3章-2
本来、貴族の令嬢が社交界デビューする際は親か婚約者がエスコートをするものだ。兄がいれば兄がエスコート役を務める場合もある。
カテリアーナには婚約者はいない。そして、兄である王太子はエスコートを拒否した。父もだ。
エスコート役を募集したのだが、『取り替え姫』のエスコート役を買って出る貴族はいなかった。見かねたストリングスが息子をエスコート役にと申し出てくれたのだ。
「こちらの大広間が会場となります」
ここまで案内をしてくれた侍従は、カテリアーナをじろじろと眺めている。その視線に気づいたアイザックが侍従を睨む。
「王女殿下に対して無礼であろう」
「いいのです、アイザック卿。ここまで案内ご苦労様でした」
カテリアーナは侍従を労う。侍従はつんとすました顔で一礼すると、元来た道を戻っていった。
「殿下はお人が良すぎます」
「そんなことはないわ。心の中では舌打ちしているのよ」
ふふと微笑むカテリアーナにつられて、アイザックも微笑む。
ここでカテリアーナが下手に侍従を注意すれば、エスコート役のアイザックの立場も悪くなる。王女の思慮深さにアイザックは感心させられた。
カテリアーナは王太后クローディアに、幼い頃から徹底的に王族としての在り方を叩きこまれている。王族は頂点に立つ者であるが、だからといって、下の者に高圧的な態度をとっていいわけではない。
常に人に対して労いや思いやりを忘れないこと。悪いことは諫める。当たり前のことだ。しかし、必ずしも人は正しいことを行うわけではない。
王族は頂点に立つ者として、国民のお手本になる責任があるのだ。
カテリアーナは祖母にそう教わった。
アイザックは在りし日のクローディアを思い出し、カテリアーナにその姿を重ねる。
「殿下は王太后陛下に似ておられます」
「最高の誉め言葉ね」
大広間の扉が開くと、中の人々は一斉にカテリアーナに注目する。
「『取り替え姫』だ」
「まあ、怪物のようなお姿かと思いましたが、お美しいのね。まるで人形のよう」
「しかし、国王陛下にも王妃殿下にも似ていらっしゃらないな」
ひそひそと貴族が囁く中、カテリアーナはアイザックにエスコートされ、ゆっくりと歩む。
やがて玉座に辿り着くと、カテリアーナは跪く。玉座には国王と王妃、両サイドに王太子と第一王女がいるからだ。
社交界デビューする貴族の子女はこうして王族に謁見をするのだ。第二王女であるカテリアーナはこのまま玉座まで国王に招かれるはずなのだが、一向にその気配はない。
「面をあげるがよい。カテリアーナ、めでたき成人の儀に良い知らせがある」
「何でございましょうか?」
国王は立ち上がると、大仰に両手を広げる。
「皆にも聞いてほしい! 第二王女カテリアーナはエルファーレン王国国王フィンラス殿の下へ嫁ぐ」
「え?」
父は何を言っているのか? 一瞬、カテリアーナは父の言葉を理解できなかった。
エルファーレン王国へは賓客として赴くのではないのか?
ノワールはカテリアーナが成人したら、エルファーレン王国へ招待すると言っていた。だとすれば、かの国から招待状が届いたのではないのか?
カテリアーナが混乱している中、なおも国王は言葉を続ける。
「カテリアーナがエルファーレン王国へ嫁ぐことで両国の架け橋となるであろう!」
会場から盛大な拍手があがる。
◇◇◇
夜会の後、カテリアーナは父に面会を求める。
執務室にとおされたカテリアーナを待っていたのは、家族の嘲笑に満ちた顔だった。
父と姉はともかく、母と兄に会うのは実に十三年ぶりだった。しかし、全く懐かしさを覚えない。幼い頃に虐げれた記憶しかないからだ。
「何用だ? カテリアーナ」
「おとうさま……いいえ国王陛下。エルファーレン王国へ嫁ぐというのはどういうことでございましょうか?」
ワイングラスを片手に父は冷たい視線でカテリアーナを射抜く。カテリアーナは怯むことなく父の視線を受け止める。
エルファーレン王国へ招待ではないのか? という問いかけはしなかった。そもそもカテリアーナが成人したら、エルファーレン王国へ招待するというのはノワールとの約束だからだ。
「そのままのとおりだ。お前は一か月後にエルファーレン王国へ嫁ぐのだ」
「良かったわね。わたくしも同じ時期にオルヴァーレン帝国へ嫁ぐことが決まったの。グリージオ様はそれは素敵な方よ。エルファーレンの国王は怪物のような姿らしいけれど、『取り替え子』のおまえにはお似合いかもしれないわね」
アデライードはクスクスと笑う。その顔は優越感に満ちている。
「アデライードはオルヴァーレン帝国へ。カテリアーナはエルファーレン王国へ。国益のためだ」
「王女として生まれたからには政略結婚は当たり前ことです。わがままは許しませんよ、カテリアーナ。ああ、『取り替え子』のお前は故郷に帰るかしら?」
王太子の兄と王妃である母は十三年ぶりにカテリアーナに声をかける。侮蔑がこめられた言葉は妹に……娘に対してかけるものではない。
「そうそう。夜会のドレスは素敵だったわね。アイザック様の贈り物かしら? わたくし気に入ったわ。あのドレスをわたくしにちょうだい。装飾品もすべてよ」
あれはノワールからの大切な贈り物だ。いくら姉の頼みといえども渡すわけにはいかない。
「それはできません。あれはわたくしの大切なものなのです!」
執務室にパシッと高い音が響く。
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