1章-3
扉がノックされる音でカテリアーナは目を覚ます。
ソファに座って寛いでいたのだが、座り心地の良さにうとうととしていたら、いつの間に眠ってしまっていたらしい。
カテリアーナは急いで身を起こすと入室の許可を出す。
しばらくすると扉が開き、金茶色の髪に青い瞳の少女が入室をしてくる。年はカテリアーナと同じくらいに見えた。
「失礼いたします。本日からカテリアーナ様の専属侍女となります。エルシーと申します。よろしくお願いいたします」
エルシーは深く腰を折り、カテリアーナに挨拶をする。
「どうぞ顔を上げて。よろしくね、エルシー」
エルシーは顔を上げ立ち上がると、愛嬌のある微笑みを浮かべる。
「疲れはとれましたか?」
「ええ。少しうたた寝をしていたら、頭がすっきりしたわ」
「それはようございました」
テーブルに置いておるティーセットを自分の方へ引き寄せると、エルシーはティーポットを手に取り、何事か呟く。すると、ティーポットの注ぎ口から湯気が上がる。
「え? 今の何?」
「魔法です。初めてご覧になりましたか?」
エルシーは魔法でティーポットにお湯を満たしたのだという。初めて見る魔法にカテリアーナはドキドキしている。
茶葉を入れる缶からティーサーバーへ茶葉を入れ、ティーポットからお湯を注ぐ。流れるようなエルシーの動きに見とれながら、ティーサーバーから香る茶葉の匂いを楽しむ。
「ミントの香りかしら?」
「そのとおりです。カテリアーナ様はハーブに詳しいのですか?」
「育てていたから。いえ、今も育てているかしら?」
「左様でございますか」
ノワールと一緒にあの場所でハーブも育てていたのだ。そういえば、王宮に到着したらあの場所に連れていってくれるとノワールは言っていた。正確にはノワールではなくフィンラスだが。
「どうぞ。ミントティーです。眠気さましにはよろしいですよ。こちらはお茶うけのお菓子です。よろしければ、お召し上がりください」
ミントティーと一緒に砂糖菓子がカテリアーナの前に差し出される。
「ありがとう、エルシー。このお菓子は何かしら?」
「スミレの砂糖漬けです」
「スミレ? 食べられるの?」
「食用に改良してあるものです」
感心しながら、カテリアーナはスミレの砂糖漬けを一つ摘まむ。
ふわっといい香りと甘さが口の中に広がる。
「美味しいわ」
「それはよろしゅうございました。全部お召し上がりになっても構いませんが、まもなく晩餐のお時間です。少し控えた方がよろしいかもしれません」
「大丈夫よ。わたくし大食いなの」
「大食いですか? とてもスタイルがよろしいので、そのようには見えませんが」
カテリアーナはもう一つスミレの砂糖漬けを口に頬張る。
「肉や魚などの動物の油はダメなの。でも野菜や果物はたくさん食べるのよ」
「動物の油がダメということは陛下より伺っておりますが」
エルシーはぱくぱくとスミレの砂糖漬けを頬張るカテリアーナを戸惑いながら見ている。だが、美味しそうに食べるカテリアーナの姿にふっと顔が緩む。
「ミントティーも美味しいわ。エルシーはお茶を淹れるのが上手なのね」
「そうように仰っていただけますと嬉しいです。では、私は晩餐のドレスの準備をしてまいります。準備が整うまではお寛ぎください」
スミレの砂糖漬けを完食してしまったカテリアーナは少し物足りなさを感じながら、ミントティーを楽しむ。
しばらくすると、エルシーがウォークインクローゼットから一着のドレスを抱えてきた。
「お待たせいたしました、カテリアーナ様。本日の晩餐はこちらのドレスでのぞむのはいかがでしょう?」
白を基調としたエンパイアラインのドレスは、バラが絡まったような模様が刺繍されている。まるでバラの蔓をそのままドレスにしたような感じだ。
「まあ、素敵なドレスね」
「では、決まりですね。髪はハーフアップにして生花の白バラを飾りましょう」
コルセットを必要としないエンパイアラインのドレスはカテリアーナ一人でも着られる。だが、それをしてしまうとエルシーの仕事を奪ってしまう。カテリアーナはエルシーに促されるまま、ドレスに着替える。
「とても軽いのね。どんな素材を使っているのかしら?」
成人の儀でノワールから贈られたドレスも軽かった。どういう材料を使えば、このように軽くなるのか不思議に思っていたのだ。
「ルア紡ぎと申します。満月の夜に採れた繭を使うとこのように軽くなるのですよ。反対に朝採りの繭はソル紡ぎというのです。こちらは光沢がありますが少し重いのです。ですが、好んでソル紡ぎのドレスを着る方もいらっしゃいますよ」
妖精の国はカテリアーナの知らないことだらけだ。これからしっかり学ばなければならない。
「御髪が少し痛んでおられますね。きれいな金の髪ですので、これからしっかりケアしてまいりましょうね」
エルシーは楽しそうにカテリアーナの髪を結っている。毎日こういう日々が訪れるのかと思うと、カテリアーナは少し楽しみだった。
「バラをつけて、これで仕上がりです。さあ、全身鏡の前に立ってみてくださいませ」
鏡台の隣に立てかけてある全身鏡の前にカテリアーナは立つ。
「まあ、お美しいです。陛下が見惚れること間違いなしです」
「エルシーの腕がいいのよ。きれいにしてくれてありがとう」
「カテリアーナ様は素のままでも十分お美しいですよ」
ラストリア王国では『取り替え姫』と散々蔑まれていたので、カテリアーナは自分の美醜をいまいち理解できていない。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




