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016.『サルナンの策略』

 朝の冒険者ギルドは市場のような賑わいを見せていた。昨日訪れた時は日も落ち切っていたのにも関わらずかなり賑わっていたが、その賑わいとはまた違う風に活気付いている感じだ。まだ子供のような年頃の男女が一塊で手にした依頼表を回し読みしていたり、熟練(ベテラン)の風格を漂わせた一団が互いに状態を確認し合ったり。何というか、昨日よりも活気に満ちていた。


 それらの冒険者達を相手に商人達が冒険者ギルドの周りに風呂敷を広げて、保存食だの魔法薬(ポーション)だの、と精を出している。需要と供給なんだろうな。


「凄い人の数だな……」

「依頼は朝に張り出される事が殆ど。だから早めに来る冒険者も多い」

「此処で良い依頼を捕まえられるかで、懐の暖かさも命の安全も違うしねー」


 リィンとアリスは慣れたような足取りで、人混みの隙間を縫うように進んでいく。着いていくのが精一杯だ。


 リィン達の姿を見て昨日のように悪態をつく人がいるかと思ったが、忙しい朝のこの時間に人の事を気にしている余裕はあまり無いようだ。時折朝から嫌な物を見た、とでも言いたげに目を逸らすようにすれ違う冒険者は居たが。


「『死体弄り(グレイブディガー)』じゃねーか、珍しいなこの時間に」

「昨日、新鮮な絨毯大咬蛇(カーペットサーペント)の持ち込みがあって、それがあいつららしいよ」

「ああ……だから愛しのシャルさんが居ないのか……俺は毎朝それを楽しみにこうして早起きしてるのに」

「全く相手にされてないくせに。いい加減、私で手を打ちなって」

「お前とシャルさんじゃ、豚鬼(オーク)魔歌人(セイレーン)の差があるってんだ」

「自分の事を棚に上げてよくそんな事言えるわね?」

「ほらお前ら、夫婦喧嘩は三首犬(ケルベロス)も喰わないぞ」


 何にせよ、目立つ事には変わらない。こんなに天気の良い中でフードを頭から被った黒いローブのリィンと、その装いは兎も角、肩や脚や上空に魔物を従えているアリスは遠目でも目立つ。


「あの後ろについていってる男、誰だ?」

「見た事無いわね、新入りかしら」

「男娼だったりして。軽装だし、冒険者って感じじゃないし」

「朝までコースで今帰りってか? んな訳あるかよ」


 ……それはどうやら俺もらしい。確かに今まで二人だけでパーティを組んでいたリィンとアリスに付いて回る冒険者がいたら気にはするか。

何とも居心地の悪い視線に晒されながら、俺達は素材部屋を訪ねた。


 中には同じ制服を着た職員達が朝から忙しそうに動き回っていだ。素材を置いたカウンターまで近寄ると昨日の職員、サルナンが眠たげな表情でカップの中身を啜っていた。


「お疲れ」

「サルナンさん、お疲れ様ですー」

「ああ、貴方達でしたか……待ちくたびれましたよ」


 俺達に気付いたサルナンは立ち上がると同時に伸びを一つ、そのままバインダーを持ってカウンターの席に座る。


「鮮度が良かったので心臓、蛇眼、毒袋といった重要器官も無事に解体出来ました。皮の方は中央の腐敗した部分と焼け焦げた部分は切り取りましたが、その他の部分は修復すれば使えそうですね」

「買い手はつきそう?」

「解体する前から、騒ぎを聞き付けた人達で盛り上がってましたよ。心臓は儀式に使いたいと魔導士が、蛇眼はプレゼントの材料にしたいという貴族が、毒袋は薬の材料にしたいと錬金術士がそれぞれ名乗りを挙げてますよ」

「わぁ、人気だねー」

「こういうのは、タイミングもありますがね」


 少し疲れは見えるものの、サルナンの顔はどことなく嬉しそうだ。


「まぁ、引く手数多の素材なので、色を付けて買い取らせて頂きますよ」

「ありがと、鱗はある程度残しておいて」

「分かりました、防具でも作るんですか? 今回の絨毯大咬蛇は大型なのでかなり良いものが作れそうですね」

「ふふふ、マコトくんの防具に回そうと思って」


 ちらりとサルナンが俺を見て、合点が言ったように頷く。


「それが良いでしょう。彼はまだ冒険者成り立て、良い装備を優先的に回して身を守るべきかと」

「は、はぁ、気を付けます」


 サルナンはさらさらとバインダーに何か書き込むと、此方に筆記面を向ける。部位に合わせた金額の数値と、その合計が書かれていた。その額がどの位の値段になるのか、この世界の金銭感覚が分からない俺にはさっぱりだが、二人は少し面食らったようだった。


「……多くない?」

「鮮度の良さ、素材自体の良さ、獲れる部位の多さ……色々加味して、これくらいかなと」

「それにしてもちょっと多いような気がー」

「買い手が早めに付きそうなのもありますし、どうせ貴方達の事だからこのお金でマコトさんの装備を整えるだろうなと思いまして。私達からしてもマコトさんのこれからに期待しているという事ですよ」


 そう言って、サルナンはカウンター奥の部屋へと消えて行った。お金を取りに行ったのだろうか。


「期待か……頑張らないとな」


 思い掛けない所からの期待のお言葉に、ちょっと胃がきゅっとなる。中身はただの一般市民なんだから……ただ期待されているという事実は、素直に嬉しいものだ。


「あんまり気負い過ぎない方がいい」

「そうだよー、貰えるお金が増えたラッキー! くらいに思っとこうー?」

「……二人を見てると、少し肩の荷が降りる気がするよ」

「能天気って事かなー?」


 アリスがとても気持ちの良い笑顔で見つめてくるが、視線を合わさないように目を逸らす。すぐに幾つかの袋を持ったサルナンが戻ってきた。


「門出祝いという事で。これからも宜しくお願いしますね」

「はい、じゃ、有難く」


 どさりとカウンターに置かれた金貨が詰まった袋が五つ。勢いで受け取ってしまったが、どうしようかと振り返った時のリィンとアリスの無言の圧力に負けて、俺は自分の異空間収納リュックにしまった。一時的に預かってるだけだから、な?


 するとサルナンさんが無言で違う袋を一つ、カウンターの上に置いた。ガチャ、と金属のような物同士が擦れ合う音がする。


「あのー、この袋は?」

「大きな素材については残しておきますので、後で素材カウンターの部屋まで取りに来て下さい。ただこれからグレンさんの所に行くのでしょう? 欠片でもいいから欲しがると思いますので、先に落ちた鱗を集めておきました、これを持って行って下さい」

「あははー、サルナンさん、本当によく私達の事分かってるねー」

「これでも、この仕事、長いですから」


 どうやらリィン達の考えを見越して、既に先回りで準備していたようだ。俺はその袋を同じように異世界リュックへと収納する。その様子を、楽しげに目を細めて見つめるサルナン。


「しかし、本当に便利ですね、その異空間収納箱は。どの位の容量なんですか?」

「ええ、その、絨毯大咬蛇が入るくらいですからね、かなりの量は収納出来ますよ」

「そうなんですね。もし良ければ一つ依頼を受けて頂けませんか?」

「……どんな依頼?」


 リィンが訝し気にサルナンを見つめると、簡単な事ですよ、とサルナンはカップをまた啜った。


「マコトさんはまだご存知ないと思いますが、この冒険者ギルド内には幾つかの訓練所がありましてね。引退した冒険者の実技実習や、新米冒険者の訓練、または立ち合いなどに使われる所なんですが」

「因みに冒険者なら誰でも、申請すれば実習を受けたり借りたり出来るよー」

「そうなんだ。それで、その訓練所が何か?」

「丁度、床の砂を新しくしようと思いましてね。いつもは手の空いてる魔導士さんに頼んだり、運搬業者に砂を運んで貰ったりしているんですが、長期依頼で居なかったり、仕事で忙しいみたいでしてね」


 テーブルにどっしりと膝を突き、少しだけ疲れた顔を見せるサルナン。


「それで、俺の異次元リュックを?」

「ええ。依頼難易度自体はそう難しくないのですが、何せ量が量ですからね。それに、運んで貰うのと同じで今ある砂を運び出さないといけなかったりで、結構手間なんです」

「……思っているより大変なのは分かりました」

「地味かも知れませんが、こういう依頼を一つずつこなしていくのも良い冒険者への道ってもんです。どうです、勿論冒険者ギルドからの依頼ですから依頼金は保証しますよ」


 前に身を乗り出すサルナン。確かに、砂を運ぶという依頼は簡単で、誰でも出来るような仕事かもしれない。手慣れた冒険者にしたら、別に自分以外の誰かがやるだろう、という感じなのかもしれない。


「依頼、受けますよ」

「本当ですか」

「困ってる人がいて俺がそれを解決出来るなら、俺はその依頼を受けたいと思って」


 でも俺は駆け出しではあるが冒険者なのだ。冒険者として生きると決めたのだ。困っている誰かを助ける、そんな冒険者に。


「それにサルナンさんには期待を掛けられましたからね。それに応えたいなーと」

「ははは、それはそれは」


 俺のちょっとした生意気な口に眉根を寄せる事なく、サルナンはしてやられた、と軽く微笑む。


「なら、応えて頂きたいものですね。一応、採掘場所は幾つかリストアップしているので、後で地図をお渡ししますね。そうそう、後ろのお二人さんにも丁度その近場で暴れ回っている魔物の目撃情報が寄せられてましてね、同行して頂けると有難いのですが」

「最初からサルナンの中では決まってたくせに」

「サルナンさんって策士だよねー!」

「いえいえ、皆さんの自主性は尊重してますよ? その上で、その人にあった依頼を提案するのもギルド職員の役目ですから」

「はいはい、その依頼、受ける」

「まぁ、私達もマコトくんを一人で行かせるのは心配だったしねー」


 サルナンは、もしかしたら俺が昨日来て事情を知った時点から既に受けさせる依頼を決めていたのかもしれない。しかもリィンとアリスを同行出来る理由を作る為に、二人には違う依頼を当てて。

 さっきから思っていたけど、この人、めちゃくちゃやり手の職員なんだな……そういう人と知り合えたのは幸運なのかもしれない。


「でも、まずは装備を整えてから」

「流石に鱗鎧はすぐには出来ないけどー、防具は大事だからねー」

「そうでしたね、なら鍛冶屋に寄った後にもう一度来て頂けませんか? 今は受付も混み合ってますし、昨日はちゃんと説明出来ませんでしたが、マコトさんに依頼掲示板と受付の仕方も教えておくのも良いかと思いますよ」

「昨日は登録だけしかしてなかったしねー」

「ボクもそれでいいと思う。マコトは?」

「ああ、それでお願いします」


 サルナンの言葉に、そういえば全くこのギルドの事を知らないんだと気付く。そもそもこの街だってちゃんと歩いた事は無い。

 でも、これからだな。こうやって案内してくれるリィンやアリスがいて、気を遣ってくれるサルナンみたいな人も居て、ファスタリアでの生活が少しずつ日常になっていくんだろう。


「それでは、また後で。僕は少し仮眠を取ることにします」

「サルナンさん、夜通しやってたのー?」

「流石に、責任者不在だと指示が大変ですからね。細かい解体は魔法で上手く調整しないと時間も掛かりますし」

「手で直接って訳にはいかないのか」

「魔物によっては道具を選ばないといけないですからね。魔法の方が確実な場合もあります。それに魔物によっては解体経験が多い少ない、あるなしもありますから」

「……これからもっと、解体業務が増える」

「はは、それもまた経験ですよ。それに、素材のお陰でギルドの資金も潤う訳ですから。あ、でも竜とか来たら大変かもな……後で文献を漁っておきます」

「頑張って」


 たわいない会話、だけども皆も楽しげで。それだけで俺は掌がぎゅっと疼くような、自然に笑みを浮かべてしまうような、わくわくとした気持ちになる。皆、優しいよな、本当。


「そろそろボク達は行こう」

「また後でね、サルナンさん」

「ええ、良い装備が見つかるといいですね」

「有難う、サルナンさん」

「サルナンでいいですよ、マコトさん」

「なら俺も、マコトでいいよ」

「マコト、お待ちしてますよ」


 眠たげな目のサルナンに見送られながら、俺達は冒険者ギルドを後にした。

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