4章-3
エルファーレン王国の馬車が走り去っていくのを、カテリアーナは木の上から見送っていた。
先ほどの休憩場所から少し離れた高い木の天辺にカテリアーナはいる。
自分がいなくなったと知られるのにそう時間はかからないはずだ。女の足ではすぐに追いつかれてしまう。そう考えたカテリアーナは少し離れた木の上でやり過ごすことにしたのだ。
「まさか王女が木登りするとは思わないでしょうね」
ふふふとカテリアーナは微笑む。祖母の形見のドレスの下に動きやすい服を着てきて正解だった。
ふと、木の下から聞き覚えのある声が自分を呼んでいる。子供のような甲高い声だ。
「カティ、いるのだろう? 下りてこい。このお転婆娘!」
「え! ノワール?」
まさかと思ったカテリアーナは木の下を覗きこむ。木の根元には見慣れた黒猫がいる。ノワールだ。
「ノワール! 待ってて! 今下りるから」
するすると木を下りていくカテリアーナを見て、ノワールはふっとため息を吐く。
「まるでサルのようだな」
「失礼ね! 身軽と言ってほしいわ!」
トンと地に足をつけると、カテリアーナはノワールの前で仁王立ちする。
「ノワールもフィンラス様と一緒に来ていたの?」
「ずっといたぞ」
カテリアーナは考え込む。あの中にノワールはいなかったはずだ。
「いたのなら、どうして声をかけてくれなかったの?」
「それより街道に戻るぞ。この森は治安が悪い」
「いやよ」
「どうせあの場所に行くつもりなのだろう? どうやって行くつもりだったのだ」
カテリアーナは持っていた小さなトランクを開けると、地図を出して広げる。塔の中を探検していた時に偶然見つけたエルファーレン王国の地図だ。
トランクの中には、地図とともに自作の組み立て式の弓と子供の時に使っていた短い矢を何本か詰め込んでおいた。先ほど護身用に弓は組み立てて、今は背負っている。
「この地図を頼りに行こうかと思っていたの。農地だからだいたいこの辺りでしょう?」
カテリアーナは得意気に地図を指差す。
「そこはあの場所とは反対の方向だぞ。それにこの地図は古い」
「え! そうなの?」
「逞しいと思っていたが、所詮は世間知らずの王女だな」
ノワールにふんと鼻を鳴らされ、カテリアーナはぷうと頬を膨らます。
「それなら、ノワールに案内してほしいわ」
「王宮に着いたら、すぐにでも案内してやる。ほら、戻るぞ」
「あ! フィンラス様怒っていた? 勝手に逃げ出したと思われたでしょうね」
「いや。笑っていた」
実を言うとカテリアーナはフィンラスに会うまでは、何とか逃げ出して一人で旅に出ようと目論んでいた。ラストリアを離れてしまえば、王国騎士団に迷惑はかからない。彼らの任務は国境までの護衛だ。それにエルファーレン王国がカテリアーナを歓迎するとは思えなかった。人間が妖精の国に嫁ぐなど、ここ三百年前例がないからだ。
だが、エルファーレンの国王フィンラスはカテリアーナの好みだったのだ。人型のほうではなく、もふもふ姿のほうがだが……。
目的を果たしたら、地図を頼りに何とかエルファーレンの王宮へ戻ろうと思った。だからこそ、あんな手紙を残してきたのだ。
「笑っていたの? 戻ったら許してくださるかしら?」
「最初からお前の行動はお見通しだ。許すも許さないもない」
ノワールの言葉を聞いて、カテリアーナはほっとした。勝手な行動をしたのだ。フィンラスはきっと自分を許さないだろう。と思う一方で、なぜかフィンラスは自分のことを許してくれるのではないかとも思ったのだ。なぜそう思ったのかは分からない。
「お怒りになっていなくて良かったわ。お飾りの王妃でもいいから、フィンラス様のおそばにいたいもの」
毎日、木の陰からもふもふを拝むのだ。
「何だ。国王を好きになったのか? それならば、こんなことをしなければいいだろう」
「う~ん。でも王宮に行く前にノワールにお礼がしたくて。お礼の品はあの場所に保管してあるのよ。王宮に着く前に取りに行きたかったの」
「礼などいらぬ。それより早く森を出るぞ」
あの場所がこの辺りにないのであれば、ここにいても仕方がない。
ノワールに見つかったということは、すでにフィンラスへ報告が入っているだろう。
カテリアーナは諦めて、森を出ようと足を踏み出す。
しかし、複数の影に行く手を阻まれた。
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