巻き毛を揺らし、青い瞳をつり上げている。
アデライードはつかつかとカテリアーナに歩みよると、いきなりカテリアーナの頬を打つ。
「おまえは相変わらず食べ物の好き嫌いが激しいようね。養ってもらっている分際でわがままは許されないわ!」
姉の後ろでは昨日のメイドが口の端をあげている。彼女が姉に告げ口をしたのだろう。
「お、おねえさま……」
「おだまり! おまえにお姉様と呼ばれたくはないわ!」
アデライードはもう一度カテリアーナの頬を打つ。
頬を打たれたカテリアーナは床に倒れる。倒れた衝撃で口の中を切ってしまったようだ。血の味がする。
床に倒れたカテリアーナを見下ろしながら、アデライードはふんと鼻を鳴らす。
「これからはお望みどおりパンと水だけにしてあげるわ。『妖精の取り替え子』であるおまえに食事を提供してあげるだけでも感謝するのね」
アデライードはくるりと踵を返す。
「王宮へ戻るわ。ここはかび臭くて陰気ね。まあ『妖精の取り替え子』にはお似合いだけれど」
「そうでございますね。アデライード王女殿下」
しばらくすると二つの靴音が遠ざかっていく。
カテリアーナは身を起こすと、ベッドに転がる。姉に打たれた頬が痛い。ほろりと涙が零れる。
「これは頬が痛いせい……」
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