3章-3
軽やかにステップを踏み、舞うようにダンスをするカテリアーナに会場中の誰もが目を奪われている。
羽のような飾りがついたバックリボンが揺れ、妖精が舞っているような様は優雅だ。誰もがカテリアーナが人間だということを忘れていることだろう。
それはフィンラスも同じだ。カテリアーナのエメラルドグリーンの瞳をじっと見つめる。
「ダンスが上手いな」
「フィンラス様のリードが上手だからですわ。それとパールの指導が……鬼でした」
淑女としての教養にダンスは必須だ。当然カテリアーナも幼い頃からダンスを学んでいる。だが、塔の上に閉じ込められて育ったため、ダンスを披露する機会がなかった。ブランクが長かったので、一からパールに叩きこまれたのだ。
「パールは容赦がないからな」
「おかげで上達しましたので感謝しています」
お手本としてパールのダンスを見たカテリアーナは彼女のように踊りたいと思った。
鳥の妖精パーピィであるパールはダンスが得意だ。エルファーレンの淑女の中では名手と言える。
やがて音楽が止みフィンラスとカテリアーナが揃って礼をすると、会場に割れんばかりの拍手が鳴る。拍手はフィンラスがカテリアーナを伴って玉座に戻るまで続いた。
演奏は次の曲を奏で始める。舞踏会の参加者たちが次々と中央に進み出て、パートナーとダンスをし始めた。
国王と次期王妃に謁見を申し出る貴族はフィンラスが受け答えをしてくれるので、カテリアーナはただ笑みを浮かべているだけでいい。
謁見の列が途切れると、カルスが早足でフィンラスの下にやってくる。
「陛下。少しよろしいでしょうか?」
「どうした? カル」
カルスが耳打ちをすると、フィンラスは眉を顰め立ち上がる。
「カテリアーナ、少し席を外す。すぐに戻ってくるゆえ、待っていてくれ」
「分かりましたわ。行っていらっしゃいませ」
カルスとともに急ぎ足で歩いていくフィンラスの背中を見送る。
少し寂しさを感じながら、カテリアーナは玉座からダンスをする人々を眺める。着飾った人々の色とりどりのドレスがくるくると回りきれいだ。
「カテリアーナ様、お疲れではありませんか? 飲み物などいかがですか?」
ふいに玉座の下からパールに声をかけられる。見知った顔にカテリアーナはほっと息を吐いた。
「パール。ええ、大丈夫よ。それでは果実水をお願いできるかしら?」
「承知いたしました。少々お待ちくださいませ」
パールはカーテシーをすると、近くの給仕に声をかけに行く。
今日のパールはさらに華やかだ。赤いドレスを上品に着こなしている。
一人で玉座にいるのは心許ない。カテリアーナは玉座を降りるとパールの下へ向かおうとする。
しかし、白い影に行く手を阻まれる。
「ごきげんよう、カテリアーナ王女殿下」
カテリアーナを呼び止めたのは、白銀の髪に青い瞳の可愛らしい少女だ。小柄だが舞踏会に参加しているということは社交デビューしているのだろう。年はカテリアーナと同じくらいと思われる。髪を二つのお団子に結んでいるので、まるで猫耳のようだとカテリアーナは思う。
「ごきげんよう、ブランシュ様」
カーテシーをしていたブランシュは頭を上げる。
「わたくしをご存じなのですか?」
「ええ。エインズワース公爵令嬢のブランシュ様ですね? 間違っていたかしら?」
「いいえ。相違ございません」
妃教育の一環として貴族名鑑を覚えるのは当たり前のことだ。絵姿と特徴で彼女がブランシュであることはすぐに分かった。
「カテリアーナ様は他国の方とはいえ王族であらせられます。先に身分が下の者から声をかけるのは無礼ですよ。ブランシュ嬢」
「ふにゃん!」
ブランシュの後ろには果実水が入ったグラスを手に持ち、笑顔を浮かべたパールが立っていた。
いきなり声をかけられ、驚いたブランシュは悲鳴を上げる。その悲鳴が可愛くてカテリアーナは内心悶えていた。
「フェアフィールド公爵夫人! 驚かさないでくださいませ」
「先ほどからやり取りを拝見させていただきましたが、少々度が過ぎますので声をかけたまでです」
抗議をするブランシュに意に介さないパールはやんわりと注意をする。
「パール、いいのよ。わたくし同じ年の方とお話をしてみたいわ。ブランシュ様、少しお話をしませんか?」
「それほど仰るのであれば、お話のお相手をしてさしあげてもよろしくてよ」
ブランシュは顔を赤くしながら、ぷいっとそっぽを向く。
「ブランシュ嬢!」
ブランシュを注意しようとするパールをカテリアーナは手で制する。
「パール、悪いけれどもう一つ果実水を持ってきていただけるかしら?」
「……承知いたしました」
何かを言いかけたが、パールはカテリアーナの頼みに従う。
「ブランシュ様、あちらの席が空いていますわ。あちらでお話をしましょう」
バルコニーの近くに空き席を見つけたカテリアーナはブランシュとともに、そちらへと向かっていった。
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