3章-3
アデライードがカテリアーナの頬を打ったのだ。
「黙りなさい! 『妖精の取り替え子』のおまえには似合っていないのよ!」
「ですが、あれだけはお譲りするわけにはいかないのです!」
あのドレスを着た姿をまだノワールに見せていない。
ノワールの贈り物でなければ、アデライードにドレスを譲っても構わなかった。カテリアーナはアデライードに強い視線を向ける。姉妹の睨みあいはしばらく続いた。
姉妹の睨みあいを止めたのは、国王だった。
「たかがドレス一着だ。アデライードに譲りなさい、カテリアーナ。お前にはエルファーレン王国へ嫁ぐまでに何着か作らせよう」
父はたかがと言うが、カテリアーナにはされどなのだ。
カテリアーナはぎゅっと拳を握りしめると、毅然と言い放つ。
「ご命令とあれば、エルファーレン王国へ嫁ぐことは承知いたしました。ですが、他のドレスは要りません。おばあさまの形見のドレスとあのドレスだけで十分です」
カテリアーナがエルファーレン王国へ嫁ぐことは国王の決定事項だ。おそらく覆すことは難しいだろう。
それだけ言うと、カテリアーナはカーテシーをして執務室を後にする。
しかし、塔へ帰ったカテリアーナを待っていたのは残酷な現実だった。
ノワールからの贈り物一式はすでに持ち出されていた。
おそらく、アデライードはカテリアーナの了承を得ずともドレスを奪う気でいたのだ。
「なぜ? なぜここまでの仕打ちを受けなければならないの?」
カテリアーナはその場でくずおれると、涙を零した。
祖母が亡くなってからは、どんな仕打ちをされても決して泣かなかったというのに……。
翌日、泣き腫らした顔でエルファーレン王国への扉を開くと、ノワールが尻尾を揺らして待っていた。
「どうした? その顔は? 泣いたのか?」
ノワールの姿をみとめるとカテリアーナは駆け出し、黒い小さな体を抱きしめる。枯れたと思った涙が再びカテリアーナの頬を伝う。
「ノワール! ノワール、ごめんなさい! ドレス姿を貴方に見せたかった!」
カテリアーナが泣き止むまで、ノワールはじっと抱きしめられたままだった。
泣き止んだ後、昨日の出来事をカテリアーナはノワールに話す。
アデライードとのやりとり、ドレスを奪われたこと、エルファーレン国王に嫁ぐことになったこと。
「そのようなことがあったのか。ドレスなど姉にくれてやれ」
「でも! ノワールがせっかく贈ってくれたのに!」
エンパイアラインの素敵な白いドレスをカテリアーナは気に入っていたのだ。
「エルファーレン王国へ来るのだろう? そうしたら、もっと良いドレスを贈ってやる」
「……国王様へ嫁ぐのよ。他の殿方の贈り物を許されるかしら?」
「何、エルファーレンの国王は狭量ではない。大丈夫だ」
「ノワールはエルファーレン王国の国王様をご存じなの? どんな方なの?」
噂どおりの怪物なのだろうか? でもノワールがケットシーということは国王も妖精猫なのかもしれない。
「来れば分かる。それより腹が減った。果樹園で熟れた桃がたくさんあったぞ」
「本当に!? では今日は桃のスイーツを作りましょう」
何やらノワールにはぐらかされた気がするが、エルファーレンの国王はノワールの主なのだ。悪い人……妖精ではないのだろう。そう思うことにした。それにエルファーレン王国へ行けば、ノワールと頻繁に会えるかもしれない。それだけがカテリアーナの楽しみだった。
果樹園で桃をもぎ、いつものように家の厨房でノワールとスイーツ作りをする。熟れた桃は全て収穫してきたので、たくさんスイーツを作った。
食べきれないほどの量をカテリアーナは全部ぺろっとたいらげた。ノワールは桃のタルトを数切れ食べたくらいだ。
「しかし、大食いだな。カティは……。これは養うのが大変そうだ」
「何よ。ノワールに養ってもらうわけではないわ。エルファーレン王国の王妃の予算は食費多めでお願いと伝えておいてちょうだい」
「承知した」
カテリアーナは大食いなのだ。肉や魚などの動物の油は受けつけないが、野菜と果物を大量に食べる。
「ねえ、ノワール。ここはエルファーレン王国の王都と近いの?」
「いや。少し遠いな」
ノワールはカテリアーナの考えていることが分かったようだ。はっとする。
「王妃になっても農作業する気か?」
「だってノワールがここを提供してくれたんじゃない。途中で放り出す気はないわ」
「それならば王宮にカティ専用の庭園いや農園か? を作るように進言しよう。ここの野菜や薬草などのカブを移せばよい」
「そこまでしてもらうわけにはいかないわ」
ノワールがエルファーレン国王に進言するほどの立場であることは、言葉の端々で伺える。だが、ノワールにそこまで借りを作るわけにはいかない。
「それにね……一晩考えていて思いついたことがあるのよね」
「何だ?」
「秘密!」
むうとノワールが不満そうに唸るので、カテリアーナはクスクスと笑った。
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