第二話 美少女先輩が怖いので従順に跪いてみる
冷汗が首筋をつたい、据えられた白銀をかすめて地面に落ちる。
まぁつまりどういうことかというと、俺は現在帰宅途中で、火咬と雑談をしたあと校門を出ようとしたタイミングで、刀を首筋に突き付けられている、ということ。
うん、客観的に見ても意味が分からない。どうしてこうなった。
俺は横目で刀を突き付けている本人を盗み見る。
限りなく漆黒に近い紫色の超ロングヘアーは艶やかにつやめいていて、見る者の心をくぎづける。
可憐で整った中に可愛さを見いだせる顔立ちと、大きいつり目はとてもマッチしていて、まるで二次元の女の子の様だ。
背中にはギターケース、服は学校指定の制服、足を覆うのは黒タイツ、というなんともオーソドックスなスタイルのはずが、彼女のスペックのせいでティーン雑誌に載っていてもおかしくないような着こなしだと錯覚してしまう。
その女…天命夜景は俺を興味なさそうに眺めながら言った。
「数日前、始業式の日に見たことを話しなさい。」
「み、見たこと……?」
俺がオウム返しをすると、彼女の右足が瞬いた。そして腹部に襲来する鈍痛。
「ぐふぉあっ!」
たまらず俺が跪くと、彼女…いやこの女は変わらず退屈そうに俺を踏んだ。
…俺を踏んだ。……踏んだ!?この現代という時代で人を踏むなんて、SやМに関するプレイでしかありえなくないか!?こいつナチュラルに踏んできたぞ!?っていうか踏みにじってる!ぐりぐりしてるぅ!
「俺は……こんなプレイを予約した覚えはない……!」
「あら、そう? 私はこうするつもりで来たのだけれど。」
まずい、このままだと俺の中で何かが目覚めかねない!はやく話を進めないと!
「あ、朝、登校してたら、路地裏で、刀を持った、変な人を……見た」
なんとか言葉をひねり出す。発言が終わるとともに、こいつは俺の背中を、一拍おいてひときわ強く踏みにじった。
痛い痛い痛い痛い!これかかとでぐりぐりしてる!背中へのめり込み方が半端じゃない!地雷でも踏んだのか!?
すると、こいつははぁっと短くため息をつき、ぐりぐりを止めることなく淡白に言い放った。
「それ、私。」
……あっさり自白しやがった。せっかくぼかしたのに。
「やっぱりあなたが覗き魔だったのね。上倉高校2年2組、出席番号12番の小波彗くん。」
なんだろう、ちょっと調べればすぐ出てくるような、ともすれば誰でも知ることができる情報のはずなのに、俺の全てを知られているような、そんなとてつもない恐怖を感じる。
「覗きじゃない……。通りがかっただけだ。つまり事故だ」
「事故じゃないわ。あなたは自分の遺志で路地裏に踏み込み、自分の遺志で私たちを覗いたのよ。」
「いいがかり過ぎるだろ……。俺の意思だとしたら、あんな身を乗り出して覗いたりしない。もっと見つからないようにする」
「あら、意思じゃないわ。遺志よ。志を遺すとかいて遺志。」
「お前は俺をもう死んだものとしてみているのか!? どんだけ見られたくなかったんだよ!」
「ちなみに聞くけど。」
天命は俺の悲痛な叫びをつまらなさそうにぶった切ると、これから殺されるのかもしれない、という事態に若干震えている俺を、さらに強く踏みつけて問いを投げかけてきた。
「その後のことはちゃんと覚えてるわよね?」
「………」
答えは沈黙。まぁ仕方がない。こういっちゃなんだが、全く覚えてない。厳密に言えば、天命を見たあたりから記憶が朧げになり、その後のことはさっぱりわからん、という感じだ。
「お、覚えてない゛っっつぅぅぅうううう!!!!」
言い終わる前に、背骨に鋭い衝撃が走った。んー、これは多分踵落としかなー。なかなか痛い。涙出そう。っていうか出てる。ちょっとだけ。
だが俺は暴力には屈しない! 絶対泣いたりなんかしないんだから!