第23話 ある意味強運だったかもな
新章に入りました。1章から引き続きの方、よろしくお願いします。
少しいつもより長いかもです。
陽が落ちた頃、王都から三時間も離れた場所にある村。あるのは牧場と家。後はクソマズイ酒を出す小さな店だけ。そんな場所に最上級魔術師であり、強運のガリレスと呼ばれる俺が居るなんて誰が思う。俺はそう言いたい。
まぁ現実問題、居るわけで、それにそのクソマズイ店のカウンター席で酒を飲んでいた。マスターは死にかけのじいさんだ。そりゃ酒の味なんか分からんだろうな。客も若いやつなんか居ねえ。朝から晩まで酒に溺れれるだけの負け犬どもばかりだ。まぁ、こんな王都から離れた村だ。居場所がねえやつらの溜まり場の村だな。まぁ、元々負け犬の俺にはお似合いか。王都から一時間くらいの村ならもっと綺麗な酒場やお姉ちゃんが居たのによ。
「ガリレス~、あの勇者お披露目会、ほとんどシャロちゃんが叫んでただけだったな」
そう言って俺に悪ノリで絡んで愚痴るのは、同じく最上級魔術師で、肉体強化を得意とするオーゲイ・ドッチだ。だらしなくコートを着用し、髪をどこかに置き忘れてきた中年だ。俺とは二十歳も離れている。
昔はこいつも民に好かれていたが、今じゃ肉体強化魔法が使えるとも思えねえだらしない中年腹をぶら下げた負け犬だ。
「そうだな、旦那」
「てゆうかさ、最後の誰だっけ? あのアー……」
「アービスだろ」
「そう、そいつ、あの覇気のねえ野郎だよ、あいつ、上級止まりなんだろ? 誰が入れたんだよ、あれが入るなら俺が入るってーの」
羊飼いの方がまだマシだよ、おっさん。
ちなみに俺がこのおっさんに付いてるのは今日の飲みが奢りだからだ。だが、こんな遠くて安酒しか無い場所って知ってたら付いてこなかった。今日は運がねえ。
しかも新生勇者パーティーなんざ興味ねえ。シャロちゃんが俺の名前を出した時にはゾッとした。正直、あのアービスってやつになってくれて助かったよ。まぁ、俺以外なら誰でも助かったが。
「なぁ、聞いてんのか? ガリレス? お前最近、隣国からめちゃくちゃ依頼受けてるそうじゃねえか」
絡むな。くせーんだよ、クソボケ。
「……母国には無料でなんでもやってくれる英雄が居るからな、定職から追い出されて、流浪の民でもない俺は色んなところから依頼を受けなきゃいけないんですよ」
まぁ後はコネがあるからだが。昔、あそこに我慢して住んでいた特権ってやつだ。
「エア・バーニングな、あいつもムカつく野郎だ、なんでもかんでも国のため、国民のためってバカだろ」
エア・バーニングがムカつく時もあるが、エア・バーニングよりムカつくのはてめえだ。自分が最上級魔術士なことに胡坐掻いて、依頼選り好みしてたらいつの間にか仕事が無くなってただけじゃねえか。エア・バーニングが居なくてもてめえなんざ遅かれ早かれ消えてるよ。
「ちょっと便所行ってきます」
俺はイライラした気持ちを抑えるために席を離脱し、酒場の裏の肥溜めまで歩いた。肥溜めはかなり大きく深い穴で、底の方に汚い汚物が溜まっていた。上等なトイレもねえ田舎中の田舎。こんな村要らねえだろ。しかも全員、金もねえだろうから、カモにもなりゃしねえ。あー、イライラする。
「――――めろ!」
ああ? なんか店の中が騒がしくなったな。おいおい、勘弁してくれよ。最上級魔術士が酔いどれのおっさんと喧嘩なんて見るだけでもみじめだ。仕方ない、止めてやるか。酒代を払ってもらえなくなると困る。こんなクソ酒に払う余裕、俺には無いんでな。
俺は店裏の扉を開け、店内の様子を覗き見る。だが、その光景に一気に青ざめてしまった。
「く、くそがあ!」
オーゲイは眉間から血を溢れさせ、カウンターの下に腰を付け、背中を預けていた。すでに勝負は付いたような状況だが、まさか負けるなんてな。
「おいおい、つまんねえやつだな、まだ田舎のばあさんの方が良い動きするぜ?」
倒れているオーゲイを見下していたのは、真っ赤なピッチりとしたシャツに黒い長ズボンを履いた男だった。目に掛けたサングラスの奥の目はどうなっているかは見えないが、シャツの下の強靭な肉体が強者を物語っていた。
その背後には黒いコートに黒いマスク、指ぬきグローブをした銀色が目立つ長髪の男が一人と、子ども用のフリフリが付いたドレスを着た青髪の少女がくるくると店内で回っていた。
店内からは負け犬どもは消えており、死にかけのマスターでさえ逃避しているようだ。あのおっさんがどんくさくて逃げられなかったのか、あのおっさんが目当てか。どちらにしろ運が悪い。
「て、てめえら! 俺を誰だ――ああぁ!?」
「いや、知らねえよ、誰なんだよ、オークか?」
ハハッ! 冗談だよ! 笑う男はカウンターにオーゲイの頭を革の靴を履いた足の裏で押し付けた。
「ううっ……」
オーゲイはうめき声を上げる。肉体強化はどうしたんだよ? なぜ使わない? それともまさかオーゲイの肉体強化を上回ったのか……?
「くそお! 肉体強化!」
「あ?」
俺の考えは杞憂だった。オーゲイは肉体強化をまだ使ってなかったのだ。
オーゲイは顔に押し付けられた男の足を掴んで顔から剥がし、立ち上がろうとしている。さぁ、過去の栄光の力は健在な所を見せてくれ。
「俺の力でお前の――ぐぼぉ!?」
過去の栄光は過去の栄光で終わった。俺の期待は裏切られた。
引きはがされかけた男の足は、オーゲイの力を振り切り、もう一度、オーゲイの顔を後頭部からカウンターにめり込ませた。オーゲイの手は垂れ下がり、汚い酒場の地面で動かなくなってしまう。
「汚い手で触んなよ、間抜け」
つばを吐き捨て、男は満足したのか、顔をにんまりさせ、足をオーゲイから退かすと、顔がめちゃくちゃになっているオーゲイに顔を寄せた。
「なぁ、お前の連れはどうした?」
な!? なぜ連れが居るとバレた!? 俺は自身の不運を呪いながらなぜバレたか考えたが、次の男の言葉で自身がどれだけ考えなしだったか分かった。
「隠しても無駄だぜ、そこにもう一つグラスがあんだろうが、それともお前はなにか? 左右の手で飲むのか? こうやってよ」
男はオーゲイから離れ、足をふらふらさせながら、おどけたように左右の手で交互に酒を飲むふりをする。男の仲間は無反応だったが、それをやった男はげらげらと笑った。
「ぎゃははは! いや、あんたならこんな間抜けな格好似合うよ!」
こっちはまったく面白くない。ゆっくりと扉を閉めた。
悪いな、オーゲイ。お前が勝てないのに戦闘向きじゃない俺が勝てるわけがねえ。生きてたらまた会おう。まぁ、死んでくれても構わねえさ。
俺は、肥溜めがある裏を通って逃げようとしたが、不意に店裏の扉が開いた音がした。
「……待て、この漆黒から逃げる気か?」
実に芝居がかったセリフだ。演劇の練習か? 店の裏手まで来た俺はそんな風に自分を落ちつけながら背後を見るとあの男の仲間が、店裏の扉から出て来て、俺を見つめた。
「ひいぃ!?」
俺は驚き、腰が抜けた様に土と雑草が生えた場所にしりもちを着いた。最悪だ。今日はオーゲイから誘われた時点で最悪の運勢だったんだ。俺はどこで間違えた。何を間違えた?
そんな事を考えながら、後ろにずるずると下がっていた俺は急に尻が地面に触れなくなり、背中からどこかに落ちていく。
「あぁあああ!!!!」
落ちた先で俺は死ぬほどの不快感と汚臭。そして絡みつくベトベトしたものを感じながら、目を閉じた。ああ、最悪だ、ここは肥溜めだ。
肥溜めに落ちた俺の耳に彼らの声が聞こえてきた。
「おい、ジャック、連れは?」
「奈落に落ちた」
「は?」
「肥溜めに落ちたんだよー、ねー? ジャックちゃん?」
「はぁ? 嫌だぜ、肥溜めなんか調べんの、女の尻なら良いけどよ」
「ドレイク、下品ー!」
「下劣な言葉を使うのは三下」
「ケッ、お上品な仲間たちを持てて俺は幸せもんだよ、ほら、さっきのクソボケからエア・バーニングの居所は掴んでんだ、さっさと行こうぜ」
「ああ」
男たちはそんな会話をしながら離れていった。俺は肥溜めで、あいつらが去ったと確信できるまで沈んでいることにした。




