第3話 彼は見て見ぬ振りをして、彼女は愛をこじらせる
アニスが見せてきた文書はなぜかぐちゃぐちゃだったが、読めないこともなく、読んでいく。懐かしい。勇者への熱い志望動機がつらつらと書かれていた。
あー、勇者になりたかったなぁ。
「アービス、流浪の民になるのか?」
「は?」
「勇者は僕になってしまったわけだ」
「……そうだな」
自慢かこいつ。俺は今、勇者という単語はNGワードだぞ。だが、アニスの不機嫌さはなぜか増していく。まず、流浪の民がなんだと言うんだ。俺は文書に目を滑らせ、第二候補まで進んだ。
『流浪の民 理由、勇者になれなかった俺に居場所はない』
ひいいいい!! なんだこの恥ずかしい志望動機は! いや、流浪の民には確かにそういうロンリーウルフ的な感じを求めていた! だが、この文章は死ねる!
「いや、これはだな――――」
「居場所ならあるぞ……」
「へ?」
「君は流浪の民ではなく、僕のパーティーに入れ! それが居場所だ!」
「あの、俺、なにげ魔法は上級まで使えるけどさ、最上級の人たちが――――」
「魔法は僕が使えるからいい! 君は入ってくれるだけで良いんだ!!」
それってパーティーに入ったら何て名乗ればいいんですか? とまじめに聞きそうになった。アニスはなぜか前々から私が勇者になったあかつきには云々で俺を入れると俺に向かって豪語していた。
ちなみに俺は魔法は上級まで使えるし、剣術もこいつには負けるが腕はかなりのものだ。だから俺より一歩先を行くアニスが勇者になるのは当然だと誰もが思うだろう。だが、勇者認定試験には国の若者ほとんど全員が志願して受けている。それは能力や容姿ではなく、神が能力関係なく相応しい者を勇者と決めるからだ。
「悪いが、俺は荷物持ちまでして勇者パーティーに入ろうなんて思わないぞ?」
「荷物持ちなんてさせるわけないだろ」
「ゆ、勇者様、差し出がましいかもしれませんが、進む道はアービスくん本人が決め――――ひっ!?」
隣に居たナチが俺のために何かを進言しようとしたが、ナチの方を鬱陶しそうに振り向いたアニスの顔を見た瞬間、可愛い悲鳴を上げて閉口した。何を見たんだろうか……俺は拝みたくない、絶対に。
「なぁ、お願いだ、アービス」
「お、おい? アニス?」
最後の手段に出たアニス。どうしても俺が譲れないものがある時、怖い雰囲気を出しても引かない際、使う手だ。甘えるように俺の膝の上に乗るアニス。柔らかい肌の体温が俺の身体に布越しでも感じ取れた。それに全く重くない、どころか軽すぎて心配になる。アニスの身体は無駄な脂肪がない締まった身体をしていて、かなりやんちゃで元気な子だが、なぜか食事の時はそんなイメージとは真逆で少食だったからだ。理由を聞いても、僕はあまり食べないからと誤魔化されてしまう。
「アニス、少しは食べないと背が育たないぞ」
「こうすれば、んっ、ほら、一緒だよ?」
俺とアニスの身長はかなり離れており、お互い立つと、俺の胸の辺りまでしかないが、膝の上に俺と目を合わせるように座るとぴったり両者同じ目線になった。
「アービス、僕は君が居ないと寂しいんだ、僕は君が居ないとダメなんだよ……」
甘えた声を出しながら俺の首や頬に良い匂いのする綺麗な黒い髪を押し付けてきた。鼻にたまにかすって来る髪の毛に俺はくしゃみをしそうになるが、さすがに女の子にくしゃみを掛けるのはどうかと思い、我慢をした。
するとナチがアニスの背後で何かを言いたげそうな顔をしてこっちを見ていた。そして意を決した様に口を開いた。
「あ、あの二人とも!」
「……何か言ったかい?」
「ごめんなしゃい……」
一撃だった。アニスの冷たい声にナチは一撃でメンタルブレイクされた。だが、ナチが戸惑うその気持ちは分かる。俺も少し戸惑っていたのだから。
学校でこんなに露骨な事をするのはなかなか無い。いつもは突然、家に押しかけきて、俺の名前を連呼しながら、抱き着いてお願いごとを聞いてくれるまで甘え倒してくる。
「アニス、ナチが可哀想だろ」
「ナチ? 誰だい、それは……僕には君しか見えないよ、というより今は僕だけの事を考えるべきだと思うなぁ、だって今、君とこんなに近くに居るのは僕なんだから」
「確かにお前の事だけを今、考えているようなもんだが……」
「だろ? それともまたナチを庇うのか?」
「いや……」
その目、怖いんだって……またあの目で見られた俺にこれ以上、ナチを庇う事は不可能だ。すまん、ナチ、今はぶるぶる震えておいてくれ。
「だよね、あ、そうだ、勇者パーティーに入るかどうか聞いてなかったね?」
話が飛躍しすぎだ。きっと良いと言うまでこれは止まらないんだろうなと思いつつ、これからクラスメイトがぞろぞろ入ってくると思うとどんな事を言われるか分からなく怖くなった。諦めよう。アニスの肩を持って引きはがした。
「分かった。お前が申請しといてくれるなら入るよ」
「本当かい? さすが、僕のアービス、ほんと君は僕の期待を裏切らないよ、出来れば僕と君の二人パーティーが良いんだけどなぁ……」
「それはさすがに……」
まず最前線で戦えるとは思えない。上級の上には最上級がある。つまり俺は上級魔術を使える魔術士ではあるが、最前線で戦う最上級じゃない。というか本当なら勇者のパーティーは国が寄こす最上級の人材で作るパーティーだ。
そう、俺には考えがあった。国は俺の様な上級止まりの魔術士を勇者パーティーに入れるわけがない!きっと国の方からアニスに説得がいくだろう。これで俺は「仕方ないけど、国が決めたことだから」と勇者パーティーに入らなくて済む。俺は勇者になりたかったのだ。勇者パーティーに入りたいわけじゃない。
よし、後は、任せたぞ、王国!