3章-1
十六歳になったカテリアーナは社交界へデビューをする。
ラストリア王国の成人年齢は十六歳だ。成人した王族、貴族の子女は社交界へデビューする。
デビューする場所は王宮で開かれる夜会だ。その夜会は今夜行われる。
夜会にはカテリアーナも出席するようにと、国王である父からの命令がきたのが一週間前のことだ。
しかし、夜会用のドレスも装飾品もカテリアーナは持っていない。
祖母の形見のドレスと粗末なワンピースを数着持っているだけだ。
「困ったわね。おばあさまのドレスを仕立て直ししようにも時間がないし、どうしたらいいかしら?」
部屋の中を逡巡しながら、うろうろ歩き回っているとノワールがひょっこりと現れる。
ラストリア王国で人語が話せないノワールとはいくつか合図を決めている。前足をくいとあげるのはついてこいということだ。
いつもの石壁からエルファーレン王国へ渡る。
「家の中に贈り物が置いてある」
「え? 贈り物?」
家の中に入ると、衣装箱がいくつか置かれていた。
「開けてみろ」
ノワールに言われたとおり、衣装箱を開けるとドレスが入っている。
「まあ、これはドレス? なんて美しい」
衣装箱に入っていたドレスを取り出したカテリアーナはその軽さに驚いた。ドレスは様々な材料が使われているため、普通は重いのだ。
ドレスは白いふわっとした不思議な生地だ。スカート部分には花の刺繍がふんだんに施されている。背中の部分には花のコサージュがついたリボンがついており、何とも美しいエンパイアラインのドレスだ。
他の衣装箱には靴と装飾品が入っていた。ドレスに合わせた花のティアラにカテリアーナの瞳のようなエメラルドのネックレス。靴は花の飾りがついているシューズベルトで結ぶタイプで、可愛らしいデザインだ。
「今夜の夜会で着るドレスや装飾品は用意されていないのだろう? これらを身に着けるといい。カティへ俺からの贈り物だ」
「でも、こんな高価な品をいただくわけにはいかないわ」
「ならば貸しということしよう。エルファーレン王国へ来る際にお返しをしてくれればいい」
「分かったわ。いつかエルファーレン王国へ行った時には働いてお返しをするわ。ありがとう、ノワール。正直困っていたところなの」
カテリアーナはノワールの好意を受け取ることにする。
「ところでエスコート役はいるのか?」
「ええ。王国騎士団長のご子息がつとめてくれるらしいわ。元わたくしの護衛騎士だった方よ」
王国騎士団長はストリングス侯爵家の当主である。ストリングス侯爵家の次男であるアイザックは離宮でカテリアーナの護衛騎士をしていた。
塔に閉じ込められてからは彼の消息は聞いていない。それどころか離宮に仕えていた使用人たちがどうなったかもカテリアーナは知らない。
先日、カテリアーナ宛にアイザックから手紙が届いた。手紙には自分がカテリアーナのエスコートをすること、今は騎士団で働いていることなどが書かれていたのだ。手紙を読んだ時は彼が無事であることにほっとした。
「そうか」と一言だけ呟いたノワールの声は不機嫌そうだった。
◇◇◇
四年ぶりに北の塔から王宮への渡り廊下が開かれた。今夜はカテリアーナの社交界デビューの日だからだ。
着替えを手伝ってくれる侍女やメイドがいないので、カテリアーナは鏡を見ながら自分で支度をしたのだ。鏡は塔の物置部屋から引っ張り出してきた。全身が写る鏡なのでドレスを着る時に役に立った。
化粧品もノワールが用意してくれたのだが、今まで化粧の仕方を習ったことがないので紅だけさした。
エスコートをするため、北の塔までカテリアーナを迎えに来たアイザックと見張りの兵士は渡り廊下に出てきたカテリアーナを見て、息を飲む。
四年ぶりに再会したカテリアーナの姿があまりにも美しいからだ。
「久しぶりですね。アイザック卿? どうかされましたか?」
「あ、いいえ。失礼いたしました。美しく成長されましたね、カテリアーナ王女殿下。王太后陛下がご覧になられたら、さぞや喜ばれたことでしょう」
アイザックは『取り替え姫』ではなく、今もカテリアーナのことを王女殿下と呼んでくれる。
「おばあさまはきっと天からご覧になっていらっしゃるわ」
「そう……ですね。では参りましょうか。まもなく夜会会場への入場が始まります」
差し出されたアイザックの腕にカテリアーナは手を添えて歩き出す。
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