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025.『それから数日が経ち』

「マコトくん、まだいけるー?」

「はぁ、はぁ……いや、もうヘトヘトだよ……」


 アリスの催促の声。身体が酸素を取り込もうとするのを抑えながら、俺は息も絶え絶えに答える。


 身体中から吹き出る汗が、少しだけ煩わしい。


「ふふふ、もう少しだけ、ねー?」

 しかしアリスは動きを止める事を許してはくれなかった。俺の返事を聞いてなお嗜虐的に笑い、自身のペースを早めた。


 そんなアリスに思わず情けない声を上げる。


「うう、きつい……アリス、無理だって」

「頑張れ♪ 頑張れ♪」


 上下に小刻みに揺れながら、煽ってくるアリス。その声が何処か嬉しそうで、何とか見返してやろうと思う。しかし酷使した膝がガクガクと笑っていたのが自分でも分かった。もう、無理だ。


「ダメだ、限界だ……!」


 額から流れ出る汗を拭う事も出来ないくらいに精も根も尽き果てた俺は、ゆっくりとその動きを止めた。荒く息を吐く。動きを止めた所で発汗は止まらない。


 新鮮な空気を必死に取り込もうとする俺に、アリスがゆっくりと近寄ってきた。


「マコトくん、急に止まると危ないよー? 少しでもいいから、ほら、歩いて」

「うう、分かった」


 アリスの助言に、徐ろに立ち上がって歩き出す。昔、体育教師が同じような事を言っていたのを思い出した。実に遠い記憶だ。

 同じ距離を走ってきたというのにまだまだ平気そうなアリスを見て、俺は自分の体力の無さを情けなく感じる。


 初めての依頼をこなしてから、二十日目の朝の事だった。


 俺を冒険者として鍛える為に、リィンもアリスも協力してくれていた。死霊術師(ネクロマンサー)魔物使役士(モンスターテイマー)という、変わった職業の二人だったが、考えは一緒だった。


 冒険者には一にも二にも体力が必要だ、と。


 学生時代は運動部に所属していた覚えはあるが、社会に出てからは通勤以外で運動する機会は無かった。

冒険者となるにはまず体力作りから始めなければならないと痛感した俺は、


「私と一緒に走るー?」


 というアリスの提案で、ファスタリアの周りを定期的に走り込むことにしたのだった。


「でもマコトくん偉いよー? 少しずつ走れる距離が伸びてるよー」

「はぁ、はぁ、それは嬉しいけど」


 初日は一周するのですらやっとだったが、一日、二日と経つに連れて少しずつ身体が楽になってきたのを感じ、周が増えていく事で体力が付いてきたのは実感する。伴走してくれるアリスにはまだまだ遠く及ばないが。


 疲れた体を引き摺るように歩く俺の前に回り込むアリス。運動用の薄手の服と短いズボンを身に纏った姿は軽やかだ。まだまだ体力に余裕があるようで、膝を高く上げながら上下に足踏みをするように走っている。健康的な太腿が眩しい。


「こういう地道な事が、後で自分の命を助けてくれる訳だよー」


 うんうん、と頷きながら器用に後ろ向きに走るアリス。軽い口調とは裏腹に、言葉には冒険者としての実感が込められているように感じた。


「後ろ向きで走ってると、転ぶぞ?」

「ふふふ、大丈夫だよー、マコトくんと違って鍛えてる訳だし」


 ドヤ、と自慢げにしていたアリス。そうかもしれないが、と口に出そうとした時、いきなりアリスが体勢を崩し掛ける。


 おい、言った側から!


「きゃぁ!?」

「おっと!」


 転びそうになるアリスの腕を掴む。反射的に手が伸びた自分を褒めたい。先程までとは違う冷や汗がぶわっと吹き出たのが分かった。


「だから危ないって、言っただろ……」

「う、うん、ありがとねー」


 掴んだ勢いのまま抱き寄せてしまったかは、アリスの顔がいつもより近い。


 少し暗めの、夜明け前の空のような瞳は吸い込まれてしまいそうな程に深い。血色の良い健康的な肌はシミ一つ無く、張りがあるように見えた。薄桃色のふわ毛で覆われた耳がピン、と立ち上がっているのは驚いたからだろうか。


「ちょ、ちょっとマコトくん……?」

「ああ、ごめん、掴んだままだったな」


 気付けば腕を掴んだまま暫く見つめ合ってしまった。居心地悪かったに違いない。


 慌てて手を離すと、ぱたぱたと自分の手で顔を仰ぐ素振りをしながらアリスは笑った。


「ふふ、何だか変な汗かいちゃったよー」

「俺もだよ、気を付けてくれよ?」

「ごめんねー、兎も道で転ぶ、というやつかなー?」


 少しばかり頬が赤らんでいるようにも見えた。普段は卒なく立ち回るアリスだが、不意にこういうやらかしを見せて、その度に俺をあたふたさせる。


 流石に懲りたのだろう、俺の前を後ろ向きに走るなんて事はせず、アリスは素直に俺の横に並んで道沿いに歩き出した。


 暫くお互いに無言で歩く。早朝の少しばかり冷えた空気が、火照った身体には気持ち良かった。


「ほら、マコトくん」


 アリスは腰に付けた異空間収納箱から水筒を取り出して渡してきた。蓋を取ると直接口を付けるタイプの水筒の中身は、アリス特製の冷たいハーブティーだ。喉が乾いていた俺は何も考えずに口を付ける。


 濃い目に煮出したハーブティーは、一緒に入れられた氷で冷やされて程良い濃さになっていた。柑橘系の香りが心地良い。

 俺の異空間収納リュックだと淹れた状態で時間が止まってしまうから、こういう時は普通の異空間収納箱の方が使い勝手が良い。


「ありがと、アリス」


 思わず一気に飲み干してしまいそうになるが、ぐっと堪えてアリスに返す。俺が先に口を付けてしまったが、気にせずアリスも水筒の中身を嚥下する。


 ごく、ごく、と鳴らすごとにその細い喉が微かに動いて何とも艶かしい。


「ふはぁ、冷たくて美味しいねー」

「だな、アリスのハーブティーは絶品だよ」

「ふふ、有難うー! 自分でも拘って調合してるから、美味しいって言ってくれると嬉しいねー」


 嬉しそうに微笑むアリス。今までこういった種類のお茶を飲む機会が無かったが、素直に美味しいと思う。それに薬草やら色々な効能のある果実などを混ぜているらしく、走り疲れた身体に体力が戻ってくるような気さえした。


 ……怪しいもの、入ってない、よな?


「この後はリィンちゃんとの稽古だよね?」

「ああ、冒険者ギルドの訓練場でね。まだあの独特な空気には慣れないけどな」


 訓練場は使用したいという旨を受付に伝えれば、無料で貸してくれる共用スペースだ。初めての依頼がその訓練場の砂を総入れ替えする事だったが、それから何度か足を運んでいる。


 走るだけならば何処でも出来るが、武器を使用した訓練は冒険者ギルド側としても訓練場を使うようにと推奨されている。幾ら訓練用の刃引きした武器を使うとは言え、人目に付く場所で立ち回っていれば変な誤解を受ける。


 だから冒険者、特に駆け出しのものは空き時間を見つけると素振りや実戦稽古、また仲間との連携を見つける為に足繁く通っているのだ。


「周りから見られながら稽古するのは、やっぱり緊張するよ」

「あー、新しい冒険者だと皆物珍しいからねー。しかも教えてるのがリィンちゃんだと、余計にねー?」


 そう、共用スペースという事は他にも利用者が周りに居るという事で。武器を握ってまだ一ヶ月にも満たない素人な俺が、誰かの前で訓練しているというのが少しだけ恥ずかしく感じるのだ。


「そういうのは慣れしか無いよー。私達とパーティ組んでる以上はどうやったって目に付くだろうしー?」

「色んな意味で有名人だからな、リィンとアリスは」

「ふふ、マコトくんもその内そうなるんだからねー? 今は周りの目なんか気にしないで、しっかりリィンちゃんにしごかれてくるんだよー?」

「……善処するよ」


 確かにアリスの言う通り、格好付けてても仕方ないしな。リィンが口数少ない分、アリスはしっかりと言葉にしてくれるのは有難かった。


「それじゃ、私はもう少し走ってくるよー」

「ああ、また明日も宜しくな。気を付けてな」

「……ふふ、心配有難うねー。マコトくんも頑張ってねー?」


 一瞬、きょとんとした顔で俺を見たが、すぐに笑みを深めたアリス。まさか自分が心配されるとは思わなかったのだろうか。兎の耳がぴょこぴょこと跳ねるように動いているのが見えた。


 また後でねー、と大きく手を振るアリスの笑顔は、今まさに昇りかけた陽光に照らされて、太陽のように煌めいていた。



 ◆◇◆◇



 振り下ろされる攻撃を、手に持った木剣で反射的に受け止める。中に鉛の芯が入った木剣はずしりと重く、しっかりと握っていないと衝撃で弾かれてしまいそうだ。

 歯を食い縛る。両腕に力を込め、力任せに押し返す。相手の体勢が崩れたのを好機と思い、その痩身目掛けて木剣を振り抜く。


 ばきり、と鈍い音がした。


「……なかなか」


 抑えられた声色で、リィンはぽつりと呟いた。


 打ち据えた骸骨兵(スケルトン)の背骨が剣撃で不自然に曲がり、そのまま動きを止めていた。リィンが「再構築(リビルド)」と呟くと紫色の光が骸骨兵の体を包み、元の姿に戻る。骸骨兵は何の痛痒も感じていない、といった具合に立ち尽くしていた。


「ふぅ」


 一息付く。じっとりと背中にかいた汗で、服が張り付いて居心地が悪い。


 ふと周りを見渡すと、互いに向き合って武器をぶつけ合っている冒険者達の姿が見えた。ベテランの冒険者が、まだ若い新人冒険者(ルーキー)達に指導をしている姿もある。


 骸骨兵と打ち合っている俺を奇異の目で見てくるのはもう仕方ない。鈍器を構えた、如何にも聖職者風の女性なんかは不審者を見るような目付きですらある。


 冒険者ギルドの訓練場の隅っこで、俺はリィンに剣の稽古を付けて貰っている最中だった。


 もっとも、リィンが普段使用している武器は大型飛竜(ワイバーン)の尻尾の刺を加工した細剣だ。俺が武器にしようと決めた青金蟹の鋏(リッパーニッパー)は片手剣なので、専門という訳では無い。


 ただ武器を持って近距離で戦う事に関しては嫌になるくらいには慣れている、との事で、実戦的に訓練を付ける形を取る事にしたのだ。


「力で押し切るのは、オススメしない。鍛えていないとすぐに握力が無くなる」

「ぜー、ぜー……気を付ける」

「基礎的な体力が付いたら、次は技術的な事も教えていく。技術は、足りない物を埋める為のものでもあるから」


 リィンが召喚した骸骨兵は武器こそ持ってはいないが、なかなかに手強い。勿論手加減する様に命令はされているのだろうが、自分の身に暴力が降り掛かるというのは今まで体験した事が無い。


「でも、動きは最初の頃より良くなってきた。特に最後の一撃は思い切りが良かった」


 リィンがこの稽古を始める前に言っていたのは、慣れる事が大事なのだと。


 武器を持つ事。対峙する事。相手からの攻撃を受ける事。その相手に、武器を叩き込む事。

 暴力を行使する事、そして暴力を行使される事に慣れないといけないのだと。


「もう一回」


 もう今日で何度目になるか、リィンの合図で俺はまた木剣を構える。

 人型をした骸骨兵をこの木剣で叩くも、最初は少なからず罪悪感のようなものがあったが、回数を重ねた今ではもう躊躇いも無い。


 両手で握った木剣の重さが、今やるべき事を思い出させる。


「はじめ」


 ゆっくりと前進する骸骨兵目掛けて、袈裟状に木剣を振るう。大振りにならず、ある程度の余力は残すように。当たる瞬間に力を込めて強く握る。


 鈍い音と衝撃。


 鎖骨の辺りに減り込む木剣。しかし痛覚などを持ち合わせていない骸骨兵は怯む事を知らない、そのまま無造作に右腕を振り被るのが見えた。


 避ける為に後ろに引こうとした時、剣を握った両手に抵抗を感じた。減り込んだ木剣を、骸骨兵が左手で押さえ込んだのだ。無理に引き抜こうとしたが、間に合わないと思った。


「くそ!」


 ただ攻撃から逃れようと無我夢中だった。咄嗟に手を離し、転がるように避ける。


 殴られた痛みが左肩に走ったが、耐える、耐えられる。


 回避する動きに合わせ、薄く敷かれた砂が微かに舞う。距離を離してから向き合うと、骸骨兵は木剣の切っ先を俺に向けていた。


 木剣を手放したのは悪手だったか。いやそれよりも切り掛かったのが不味かったか。踏み込みが浅かったか。真っ白になり掛けた頭の中に、色んな思考が沸いては消える。


 リィンは何も言わずに、じっと見ていた。

 その赤い瞳に、俺は冷静さを取り戻す。


 落ち着け、こういう事もあるかもしれない。いつでも万全の状態で戦える訳じゃない。武器を取られる事も、取られた武器を使われる事もある。そんな時にああしておけば、なんて反省している暇は無い。


 今やるべきなのは、どうやって相手を倒すか。ただそれだけだ。


「はぁ、はぁ」


 木剣を右腕に構えた骸骨兵だったが、か細い骨の腕で持つには重いようでどうにも不安定そうな動きだ。

 俺も先程まで持っていたから分かるが、鉛で重量を増した木剣は振る事でさえなかなかに骨が折れる。筋肉という支えの無い骸骨兵もそれは同じの筈だ。


 一振り、それを躱しさえすれば潜り込める。


 ゆっくり、息を整えるように深く呼吸をする。膝を曲げ、腰を落とし、すぐに動けるように重心を低く構える。


 覚悟は決まった。目の前に立ちはだかる骸骨兵を見据える。


 骸骨兵が、緩慢な動作で近寄る。落ち窪んだ眼窩は何を見ているのか、何を考えているのかは分からない。しかし、何故かそこに何らかの意思の力が働いているように感じた。ただ漠然と動いているだけでは無い、この骸骨兵も俺と同じように考え、学び、実践している、そう思った。


「いいぞ、かかってこい」


 何だかそれがおかしいというか、嬉しいといいうか、ただの骸骨兵なのに何故か奇妙な親近感を覚えて。息も荒く、汗だくで砂埃に塗れながら、俺は笑ってしまった。


 骸骨兵はゆっくりと前進をし、後一歩で切っ先が届く位置で木剣を振り上げる。天井を刺すように持ち上げられた木剣がぴたりと止まる。


 その状態がどのくらい続いたのかは分からない。一秒に満たないのか、十秒近く見つめ合ったのか。でも俺には凄く長い時間そうしていたように感じた。


 そして前動作も無く、振り下ろされる木剣。


 重力と木剣の重さに任せて振られた一撃は、当たり所が悪ければ無事では済まない。


 俺は、その一撃を、後ろに跳ねるように回避した。剣先が目の前を通過する。冷たい汗がどっと吹き出る。


 がつん、と音がした。訓練場の床に木剣が叩き付けられる。それが分かった瞬間、俺は骸骨兵に飛び掛かっていた。


「うおおおお!」


 自然と声が出た。振り下ろしたままで固まる骸骨兵に身体ごとぶつかっていく。無我夢中で腕を回して、そのまま押し倒す。


 砂の敷かれた地面に俺と骸骨兵は倒れ込んだ。木剣やら骨の部位やら色んなところにぶつかって身体中のあちこち痛かった、でもその痛みさえ鈍く感じられた。


 砂に手を付いて起き上がり、骸骨兵の右手に握られた木剣を蹴り飛ばすとそのまま肋骨の辺りに馬乗りになる。骨の腕を両足で挟み込む形で押さえ込む。


 額から吹き出た汗が、ぽたりと砂の上に落ちた。


 何の動きもしなかった骸骨兵の頭が、傾げるように動き、口元が僅かに開いた。まるで負けたよ、降参だ、と笑ったかのようにも見えた。


「そこまで」


 リィンの静止の声。俺は溜め息にも似た深い息を吐いて、骸骨兵の上から起き上がる。

 畳まれた布が目の前に突き出され、俺は有難くそれを受け取って顔を拭う。


「最初の一撃、悪くは無い。押さえられたのも、武器を手放すのも良くない事だけど、判断としては間違って無い」

「頭の中が一瞬パニックになったよ」

「でも、その後の切り替えは良かった。目付きが変わった。覚悟を決めた後からの集中を忘れないで」

「ああ、分かった」


 戦闘の熱が冷めると、思い出したように身体中が痛い。汗を拭ったついでに服に着いた砂を払っていると、微動だにせず横たわる骸骨兵の姿が気になった。

 今までも何度も同じように訓練をしていたが、今日召喚された骸骨兵は途中から何故か変わったように思えたのだ。


「ほら」


 何の気無しに、手を差し伸べる。リィンに寄って仮初の生を与えられただけ、の骸骨兵だ。そこに何の意思も無い筈だったが、何故か俺は労いたくなった。

 今まで何の反応も示さなかった骸骨兵が、ゆっくりと俺の差し出した掌の上にその右手を重ねる。ぐっと引っ張るとよろよろと立ち上がった。


「その子、知性が生まれた」

「ん?」

「ボクが召喚した骸骨兵は基本的に命令を聞くだけ。でもたまに、学習する知性が芽生える時がある」

「ああ、だからか。今まで木剣を掴まれるなんて事も、木剣を使うなんて事も無かったからな」

青金蟹(インガバラット)のような唯一(ユニーク)とは違う。上位個体(ハイクラス)、また精鋭(エリート)と呼んでる。因みに屋敷にいる給仕兼警備(ハウスキーパー)の骸骨兵達も皆、そう」

'

 骸骨兵を手招きで呼び寄せたリィンは、じっと骸骨兵を見据える。


「今までは強い魔物と戦った時が殆どだった。マコトとの特訓が良い刺激になったのかもしれない」

「はは、なんか俺と一緒に成長してるみたいで嬉しいな」

「このまま継続して、マコトの相手をして貰う。そっちの方が良いかもしれない。この骸骨兵に負けないように、マコトも頑張って」


 いつもならば稽古の終わりにそのまま昇天させていたのだが、思わぬ稽古相手が出来たな。当の骸骨兵は何も言わずに佇んでいるが。


「でも、どうやって屋敷まで連れて行くんだ?」

「それには良い案がある」


 隣に近付いたリィンが、右手を下に下げる素振りを見せる。しゃがめ、という事だろうか。周りの冒険者には聞かれたくない事なのかもしれない。


「……今、めちゃくちゃ汗臭いぞ」

「問題無い」


 気にしないという事ならば俺も気にせず、砂に膝を付いて姿勢を低くする。リィンが俺の耳にそっと口元を寄せた。


 付けている香水の、薔薇のような甘い香りがふわっと漂う。リィンに触れる時にいつも香る、この匂いを好ましく思うようになってしまった。


「マコトの……で、……して欲しい」


 他の人に聞こえないように、囁き掛けてくる。押さえられた声と共に吐息が耳朶に当たり、背筋が気恥ずかしさやら何やらでぞくっとした。


「どう、分かった?」

「うん、リィンは良い匂いだよな」


 間髪入れず、ばん、と背中を叩かれ、勢いのまま地面に突っ伏しかける。


「だ、大丈夫、ちゃんと聞こえてたよ」

「なら、いい」


 つん、と澄ました顔で離れるリィン。


 出会った時は何処となく距離を感じていたが、今ではこういう風にコミュニケーションが取れるようになったのは良い事だよな。


 自分の背中ながらめちゃくちゃ良い音がした所為で、周りの冒険者が俺達の方を見ていた。白けたような視線と、物凄い形相の視線とが半々。


 あまりの気まずさに、お互い顔を見合わせてしまった。どちらとも無く、苦笑が溢れる。


「……控え室、行こ」

「……そうしよう」


 骸骨兵を引き連れて、俺達は訓練場を後にする。


 リィンの提案した内容は俺の予想も付かない事だったが、骸骨兵を屋敷まで運ぶ事も出来て結果として成功したのだった。

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