第95話 俺たちにしか見えてなかった?
パラマイアが店から出て行って数分後には料理が到着し、それから熱々の肉厚がかなりあるステーキをたいらげ、アニスはご満悦のようだった。俺も味には大満足だった。もっと目立つところに置けば人が入りそうなものだが、そこらへんはあの老紳士の何かこだわりなのかもしれない。
そんな事を考えつつ、店が閉まるのを待っているとぽつぽつと客が帰っていき、残りは俺とアニスだけになってしまった。
「お待たせしました」
するとまるで疲れを感じさせない笑顔でやってきた老紳士。もう店じまいの時間か。案外、早かった気がする。
「大丈夫だ、紳士、僕らもあなたの手を煩わせないよう手短に用を済ませる」
「それはお気遣いなく、帰って寝るだけですので」
老紳士はなんのこともないようにそう言うが、案外、生活バランスが崩れるとこの歳では辛いだろう。なるべく早く終わらそう。
「聞きたいことはペロパリについてだ」
「ペロパリ様?」
「ああ、この店に一番来るらしいからな」
「はい、ペロパリ様は一ヶ月に一回くらいの頻度で来てくれていますね」
一ヶ月に一回か。それは多いのだろうか。その疑問をアニスも持ったらしく、俺に耳打ちしてきた。
「おい、アービス、それは多いのか?」
「どうなんだろ、逆に俺たち、一ヶ月に一回も同じ店行かな――いや、行くな」
普通に服屋、食べ物屋とか二、三度のペースで行くしな。そのペースで来る客の事を店員側も詳しくないのではないだろうか。俺は少し骨折り損な予感がした。いや、ステーキは美味しかったから良いけど。
「老紳士はどこからが常連だと思う?」
なんか話がズレてきた気がする。
「そうですね……私の店はほとんどが常連様ですし、私は常連様でもアニス様やアービス様のように新しく来られた方にも平等に接しているつもりですのであまり考えたことがありませんね、ですが、来る頻度ではなく年数で考える経営者も居るとか」
「ほう、なるほど、ペロパリは何年くらいここを通ってるんだ?」
「二、三年ですね」
「ペロパリと親密に話したことは?」
「ペロパリ様はお一人の食事が好きな方なようで、話かけても困らせてしまって申し訳なく、あまり話をしたことはないですね……なので今日、皆さんと来られた時は安心しました」
「安心?」
「ええ、なんせいつも寂しそうに隅の席で物憂げな顔をされていましたから」
老紳士が見た先は昼頃にみんなで座ったテーブルだった。あの時はペロパリに良い印象を持っていたが、事実を知ってしまった今、昼の様には思えない。
「紳士は彼が結婚していたことは知っていたか?」
「いいえ? 結婚されていたのですか、それは良い。私は妻とは数年前に死に別れましたが、幸せな日々でした」
サラッと悲しい過去を暴露されたが、老紳士は悲しそうにはせず、幸せそうな表情を思い浮かべていたので同情するのは辞めておこう。
「ああ、僕も早く結婚したいものだ」
「お相手は居るのですか?」
「どうだろうな……」
なぜ俺を見るアニス。物欲しそうな目で俺を見るな。
「……まぁ、良い。他には何か知っているか?」
「うーん、そうですね……申し訳ございません、記憶にありません」
「分かった、ありがとう、紳士、僕らはもう行くよ」
「お役に立てず、申し訳ありません」
「いや、大丈夫だ」
老紳士に手を振って気遣うアニス。立ち上がるとお代を置いて出て行ってしまった。
お代は俺が出すのに、いつも素早く出してしまうから困ったものだ。しかも俺の分まで……。老紳士はすでに受け取ってしまっているし。そうだ、あの人について聞いてみよう。
「……先ほど、来店していたハットを被った黒いコートの男性を知っていますか?」
よそ者だろうから可能性は低いが一応、聞いてみる。どうにもあの男が気になる。何か嫌な予感というか、不思議な感じだ。
だが、俺の説明を聞いた老紳士は顔を困惑の色に染めた。
「そのようなお客様は本日来店されていないと思うのですが……」
「へ? でも……」
「私はお客様が来店された時は迎えに出るのでお客様の顔を覚えてしまうのですが、そのようなお客様は見かけなかったと思います……」
「そうですか……」
俺はこれ以上聞いても困らせるだけだと判断し、店を出た。アニスが待ちくたびれた顔をして待っていた。
「遅いぞ、アービス」
「パラマイアさんの事を聞いていたんだ、そしたら、そんな客は来てないってさ……」
「こっそり忍び込んだ盗人だったんじゃないか?」
「なら俺たちに話しかけないだろ」
「そうだな……だが、今はペロパリだ、あのご存知男の事は後回しだ、だろ?」
確かにそうだ。今、パラマイアさんを探したところで見つかる保証は無いし、ペロパリさんと無関係の可能性もある。今はペロパリに集中すべきだ。
「そうだな、今はペロパリに集中しよう」
「ついでに僕にも集中してくれ、今度僕を待たせたらまたキスする」
「あ、あのなぁ!?」
不意に言われたその言葉に俺は耳まで真っ赤になった気がした。不意打ちすぎる。アニスも顔を真っ赤にしてしてやったりみたいな顔をしているし。俺はさっさと顔の温度を下げるため、夜の街をアニスよりも先に歩き出した。




