プロローグ
天命夜景という名前を見て人間はどう感じるだろうか。大半は「読めない」とか「平安時代にいそう」みたいな感じだろう。実際俺もそうだった。ちなみに「あまみよかげ」と読み、18歳の高校三年生なのだが、大事なのはそこじゃない。
俺が住まう地域である、超大都市「東京」の一画、ここ上倉市のさらに一画に位置する「私立上倉高校」において、その名はもはや常識、いや、概念と化している。
というのも、彼女はすべてが完成された人間らしく、容姿端麗、頭脳明晰、文武両道、品行方正おまけに美声と非の打ちどころがないのである。
俺も折を見て一つ上の学年の教室にちらっと見に行ったことがあるが、あれは凄かった。
教室の中で一人だけ、まるでこの世のものじゃないかのような存在感を放ち、その可憐な容姿にわずかな時間だが目を奪われてしまった。そりゃこんなうさんくさい噂がたっても仕方がない、と納得できるぐらい凄かった。
そもそも俺のところまでそんな噂が来ること自体かなりすごい。なぜなら、俺はクラスの中でも特にそういった校内情勢に疎い立ち位置にいるからだ。いわゆるオタクコミュニティってやつね。参考までに。
そしてそんな俺が彼女と知り合う、どころか彼女に認知されることなど一生ないと思っていた。思うわけがない。生きる世界が違うのだ。
だからある日(といっても始業式当日だ。)、いつものように俺が路地裏の近道をショートカットしようと小走りで駆け抜けていた時、そこに見た一人の女の子が彼女だとはとても思えなかった。
噂とは程遠い殺気に満ちたその雰囲気と、邪悪、と表現するしかないほどの歪んだ笑みを浮かべるその人が、彼女であっていいはずがない。
中でも特に異様なのが、その白い手には、白銀に煌めくひと振りの日本刀が握られていた――