2章-4
フィンラスはカテリアーナが落ち着くまで、ずっと抱きしめていた。時折、しゃくるカテリアーナの背を優しく撫でながら……。
どれくらいそうしていただろう?
カテリアーナが顔を上げると、フィンラスと目が合う。カテリアーナを労わるように瞳が揺れている。
フィンラスはカテリアーナの頬を両手で優しく包む。大きくて暖かい。
きれいなアメジストの瞳が近づいてきたかと思うと、目の下あたりに柔らかい感触がする。それは徐々に反対側の目へと移り、やがて唇に落とされる。
カテリアーナがフィンラスに口づけをされていると気づくまでに時間がかかった。
優しく唇に触れるだけの口づけ。
カテリアーナにとっては初めての口づけだったが、不思議と嫌だとは思わなかった。
「フィル……」
「カティ……俺は……」
フィンラスが何か言いかけた時、家のドアがノックされる。
「陛下、姐さん、お食事の用意ができました。こちらにお持ちしますか?」
ドアの向こうでロイの声がした。
「いいえ。外で食べるわ。用意してもらえる?」
「へい! 承知しました」
ロイの問いかけに答えたのは、カテリアーナだった。
「カティ、大丈夫か? 目が腫れている」
「大丈夫よ。ごめんなさい、フィル。冷水で冷やしてくるわ」
厨房に向かうカテリアーナの背中にフィンラスが声をかける。
「カティが何者であろうとも構わない。俺はずっとカティの味方だ」
カテリアーナは振り返ると、フィンラスに微笑む。
ロイが昼食を用意してくれた場所は、果樹園に建てられた四阿だった。
カテリアーナがラストリアにいた頃にここへ通っていた時はなかったものだ。
「俺らの休憩所として作ったはずなのに、イアンのやつが凝り始めて、こんな佇まいになってしまったんですよ」
ロイは隣にいるイアンを睨む。
「仕方ねえだろ! カティ、いや、カテリアーナ様の大切な場所だ。みすぼらしい小屋を建てるわけにはいかねえだろ」
イアンはそっぽを向く。
「それにしてもイアンはいい腕をしているのね」
四阿は木造で素朴な田園風景に馴染んでいる。造りを見れば、丁寧な仕事をしているのが分かった。
「俺はルゥナの森に流れてくるまでは、大工をしていたんだ」
「もしかして、ルゥナの森のツリーハウスもイアンが建てたの?」
「ああ。もっともあのツリーハウスは自然の木を利用して作ったから、この四阿ほど丁寧な仕事じゃないけどな」
四阿に設置されたテーブルに肘をついてフィンラスがイアンを見ている。
「これほどの腕を持っていて、なぜルゥナの森でごろつきなどになったのだ?」
「貴族の屋敷の修理をしている時に少しばかり失敗をしたのさ。瞬く間に信用を失って職も失ったというわけだ」
イアンが自嘲するような笑いを浮かべる。
「なんだ。イアンもそうなのか」
「そうなのかってお前もか、ロイ?」
「俺は貴族の家で料理人をしていたんだけどな。ある時、その家の坊ちゃんが嫌いなピーマンを出したってだけでクビにされちまったんだ。貴族の家で一旦クビになるとどこも雇ってくれないからな」
ロイは肩を竦める。
「なんてこと! たったそれだけの理由でクビだなんて! ピーマンは体にいいのに!」
カテリアーナが憤慨すると、ロイが笑う。つられてイアンも笑い出した。
「姐さんは変なこだわりがあるんだな」
「カティは変わった姫様だからな」
変わっていると言われるのは心外だが、もふもふたちが楽しそうなのでカテリアーナも微笑む。
「二人ともひどいわね」
フィンラスはもふもふたちに囲まれて、楽しそうなカテリアーナを見て安堵の息を漏らした。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




