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003.『世界が違う、文字通り』

「居た」


 リィンが立ち止まる。吊るした細身の剣と背負った『何か』から聴こえていた、ガチャガチャと金属が擦れ合う音が無くなる。


 そこは俺が寝ていた平石から、そう遠くない位置であった。この生い茂る不気味な木々の中で随分と開けた場所で、俺は森を抜けたのかと一瞬思ったのだが違う。


 周りの木々が薙ぎ倒された跡があり、開けたというよりは無理矢理開かされた場所であった。


取り憑く犬(ホーントハウンド)か……多い」


 視線の先には霞んだ黒茶の毛皮を持つ、犬とも狼ともつかない獣がいた。犬と呼ぶには可愛げがないし、狼と呼ぶには歪な身体つきをしている。その数は、既に地面に倒れ伏している獣もいるが、優に十匹を超えている。

 低く、歪んだ唸り声を上げて、今眼前の獲物に喰らい付こうとしている。その顔は何とも醜悪だ。


「リィンちゃん!」

「ごめん、アリス。遅くなった」


 その襲い掛かる獣と対峙しているのが、一人の女の子だった。


 肩まで切り揃えられた薄桃色の髪に、金色の縁の片眼鏡を付け、垂れた瞳は夜明け前のような少し暗い青色をしている。

 ゆったりとした桃色の上着とは対照的に下に履くズボンは短く、健康的な太腿が露わになっている。

 それよりも目を引く物が二つある。


「ううん、全然大丈夫だよー」


 アリス、と呼ばれたその子が此方に向かって片手を大きく振る。その手の動きに合わせて動く、二本の兎耳が頭部にはあった。仮装ではよく見かけるものかもしれないそれは、コスプレ的な違和感も無く、頭の薄い桃色の髪と同じ色をしたふわふわの毛皮に覆われている。

 

 ますます、ファンタジーという単語か現実的になる。


「それに、皆もいるしねっ」


 そしてもう一つは彼女を囲む、生き物達の群れである。

 白い体躯の蜘蛛、四本足の鴉、蠢く緑色の不定形(スライム)、挙げ句の果てには小柄だが空飛ぶ翼を持つトカゲーー(ドラゴン)、という奴か!

 個体差はあれど、アリスを守るように幼竜が前面に、鴉が上空に、白い蜘蛛が真横に、そして不定形が足元に、とそれぞれの役割を果たそうと構えている。


 ふとそのパーティの外側を見ると何故か数匹、今彼女を囲んでいる筈の取り憑く犬が、まるで仲違いするように相対している。一体、どういう事だ?


「『おいで、おいで(ラビッシュ)』!」


 その疑問はすぐに解けた。アリスはまるで、猫が手招くような仕草で向かい合う獣に微笑みかけながら、甘いキャンディを溶かしたような声で言葉を紡ぐ。

 するとまるで魔法にかかったようにまた一匹の獣が、桃色の光に包まれてーー襲う筈の暴漢が守る騎士になったかのような厳かさで味方に加わる。


「アリスは『魔物使役士(モンスターテイマー)』」

「『魔物使役士』?」

「魔物を味方に付け、時には操り、鼓舞する職業。『おいで、おいで(ラビィッシュ)』は一時的に魔物に命令を効かせる事の出来る魔法」


 俺の疑問に応えるように、リィンは呟く。魔物という存在、職業という在り方、そして魔法。まるで自分が夢の中にいてよくあるゲームの冒険記を見ているようだ。


 だが取り憑く犬の口元から覗く、不自然なまでに尖った牙と鋭利な爪は見間違う事無く、今まさに飛び掛かった敵の獣と、アリスが味方に付けた獣との同士討ちはあまりに生々しく、むせ返る血の匂いにくらくらとした。


「でも数が多い、早く片付けないと」


 見ていても劣勢に追い込まれている訳では無かった。味方にした獣をけしかけ、その攻勢を掻い潜ってアリスを狙おうとした者には白い蜘蛛が糸を巻きつけ、鴉が羽ばたき、不定形が蠢き、竜が伸し掛かり、上手くいなしているように見える。


「てやー、ありすきっく!」


 可愛らしい声とは裏腹に、味方の獣が倒し損ねた手負いの獣に蹴りを叩き込んで、蹴り飛ばすその飛距離には驚いた。殺しに掛かっているとは言え、ぎゃいんと声を上げて木にぶつかって動かなくなる獣が可哀想になるくらい。なかなかに攻撃的だ。

 ただ守られるだけではない、彼女のフットワークも軽い。決して足を止める事はなく、全体を見回しつつ、上手く敵の攻勢を流している。


「全然問題なさそうに見えるけど」

「……マコトは何も知らない。此処は『憐れみの魔術師の森』、いわば敵地の真ん中。いつ新手が来るか分からない」


 時間をかければ安全に対処出来る、けれども時間を掛けたくないということか。確かにこんな獣が大量に現れる視界不良の森の中では、幾ら命があっても足りないように思える。


「リィンちゃん、ごめんね、手伝って欲しいなー!」

「任せて。マコトは下がって」

「な、なぁ、リィンも『魔物使役士』なのか?」


 助けを呼ぶ、にしては緊張感の無いアリスに応えるように歩を進めるリィンは、


「違う」


 一度も此方を振り向く事なく、一言呟いた。


「ボクはーー」


 目には見えない力が、リィンの体から溢れるのが分かった。まるで熱源で空気が歪むように、リィンの周りの空気が歪んだように錯覚した。

 風も無いのに純金の髪がはためき、魔力を使うとそうなる仕様なのか、闇夜のようなローブにぽつりぽつりと輝きが点る。まるで満天の星が彩る夜空のようだ。


「肉の鎧を捨てたもの、ボクの呼び声に応えよーー『骸骨は骸骨に(ボーンリボーン)』」


 リィンの発声を切っ掛けに、目の前の湿り気のある腐葉土が盛り上がる。がりがり、かちゃかちゃと硬い物が擦れ合うような音を立てて、何かが地面から突き出るーー骨だ。それも恐らく、人間の。


 突き出た真っ白い手はゆらゆらと誘うように揺れ、地獄から吐き捨てられたように次々と地面から這い出てくる。何も見ることの無い眼窩の闇が覗く、と俺は思わず一歩後退りをした。


 十体余りの骸骨(スケルトン)達はだらんと両手を垂らして何も言わずに、リィンの前へと並ぶ。


「死してなお生きよ、汝の名は不死なりーー『不死の呼び声(リビングデッドコール)』」


 間髪入れずにもう一度リィンが高らかに叫ぶと、広げた掌から湧き上がった黒い霧が一陣の風のように吹き、それに触れた取り憑く犬達の死体がーーあるものは頭が噛み砕かれ、あるものは後脚が曲がり、またあるものは腹部を切り裂かれーーもう動ける筈のない死骸達がゆっくりと起き上がる。


 その目は澱み、虚空を見つめている。生気は感じられない。


「ボクはーー『死霊術師(ネクロマンサー)』。死者を安寧から叩き起こし、生者を葬列に加える、忌み嫌われる外道」


 真っ白な骸骨達を侍らせ、死体であった獣達を従えて、彼女は初めて、酷薄に笑った。

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