1章-6
祖母の容態が急変した。カテリアーナが十二歳の時である。
「おばあさま!」
祖母の容態が急変したと聞いて、カテリアーナは扉をノックもせず祖母の部屋に飛び込む。
「……カティか……はしたないぞ……」
ベッドに横たわった祖母の姿はやつれていた。いつもの威厳あふれる姿の面影がないほど……。
苦し気な息遣いの中、祖母は弱々しくもカティににっこりと笑顔を向ける。
「おばあさま……」
差し出された祖母の手を包み込む。
「カティ、そなたの成人した姿を見たかったが……かなわぬようじゃ」
「そんな! おばあさま、すぐによくなりますわ」
脇に控えている医師に視線を向けると、医師は首を横に振る。
「わたくしがいなくなった後の……そなたの行く末が心配じゃ」
「何を仰るっているの?」
「もしも……この国に居づらいと感じたら……エルファーレン王国へ……国王を頼るとよい」
「え?」
意外な国名が祖母の口が語られた。エルファーレン王国といえば妖精の国だ。
「わたくしは少し休む。カティ、勉学を休むでないぞ」
疲れたようだ。祖母はそういうと目を閉じる。
退室する際、祖母がもう一度カティに声をかける。
「カティ、そなたの人生じゃ。思うように生きるとよい」
それが祖母と会った最後だった。
その夜、王太后クローディアは静かに息を引き取った。
◇◇◇
鐘の音が響く。
カテリアーナは離宮で静かにそれを聞いていた。
今日は王太后クローディアの葬儀なのだ。王族の葬儀は国葬なのだが、カテリアーナは参列されることを許されなかった。
父である国王がカテリアーナの参列を禁じたのだ。
喪服を着たカテリアーナは離宮にある教会の祭壇で祖母の冥福を祈っていた。
「おばあさま、どうか安らかにお眠りください」
教会の扉のほうからにゃあという鳴き声が聞こえる。振り返るとノワールが佇んでいた。
「……ノワール」
カテリアーナはノワールがいる場所へ駆け出すと、ノワールを抱きしめた。
「ノワール! おばあさまが旅立たれてしまったわ! わたくし、おばあさまをお見送りしたかった!」
使用人たちの前では気丈に振るまっていたカテリアーナだが、ノワールの姿を見た瞬間にそれまで溜めていたものが堰をきる。
ノワールは大人しくカテリアーナに抱かれたままだった。
「お父様はわたくしの参列を許さなかった。やはりわたくしは『妖精の取り替え子』なのかしら」
カテリアーナは王宮からの使いの者に祖母の葬儀には参列しないようにと聞いた時、王宮の父の下に直訴をしに行ったのだ。
実に九年ぶりの父子の対面であった。カテリアーナの姿を見た国王はあからさまに顔を顰める。
「カテリアーナか。大きくなったな」
抑揚もない父の言葉は冷たかった。
それでもカテリアーナは祖母に教えられたカーテシーをする。優雅なカテリアーナの姿に国王の側近からは思わずほうというため息が漏れた。
「おとうさま。お願いがございます。わたくしをおばあさまの葬儀に参列させていただきとうございます」
「ならぬ」
「なぜでございますか? わたくしはおばあさまの孫です」
ふんと鼻を鳴らすと国王は嘲るような笑みをカテリアーナに向ける。
「『妖精の取り替え子』かもしれぬおまえにその資格があるとでも?」
びくっとカテリアーナは肩を震わす。それでも背筋を伸ばすと父にこう問いかける。
「……わたくしが『妖精の取り替え子』であるという確証はございましょうか?」
「おまえのその姿。誰にも似ておらぬ。だが、確証はないゆえ本物のカテリアーナが見つかるまでは影武者を務めさせてやろう。それまでは養ってやる。安心するがよい」
父は何を言っているのだろう? とカテリアーナは思った。
「もうおまえに話すことはない。出て行け。私は忙しい」
どうやって離宮まで帰ったのか思い出せないほど、カテリアーナは衝撃を受けていた。
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