001.『目覚めより最低な事』
「……、……る?」
意識が、ゆっくりと覚醒する。
深く、深く沈んでいた意識が、水底から引き上げられたかのような感覚。
悪い夢を見た後のような、いや、見たのは悪い現実だったのかもしれない、とにかく後味悪い感じに倦怠感と疲労感も足されて四肢の末端にまで伸し掛かっている。
目を開けるのも億劫だ、と思いながら、頬に触れる冷たく硬い感覚で自分が何か硬い床の上で、四肢を放り出してうつ伏せになっている事を知る。
「……して、……ない?」
何か、聞こえる。
囁くような、呟くような、その音は人の声で。しかし何を話してるのか、覚醒直後の虚ろな頭ではよく分からない。
よく分からない、が、知らない人が近くにいるのにこのままでいるのは失礼というか恥ずかしい、気がする。そういう事は分かる。
こんなに無防備なのは、連勤明けの自室の部屋の中だけで充分だ。
「……っぱり、……き、てる?」
気怠さに身を委ねていると、ゆさゆさと、何者かに体を揺さぶられる。掌が触れられた所が、やけに冷たい。
というか、何故か全身ずぶ濡れだという事に気付く。肌に着ているものが張り付く感触を感じる程には意識が戻ってくる。
いやいやそれよりもまずは起きなくては。頼りない四肢へと力を込める、と、
「……殺してあげた方がいいかな」
「はぁ!?」
酷く物騒な事を言われ、ゆっくりと起き上がるつもりが思わず跳ね起きる。
そこには、
「あ、生きてた」
――見惚れてしまう程、美しい、子供が居た。
本物の黄金で作られた糸なのかと見間違うほどに美しく、艶やかな金髪は黒に染まったローブによく似合う。まるで夜空に無秩序に流れる星屑のような印象を与える。
白磁の器のような、吸い付きそうなきめの細かい柔肌はただただに白く。
此方を見据える、双眸は赤く、整った顔立ちはまさに、絵画の中から飛び出してきたかのような造形で。ぞくりと背筋が震える、一種の恐怖すらあった。
「……何?」
「あ、いや……」
低くぼそりと呟く彼女はーーいや、彼なのかも知れないーー仏頂面で、何を考えているのか分からないが、まじまじと此方を見ている。
あまりの真っ直ぐさに、思わず目をそらし……そこで初めて、自分の置かれている状況、もとい現実を目の当たりにする。
「あのさ」
「うん」
「ここ、何処なのかな」
鬱蒼と生い茂る木々。見た事の無い枝の曲がりと、葉の形をしている。葉の隙間から見上げる空は変わりが無いとは思うが……。
視線を下にやると、俺は平べったい大きな石の上にいて、どうやら寝ている俺をわざわざ起こしてくれたようだ。
遠くなのか近くなのか、獣の遠吠え、鳴き声、唸り声、に身動ぎする。聞いたこともないそれらは、声の主がどんな生き物なのかも想像も付かない。
「少なくとも、あの世では無い」
「そう、なんだ」
真顔で答えたその子は、少し眉根を寄せて怪訝そうな顔で見てくるが、仕方ない。というか、顔が近い。
あの世では無い、そしてこの子は天使の御使いでも悪魔の手下でも無いとするからば、俺はこんな所にどうしているのだ。
自分はさっきまで、と考えてーー
「あのさ」
「うん」
猛烈に頭が痛い、物理的にではなく。此処が何処が、とか、さっきまでいた場所は、とかそんな事よりも根本的な事を知らない、いや覚えていない。
ああ、絶望的な時、人間は笑うしかないって本当なんだって思いながら、苦笑いを浮かべながら尋ねる。
「なぁ、俺は、誰なんだろう?」