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011.『愉快な荷馬車』

 俺達三人は『憐みの魔女の森』を無事に抜け、開けた草原を進んでいた。振り返ると、あれほど歪でおどろおどろしかった森はすっかり後方に消えていて、何だか数時間前の出来事は夢だったのでは無いか、なんて事を思う。


 しかし右の人差し指を彩る、瑠璃色の指輪が無言で伝えている、全て現実だと。


 薄暗い森の中ではよく分からなかったが、開けた場所に出て漸く日が真上に登っているのが見えて、ああ今は昼なんだと分かる。

 手頃な石が転がる場所を見つけて三人で座り込む。これで何度目かの休憩だ。革靴を脱ぐと、左足の踵が靴擦れを起こしていた、道理で痛い訳だ。と、見兼ねてアリスが、


「これを貼るといいよー」


 と、仲間のスライムの体に布を押し当てたものを渡してくれた。その毒々しい色合いに少しの間じっと渡された布を見つめてしまったが、先程リィンとアリスも同じような処置をしていたので思い切って傷口に当てる。少しぴりっとした痛みが走ったが、ほんのりとひんやりして気持ちが良い。


「有難う、アリス。楽になったよ」

「いえいえー。この子の体は消毒薬の代わりになるんだよ、すぐに傷口が塞がる訳では無いけどねー」


 微笑むアリス。出会った数時間前も比べたら、大分対応が柔らかくなった、と思う。いつも笑顔を浮かべているので、もしかしたら呆れているのかもしれないが。

 靴擦れの痛みもあるが、流石にここまで歩き詰めだと脹脛の辺りに疲労が溜まっているのが分かる。しかしリィンとアリスはやはり慣れているのか、その辺りは平然としている。


「まずは体力付けないと、ダメかもしれないな」

「冒険者は体力無いと死活問題」


 気付けばリィンはその黒いローブのフードを頭からすっぽりと被っていた。ローブのサイズ自体が大きめなので、上から見下ろす形だと小ぶりの鼻先しか見えない。

 自身の異空間収納箱から水の入った皮袋を取り出したリィンは注ぎ口に口を当てて、そのシミ一つない喉を鳴らす。その所作は何処か品がある感じがするのが不思議だ。


「色んなところに行ったり、戦ったりするのにも必要だからねー」

「ある程度は魔力の循環を活発化させて、補う事も出来る」

「マコトくんもその内、出来るようになるといいねー」

「体力作り、魔力の操作、冒険者としてやる事は山積みだな」


 アリスは同じく異世界収納箱からクッキーを取り出して、ここまで付き従っている四匹の魔物達に与えている。白い蜘蛛は行儀良く、四つ足の鴉は素早く、緑色の不定形は緩慢に、子竜は勢い良く、ボリボリとクッキーを貪っている。


 白い蜘蛛はアラネ、四つ足の鴉がラウム、緑色の不定形がブエル、子竜がファフという名前が付いている、と歩きながらにアリスは教えてくれた。


 『魔物使役士』は魔物を従わせる事が出来る。ただしそれは『契約』という半ば強制的なものではなく、どちらかというと『絆』に近い。アリスとその魔物が心から互いに望み、共に行こうと決めたからの今の形、らしい。それぞれの出会いがあるのだろう。


 俺の『召喚』や、リィンの『死霊術』のような手軽さは無く、今アリスがしているように道中の世話を焼かなかればならない。でもそれ故に、共に過ごしていく事で積み重ねていく経験が武器になると、アリスは熱く語った。


「はい、おしまーい。続きはまた後でねー」


 献身的に世話をしている姿は、まるでペットの世話をしているようで微笑ましい。ペットという表現はあの四匹に失礼だが。

 クッキーのカスがこぼれたようで、大きくだぼっとした上着の裾や短いズボンを手で払う。その度に震える健康的な太腿が艶かしい。


「何か用かなー、マコトくーん?」

「いいや、別に」

「目つきがやらしかったからてっきり、ねー?」

「何も見てないって、勘弁してくれよアリス……」


 アリスの特徴的な薄桃色の兎の耳がぴん、と張り、何かを含んだように微笑みながら、金色の片眼鏡越しに此方を見てくるが目を逸らす。……俺だって健全な男だ、それはもう仕方ない。


「ん」


 目線を逸らした先にいたリィンが徐ろに水の入った皮袋を放り投げてきた。慌ててキャッチする。


「そろそろ水分補給」

「ああ、有難う」


 そうなのだ、俺のリュックには何一つ食べ物も飲み物も入っていなかったのだ。こうして二人に少しずつ分け与えて貰って、何とか凌いでいる状況だ。本当、この二人には頭が上がらない。

 俺は口を湿らす程度に飲み口を呷ると、簡単なコルクのフタを閉めて、リィンに手渡す。休憩時でも変わらずに背中に『何か』を背負ったままだ。まさに肌身離さず、だ。


「助かったよ、リィン」

「ん」


 素っ気ない返事で受け取ると、また喉が渇いたのかコルクを開けて一口こくりと水を嚥下するあどけない中性的な顔立ちで、前の世界でならモデルになれるんじゃないかと思う程、可愛らしい。

 ……しかし良い年した大人が言う事では無いけれども、リィンは人の飲み掛けとか気にしないのだろうか。口にする程、野暮では無いが。


 アリスが何故かにやにや、といった顔で見てくるが完全に無視だ。


「さ、夜が深まる前に行こう」

「ここから後どれくらい掛かるんだ?」

「徒歩だと森の倍くらい」

「うぇ、それはまた」

「街道まで付けばリィンちゃんが乗り物出してくれるから、すぐですよー」


 荷物をしまい、俺達はまた歩き出す。目指すはリィンとアリスが拠点にしているという、ファスタリアという街だ。


 この世界の街がどんな程度のものなのかよく分からないが、上手くいけば俺の始まりの街になる。冒険者としてのスタートを切る場所、と思うと何だか素晴らしい場所のように思えて、早く着きたいと気が焦ってしまう。


「私とリィンちゃんにとっては、あまり良い街では無いですけどねー」

「……どういうことだ?」


 そんな浮き足だった俺を見てか、ぽつりと呟いたアリスの響きが、何とも寂しそうな感じだった。聞き返したが、曖昧に微笑むだけで答えは返ってこなかった。



 それから小一時間程歩き通し、街道を見つけた。元々『憐みの魔女の森』はファスタリアと違う街を繋ぐ道を途中に離れ、真っ直ぐと草原地帯を進むとある森一帯の事を指すらしい。


 一度入れば様々な魔物に襲われる危険性もあるが、そこまで進む事自体は難しくもない。ただ勿論行く必要が無い。同業者ならまだしも、何も持たない人間が居ること自体おかしい事だった、と聞かされた。


「進め、進め、死の先へ、走れ、走れ、命を刈りにーー『首無し騎士の馬車(コシュタバワー)』」


 リィンが死霊術を唱えると、地面から無数の骨が湧き出たかと思えば意思を持って組み上がり、瞬く間に小さな戦車(チャリオット)が出来上がった。引くのは、骨で組み上がった首無しの馬だ。手綱は無いが、太い骨で荷馬車のように繋がっており、連なって走る分には何の問題も無さそうだ。


「乗って」


 リィンは軽々と骨に足を掛けて、荷台に飛び乗る。見た目からして大分衝撃を受ける外見をしているが、慣れたものなのかアリスは魔物達を連れて手摺りをさっと飛び越えると荷台に座り、柔らかい獣の皮を取り出して床に引いて座った。


 俺もそれに習い、手摺りに手を掛けてぐっと身体を乗り込ませる。荷台は人が四人ほど横に寝そべられる程度の広さで、屋根は無いものの壁が高く、座ってるだけなら外から見える気配もない。


「休んでて良い」


 縁に手を掛け、前を向いたままリィンは骨馬を走らせる。鳴き声を上げる事なく、その四つ足を動かす姿は一種のホラーめいたものを感じるが、存外その走りはスムーズで振動も少ない。


 アリスは敷いた動物の毛皮に足を投げ出してのんびりとしている。魔物達も周りに寄り添い、大人しくしている。俺も座って休もうかと思ったが、何となく惜しい気がしてリィンの横に並び立つ。


「何か、見えるか?」

「いつもと同じ」


 街道は舗装され、どういう仕組みかアスファルトのように石が真っ平らに広がっている。これも魔法なのだろうか。起伏が無くしているお陰で馬などを使った運送が盛んなのだろう。

 ぽつんぽつんと一定の間隔で、石で出来た細長い台座のようなものが立っており、先端から灯りが照らされている。


「あれは?」

「魔法街灯」

「へぇ、あれも魔法を使ってるのか。どういう仕組みなんだろう」

「中に吸魔石というのが入ってる。吸魔石は外部からの刺激に対して反応し、それを魔力に変換出来る鉱石。この街道を歩く振動や風のそよぎ、太陽の光に反応して魔力を生み出し、取り付けられた魔導具によって自動的に灯りが付く」


 淡々と説明するリィン。外部の刺激全てが魔力に変換されるなんて、物凄い鉱石だ。永久機関じゃないか。


「そんな凄いのを、こんなに惜し気もなく使ってるのか」

「吸魔石は産出は多いけれど殆どが屑みたいな大きさのものばかり。それにある一定の以上の刺激には耐え切れずに割れてしまう。脆過ぎるから加工も難しい」

「子供が遊ぶ玩具とか夜道でも光るペンダント、くらいの使い道しかないんだよー」


 気付けば俺の横に休んでいたアリスが並んでいた。その頭にはリボンのついた丸い形をした帽子が載せられていた。その帽子姿も可愛いが……兎耳を伏せて中にしまっているのか?


「マコトくんって面白いねー、こんな街灯なんて珍しくもないのにー」

「本当、まるで何も知らない赤ん坊」

「……何処か、遠い所から来たんだと思ってくれ」


 リィンとアリスに挟まれながら、俺はここではない何処か遠くを見ようと走る先を見つめた。もう日も落ちた街道は殆ど人気が無い。たまに馬に乗った誰かにすれ違うだけだ。警戒という二文字を顔に浮かべて、少し大回りで脇をすれ違っていく。リィンはいつもの光景、と言っていたが俺には酷く新鮮であった。


 俺が今まで生きてきた場所の事は分かる、日本という電気に支配された場所で、自分が平々凡々と会社に勤めていたんだろ、という事は何となくだが覚えている。

 常識は知っている、その世界の凡ゆるものの知識もある。だけども自分に関わる記憶だけが、酷く朧げだ。マコトという人間の情報だけが細切りに細断されているような気分。一体、何故なのか。


「……マコト?」

「え、あ、なんだ?」

「ボーッとしちゃってー、もう着きますよー?」


 考え事に耽っている内に、もうそんな近くまで来てたのか。ふと見上げると、煌々とした灯りに照らされた大きな壁が広がっていた。まるで城壁のように、辺りから遮断された空間。遠くからでも分かる大きな門は開かれ、その前に何人かの人間が立っている。気付けば街道にも多くの人が行き交っていた。


「あれが、ファスタリア……」


 その壮大さに、初めて都会に出てきて立ち並ぶ高層ビルの多さに感動した時のような、何とも言えない高揚感を感じる。


 此処から、始まるのだ。冒険者マコトの日々が。


 だから俺は気付かなかった。

 リィンが、この暗くなってもフードを取らなかった意味を。アリスが、自分の兎耳を隠す為に帽子を被った事も。


 何も知らないまま、俺は冒険者達の集う街『ファスタリア』へ到着した。

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