仕事帰りの会社員
仕事帰りに、知り合いから電話がかかってきた。
偶然、自分の職場の最寄り駅近くに来たから一杯どうだって言ってきた。
とっとと帰ってりゃ良かったのに、今日に限って、会社近くの電器屋さんで安売りキーボードを、あれやこれやと見ていたせいで、駅前にいる。
仕方ないから、合理して、一杯おごってもらうことにした。
待ち合わせ場所に着く前に、後ろから声をかけられる。振り向くと誘ってきた知り合いと、見知らぬ若い男。
とにかくいい店があるんだと誘われていくと、少し格式高い小料理屋。
いい店に来るような格好じゃない。仕事はスーツではないから、今日もラフなシャツと綿パン、穴の開きかけたスニーカー姿だ。
コソコソと2人の後ろに隠れて入る。
ふと、
先ほどまで誰もいなかったはずののれんの外に、誰かが落ち葉を箒ではくような音がした。
振り返っても誰もいない。
ふわっと漂う、金木犀の花の香りが、何かがいた気配を感じさせる。
小料理屋は座敷だった。
玄関でボロボロの靴を脱ぐのは、些か恥ずかしい。
上がり框のちょうど真上の天井に、左右の壁から赤い紐が引っ張られ、飾りのように付いている。
真ん中で蝶結びされている、紐はまるで、何かの結界のように見えた。
カウンターの奥から、小料理屋の大将らしき人物に声をかけられた。
よう、久方ぶりだな。
達者だったか。
あいつにも、久しぶりに会ってやってくれ。
さっきまで、表の掃除やってたんだけどなぁ。
おーい。
おーい。