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Pro.『ある溺死者の最後』


ーーああ、月が笑っているーー


 落下していく感覚。


 身体が、視界が、どんどんと落ちていく。見上げればそこにあるのは大きな赤い月。その美しい円形がどんどんと遠くなり、近くで灯され続けていた筈の光が遠くなり、加速して、加速して、反射的に伸ばした手は何も得ずに、


 衝撃。


 凍えるような冷たさに全身が包まれる。

 ごぽごぽと水泡が身体を包む音が煩い。


 白い泡とぼやけた灯りが乱反射して歪む視界がぐるぐると回り、上下左右、いやそれどころか天地すら分からなくなる程に身体は重力という枷を無くす。

 喉奥から悲鳴が迫り上がったが、しかし音にはならずにただ大きな泡と変わり、舌を襲う強烈な塩気に吐き出しそうになる。


 海に、落ちたのか。


 そんな当たり前の事を過ぎるも一瞬、後頭部や背中、腕から与えられる痛みという電気信号で更に頭の中を不明瞭にする。冷静な思考は無い、ただ考えられる全てが苦痛と満ちている。



 苦しい、痛い。



 自分がどんどんと水底へ向かっていく、当たり前に沈んでいく。それをどうすればいいかさえ浮かばない、考えられない。

 もがいて、もがいて、振り回した手に得られるのは幾ばくかの水の抵抗だけで。



 寒い、暗い。



 痛みさえ、どんどんと痺れるように冷たく、冷たく、冷た過ぎる終わりがすぐそこに来ている。

叫び出したくなる。でも漏れるのは、もう僅かな酸素しか無く。

 耐え切れず、決壊した唇から気道に、肺に、暗さを湛えた水が流れ込む、溜まる、暴れる、あがく、そしてどんどんと生から遠ざかる。



 苦しい、苦しい、息が、寒い、暗い、怖い。



 内腑全てが周囲を包み込む黒い死、そのものと同化したようだった。

 まるで救済のように、苦しみ、痛みを感じて手放せなかった意識がどんどんと遠くなる。

 四肢がもげそうな程に振り回し、暴れていた身体の隅々から、力が抜けていく。


 全てを、終わりを受け入れるように。



 くる、し、くない。

 さむく、ない。

 くらい、こわい、もう、なにも。



 もうどちらを向いてるか、分からない。自分が何でこうなったか、考えも巡らない。

 誰にも知られる事の無い涙が、水に溶けた。


 最後に見た景色は。



 たす、けて。



 開かれた、深淵だった。


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