4章-2
しばらくすると、カテリアーナの前に湯気が立ったティーカップが差し出される。ソーサーに乗ったカップは可愛い木苺の絵柄だ。
「熱いので気をつけてお召し上がりください」
「ありがとう、カルス様」
「私のことはカルとお呼びいただいて構いません」
ティーカップを受け取ったカテリアーナは鼻をカップに寄せ、お茶の香りを楽しむ。フルーツを使ったお茶のようだ。甘い香りがする。
一口お茶を飲むと、ブレンドされたフルーツの甘さが口いっぱいに広がる。
「美味しい! 桃とチェリー、それにルッコリーの実が入っていますね?」
ルッコリーの実とはルッコリーの木に生る赤い実のことだ。薬草の類で疲労回復の効能がある。
「そのとおりです。よくお分かりになられましたね。ルッコリーの実はほとんど味がないはずなのですが……」
「確かにそのままですと味はありませんが、熱を加えると少し甘酸っぱくなるのです」
「姫は薬学にあかるいようですね」
カルスの金色の瞳が嬉しそうに細められる。
「カルも薬学に詳しい。妖精の国にある薬草はすべて覚えている」
「すべてとはいきませんね。入り込めない場所もありますし」
しばらく、薬草についてカテリアーナはカルスと語り合う。カルスの薬草の知識はすごい。カテリアーナの知らない薬草や効能を喜々として語ってくれる。
「あまりカテリアーナを独り占めするなよ、カル」
「おや? やきもちですか?」
楽しそうに薬草の話を続ける二人に、しびれを切らしたフィンラスが口をはさむとカルスはからかう。
「お二人は信頼し合っているのですね?」
フィンラスとカルスのやり取りを微笑ましく見守っていたカテリアーナは羨ましく思う。二人のように親しく話せる者がいなかったからだ。
「まあ、こいつとは幼馴染だからな」
「腐れ縁ともいいますね」
カテリアーナには幼馴染はいなかった。だが、友人はいた。ノワールだ。
ノワールとの思い出に浸っていると、一人の騎士が慌ただしくこちらへやってきた。申し訳なさそうに一礼すると、カルスに何やら耳打ちをする。
今まで穏やかだったカルスの顔が険しいものへと変わる。
「少し失礼いたします。陛下もともによろしいですか?」
「ああ。カテリアーナ、すまないが少し席を外す。護衛をつけるから、ここでくつろいでいてくれ」
二人は立ち上がると、先頭の方へ向かっていく。何かトラブルがあったのだろう。
カテリアーナは微笑みながら、二人の背に手を振る。
「わたくしのことはお気になさらないでください」
フィンラスとカルスと入れ替わりに騎士が二人こちらにやってくる。
「チャンスが巡ってきたようね」と騎士に聞こえないようにカテリアーナは呟いた。
◇◇◇
戻ってきたフィンラスとカルスを待っていたのは、もぬけの殻になった馬車だった。
「やられたな」
「やっとフィルにも春がやってきたと思ったら、あっという間に去っていったな」
「茶化すな、カル。それより、このことは俺たち以外に漏れていないな」
「もちろん! 最初に馬車の中を見たのは私だからね」
護衛につけた騎士の話によると、フィンラスとカルスが立ち去ってまもなく馬車で待つとカテリアーナが言ったそうだ。
騎士は馬車へ向かっていくカテリアーナの少し後をついていき、車内に入ったのを見届けた。その後は少し離れた場所で見張りをしていたそうだ。
カテリアーナは一瞬の隙をついて馬車から抜け出したのだ。
馬車の座席にはフィンラスに宛てた手紙が残されていた。内容は抜粋するとこんな感じだ。
『フィンラス様へ
勝手に抜け出して申し訳ありません。
どうしても行きたいところがあります。
必ず戻りますので、探さないでください。
カテリアーナ
追伸:ラストリアには内緒でお願いします』
「勝手なお姫様だ。と言いたいところだが、迷子になることは考えていないのかな?」
カテリアーナにとってエルファーレン王国は初めてのはずだ。地図もないのにどこに行くのだとカルスは不思議に思った。
「カテリアーナの行きたいところはだいたい想像がつく」
「ノワールのところか?」
これに対してフィンラスは何も答えない。
「カル、ジェイドに少し遠回りをしていくと連絡しておいてくれ」
「カテリアーナ姫を追うのか?」
フィンラスはにやりと笑う。
「追いかけるのはノワールだ」
カルスはやれやれといった風に肩を竦める。
「ここはルゥナの森だ。治安が悪い。早いところお姫様を見つけたほうがいい」
「分かっている」
木の狭間に黒い影が走り去っていった。
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