4章-1
中州を船で渡り、馬車に乗り換えたエルファーレン王国一行は花嫁を連れて、王都へと続く街道を突き進む。
カテリアーナは街道横に広がる森を馬車の窓から眺めながら、ちらっとフィンラスを見やる。
フィンラスはカテリアーナの視線に気づくと、くすりと微笑む。
「まさか、俺の本来の姿を見て抱き着かれるとは思わなかった。カテリアーナ姫はなかなか積極的だな」
カテリアーナはフィンラスの本来の姿を見て、思わず抱き着いてしまったのだ。フィンラスのもふもふな姿に我を忘れた己を恥じる。
少し大きいが、猫姿のフィンラスのもふもふは魅力的で本能に従ってしまった。カテリアーナはもふもふな動物が大好きなのだ。
あれはまずかったとカテリアーナはあらためて後悔する。はしたない王女だと思われただろう。
「あれは……その……申し訳ございませんでした」
今更ながら頬が熱を帯びているのが分かり、思わず俯いてしまった。
「謝ることはない。このような美しい姫に抱き着かれて悪い気がする男はおらぬだろう」
「わたくしはもふもふが大好きなのです。ですが、フィンラス国王陛下はその……怪物のようなお姿と聞いておりましたので……」
窓に肘をついたフィンラスは豪快に笑いだす。
「なるほど。ラストリア王国では俺は怪物だと伝わっているのだな。あながち間違いではない。俺はケットシーという妖精猫族だ」
「ケットシー」とカテリアーナは呟く。ノワールと同じ種族だ。やはりノワールはエルファーレン王宮に仕えているのだろうか?
カテリアーナはその疑問をフィンラスに投げてみることした。
「ところで、陛下はノワールという猫……お方を知っていらっしゃいますか?」
「ノワールか。よく知っておるぞ」
ノワールを猫と言いかけて訂正したカテリアーナにフィンラスは気を悪くした様子もない。
しかもフィンラスはノワールをよく知っているという。
「それでは陛下はノワールと親しいのですか?」
「フィンラスだ」
「え?」
「俺たちは夫婦になるのだ。陛下などという堅苦しい呼び方はせずともよい」
敬称ではなく、名前で呼べとフィンラスは言っているのだ。
「フィンラス様?」
「様もいらぬがな。まあ、いい」
「それではわたくしも敬称はいりません。カテリアーナとお呼びください」
「では、カテリアーナ。其方であれば、うちの連中とも仲良くできるだろう」
うちの連中とはエルファーレン王宮に仕える人々のことだろう。
フィンラスは妖精猫族の国王だ。ということは王宮に仕えている人々も妖精猫なのだろうか?
カテリアーナは猫がわらわらとしているところを思い浮かべ、自然と顔が緩む。そんなカテリアーナの思惑を察したのかフィンラスが苦笑する。
「期待を裏切るようで申し訳ないが、王宮では人型で仕事をすることにしている」
「え! もふもふ姿ではないと!?」
「猫の姿だと、何かと不便なのでな」
カテリアーナはがっくりと項垂れる。もふもふがいっぱいではないのかと落ち込む。
「カテリアーナが望むのであれば、全員妖精姿でも構わぬがな」
フィンラスは愉快そうに笑い、カテリアーナを見ている。きれいなアメジストの瞳に見つめられ、カテリアーナの心臓の鼓動がドクンと跳ねた。
徐々に揺れが緩やかになったかと思うと、馬車が停止する。
「どうやら休憩をとるようだ。外に出てみるか?」
「はい。ぜひ!」
自ら馬車の扉を開いたフィンラスは先に降りると、カテリアーナに手を差し伸べる。フィンラスの手をとろうとした瞬間、ふいに浮遊感がカテリアーナを襲う。
フィンラスがカテリアーナを抱きあげ、地面に下ろされたのだと気づくのに時間がかかった。
「カテリアーナは軽いな。きちんと食事をしているのか?」
「な! しておりますわ!」
赤くなった頬をフィンラスに見せないように、カテリアーナはぷいとそっぽを向く。
実を言うと、ここ三日ほどまともに食事をしていない。塔から王宮へと移されたカテリアーナに提供された食事はパンと水だけだった。
国境までの道のりでアイザックがこっそり用意してくれた果物を食べて、ようやく空腹が満たされたのだ。
拗ねたカテリアーナを見ながら含み笑いをしているフィンラスの下に白茶色の髪の青年がバスケットを持ってやってきた。
「陛下、カテリアーナ姫。お疲れ様です。お茶を持ってまいりましたので、ただいまご用意いたします」
青年の髪をカテリアーナは見やる。サイドの髪の一部がミミズクの羽角のように立っている部分があるからだ。
「カルの髪が珍しいか? 彼はケットシーとハーピィのハーフなのだ。そのせいで髪が羽角のように立っているらしいぞ」
「ハーピィ……ですか?」
ハーピィとは鳥形の妖精のことだと、フィンラスは説明してくれる。
カルは街道脇に立つ木の下に素早くふかふかの絨毯を敷き、ティーセットをセッティングした。
「申し遅れました。私は陛下の補佐をしておりますカルス・フェアフィールドと申します」
「初めまして。カテリアーナ・ラストリアです」
セッティングを終えたカルスは、人懐っこい笑顔を浮かべるとカテリアーナに向き直り、紳士の礼をとる。カテリアーナも略式のカーテシーをし、挨拶を返す。
「敷物の上へどうぞ、カテリアーナ姫。ただいまお茶をお淹れいたします」
フィンラスにエスコートされて、カテリアーナは敷物の上にあがる。
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