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018.『青金蟹の鋏』

「ーー『武装顕現(サモン)』」


 俺の口から呟いた言葉は、前と違う響きがあった。


 正面に伸ばした右腕を伝って瑠璃色の指輪に辿り着いた魔力が膨れ上がる。鈍く輝く指輪から漏れ出した瑠璃色の光の粒子が、俺の掌の下に集まり、ゆっくりと何かを形作る。


「これは……」


 重力に逆らい、空中を漂うそれは、一本の剣であった。


 瑠璃色の刀身は、正しく青金蟹の鋏だった。大きく膨らんだ不動指では無く、断ち切る用の可動指の部分を使われているようで、湾曲はしているものの細めに仕上がった刀身になっている。

 その為、剣としては珍しく反り返った内側に刃が付いている。昔に見た漫画で逆刃刀、という内刃の刀があったが、それに近い感じだ。


 鍔は無いのだが、刃の根本の部分が出っ張っている。刃側で受け止めた攻撃がそのまま滑って握り手を傷付ける、という事態は起こらなさそうだ。


「これが、マコトの契約の恩恵……」

「蟹さんの鋏を使った剣かー、綺麗だねー」


 二人はまじまじと中空の瑠璃色の剣を見つめる。俺は一つ息を吐いて覚悟を決めると、その柄を握り締めた。


 ずっしりと重い。しかし何処か手に馴染む重さだ。握り手がまるでぴったりと測ったかのようにしっくりくる。


 柄の素材まで青金蟹の素材で作られたそれは、全長が百二十センチメートル程で、両手でも片手でも使えそうだ。


青金蟹の鋏(リッパーニッパー)、か」


 自然と、剣の名前が浮かんだ。昨日見た、魔物図鑑の項目にそんな名前があったのを思い出したのだ。


 まるで俺の為にあしらえてくれたかのような瑠璃色の長剣に、愛着が沸いてくる。この工房で色んな武器を見たが、これが一番自分に合っているように感じる。


「規格外だよねー、本当。でもこれで」

「武器は決まった」

「そうだな、この剣に決めたよ。でもこれ鞘も無いし、ずっと持ち歩くのは大変そうだな」


 抜身の長剣を持ち歩くのは、流石に危険過ぎる。場所が場所なら銃刀法違反だ。いや、現代じゃ、例え鞘があったとしても所持してるだけでダメだったか。


「鞘が無いなら作って貰えばいいし、最悪マコトの異世界収納箱にしまえばいい」

「あ、そっか、無理して手で持たなくてもいいもんな」

「……でも、もしかすると召喚と同じ扱いなら、返す事が出来るかも」

「そういえば剣を呼び出す時の呪文も、蟹さんを呼び出す時と一緒だったねー。響きが違ってたような気もするけど」


 アリスの言う通り、青金蟹の召喚とこの長剣の召喚のキーワードは一緒だった。俺が何を求めているか、によって召喚の形態が変わったという事だろうか。

 とすると、リィンの言っていた召喚と同じ扱い、という可能性は高い気がする。『在るべき場所への帰還(リターン)』を使えば、戻す事も可能な気がする。


 しかし召喚と同じ扱いという事は、維持に魔力が掛かるという事か? いや、それよりも大事な事を見逃している気が。


「あらー、ごめんなさいね、私ったら。つい良い素材を目にするとどんな物を作ろうか、考え込んじゃって」

「グレンさん」

「……あれ? マコトの持ってる剣、うちの工房のじゃない、わよね?」


 カウンターにいたグレンが近くまで様子を見に来ていた。大分満足したのか、頬が緩んでいたが、俺の持っている長剣を見るとその表情が固まった。


「マコトの武器」

「ああ、いや、これはそのー」

「なんて……」

「え?」

「なんて、美しいの……!」


 どうやって説明しようか悩んでいると、グレンはいつのまにか近寄っていた。姿勢は前のめりで、青金蟹の鋏を見上げる姿はまるで欲しい玩具を買って貰った時の子供のようだった。


「えええ、何この素材、こんな美しい青を讃えた素材なんて見た事無いわー! 刃の部分が淡く色付いているのも素敵ね、これで鎧を作るのもいいわね! 一体何の魔物の何処の素材を使ったのかしら、マコト知ってる? 剣竜とか……いいえ、違うわね。ねぇ、何の魔物なのかしら!?」

「グレンさん、近い、近いって!」

「片刃なのも珍しいけど、それが内向きっていうのも良いわねー! 砂漠の民がよく使う曲刀は革鎧ごと切れるように選ばれてる訳だけど、この太さ、長さだと魔物との戦闘向きね。この湾曲は素材自体の形かしら? どう、当たってる?」

「わー……また始まっちゃったね……」


 俺達がどんどん引き気味になっていく中で、気にせずぐいぐいとくるグレンの押しの強さに自然と苦笑いが出た。


「ちょっと待ってて! 旦那、旦那呼んでくるから!」


 こちらの返事を待たずに、カウンターの奥の部屋へ入っていくグレン。扉なんて開けっ放しだ。ちょっと落ち着いて欲しい。


「……なんだってんだ、グレン。製造中は呼ぶなってあれ程」

「良いから! 良いから! ちょっときて、ホール!」


 グレンに背中を押されながら出てきたのは、がっしりとした肉付きの小柄な男だった。年季の入った作業着と赤茶色のエプロンは所々に汚れており、白髪が所々覗く鉄仮面を着けたままなのは作業中だったからだろうか。


 ホール、と呼ばれた男はエプロンと同じ素材の皮の手袋を外して、鉄仮面を取る。厳つい顔付きと、鋭い目付きは如何にも頑固な職人という風貌だ。


「……で、何の用だ? つまらねぇ用事なら怒るぞ」

「武器を見て欲しかったの、ホール! いいから、ほら!」

「武器だぁ? 今更何の武器を見ろって」


 俺が持っていた瑠璃色の長剣を目にすると、ホールは言いかけた言葉を飲み込んで、目を大きく開いて固まった。


「美しい……」

「ごめんね、マコト、ちょっと貸して!」


 ぱっと俺の手から鮮やかに青金蟹の鋏を奪う。


「ああ、これは確かに、お前が俺に見せたくなる気持ちも分かるわ……」

「でしょ!? 何の素材か分からないけど、見事な作りよね」


 二人は刀身や握り手をくまなく触り、この素材を活かしたデザインが、だの、切れ味と硬度のバランスが、だのとそりゃもう熱く語り合っている。俺達は完全に蚊帳の外だ。


「いつもこんな感じなんだよー」

「似た物夫婦」

「はは、仲が良いのは分かったよ」


 十数分程、はっと二人は我に返ると、グレンは申し訳なさそうに青金蟹の鋏を俺に返してくれた。ホールは自らの頭を掻き、照れたように笑った。


「……いけねぇ、つい夢中になっちまった。すまんな、兄さん」

「ああ、いえ、大丈夫です」

「自己紹介もまだだったな、俺はホールっていうもんだ、この工房の製造職人をやってる」

「マコトです、宜しく」


 握手を求めるホールの手を、俺は握り返した。触って分かる、ごつごつと岩のように膨れ上がった掌は何十、いや何百と装備を作った職人の手だ。


「しかしあんたの剣、凄いな。武器を作る事に関しちゃ俺も相当長いが、久し振りに感動する品に巡り合ったよ。誰がどういう風に製造したもんなのか、気になるくらいだ」

「そんなに凄いんですか?」

「素材の質も勿論だが、製造技術も極めて高いな。その素材の長所を活かしつつ、手の加える所はきっちり手間かけてやがる。良い腕してやがるぜ」


 腕を組み、辺りに飾ってある武器や防具を見渡すホール。


「製造ってのは一から十まで手を加える事じゃねぇ、その素材の特徴を活かす事で十にも二十にもする、それが職人の仕事だと思ってる」

「私もホールも、それに重きを置いているわ。だからあまり装備に気を遣わない人からの依頼は気が進まないの。拘りを理解してくれないと、大事に扱ってくれなさそうじゃない?」

「ウチで作ってる武器は皆そうさ。質、特徴、バランスを考えて、最終的にその素材がどうなりたいか、どうなれるのか、それを追い求めて作る。だから量産は出来ねぇ一点物ばかりだが、俺はそれでいいと思ってるよ」


 そう語る二人の表情はキラキラしていた。ああそうだ、本当に好きな物を語る時ってこんな風になるんだよな。


「二人にとって、ここに飾ってある装備は子供みたいなものなんだな」

「そうよ! 何処に出しても恥ずかしくない、自慢の子供よ!」

「へへ、良い事言ってくれんじゃねぇか。ああ、それで、今日は何しに?」

「そうだ、鱗鎧を作って貰おうと思って」

「剥がれた鱗だけは持ってきた。後はまた持ってくる」

「お、リィンの嬢ちゃんか。てことは、噂の絨毯大咬蛇のだな。よし分かった、良いもん見せてくれた礼だ、すぐ取り掛かってやるよ」


 ホールはグレンに合図すると、グレンはカウンターの鱗の入った袋を奥の部屋へと運んで行った。


「しかしさっきの剣、刃こぼれや血の跡がねぇな。まだ使用してないのか?」

「まだ。これから」

「何を隠そう、マコトくんは昨日冒険者になったばかりなんですよー」

「ははは、それにしちゃ良いもん持ってやがる。だが冒険者に取って武器防具ってのは自分の命を守るもんだ。金を掛ければいいってもんじゃねぇが、良い物を身に纏うってのは大事だぜ。装備に振り回されてるようじゃ三流だが、装備に拘らねぇ奴は二流だ」


 突き出た腹を震わせながら、豪快に笑うホール。手袋を嵌め直し、仕事に戻ろうとしたが、ふと振り返ってにやりと不適に笑った。


「その剣を使ったら、また感想聞かせてくれよ」

「ああ、また来た時に」

「どれくらい掛かる?」

「とりあえず今の製造を終わらせてから…そうだな、一週間はは見てくれ。サイズも測らないといけないしな、また顔出してくれると助かるぜ」

「その時は使えそうな材料を纏めて持ってくる」

「私もそろそろ新しい服作って貰おうかなー?」

「おう、嬢ちゃん達もいつでも来てくれ。じゃ、俺は作業に戻るから、またな」

「はい、楽しみにしてます」


 グレンに続いて奥の部屋へと向かうホールに俺は頭を下げて見送った。

 変わった二人だったが、その奥に宿る熱意を凄く感じた。あの二人に作って貰うのが今から楽しみだ。


「あのホールがここまで上機嫌なの久し振り」

「マコトくんの事も気に入ってくれたみたいだし、良かったねー」

「かなりインパクトはあったけど、良い人で安心したよ」

「で、その剣はしまわないの?」


 リィンに言われて、俺はまじまじと青金蟹の鋏を見つめる。そうだ、このまま持っていく訳にはいかないんだった。


「『召喚』と同じように試してみようかーー『納める場所への返却(リターン)』」


 また違う響きを持って唱えられた魔法に呼応して、持っていた長剣が擦り抜けるように光の粒子へと変わり、消えていった。


「やっぱり、これも召喚と同じ扱いみたいだな」

「持ち運びに困らないのは良い事だねー。さ、そろそろサルナンさんも起きる頃かな?」

「そうだな、ギルドに戻ろうか」


 俺とアリスが外に出ようとしたが、リィンがぼーっと立ち尽くしていたのに気付く。何か、あったのか?


「リィンちゃん?」

「ごめん、今行く」


 歩き出したリィンに着いていく。その表情はいつもと変わらないが、何処となく思案に耽っているように見えた。


「これからマコトくんの初陣だよ! 気合い入れていこー!」

「ああ、分かったよ、頑張らないとな」

「皆もサポートするから大船に乗ったつもりでね、マコトくん!」

 

 アリスの言葉に背中を押されながら、俺はこれから受ける依頼に想いを馳せていた。

 ギルドの訓練所の砂の運送。リィンとアリスは暴走した魔物の調査と討伐。初めての依頼、無事にこなしたい所だ。


「……召喚と同じ扱い……」

「え? リィン何か言った?」

「何でもない。早く行こ」

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