ホラエモンの場合
凄い爆弾が仕掛けられている。との通報があった。
真輔達のチームはすぐさま、七本木ヒルズの、あのホラエモンの、そりゃゴージャスな住居に駆けつけた。
部屋の中にはドンペリのビンが無数に散らばり、最高級ホテヘル嬢の残していった、最高級下着が散乱していた。
夜な夜な乱痴気騒ぎを、繰り広げているという噂は本当らしい。
時限爆弾は悪魔のような周到さで、セッティングされていた。
ダブルベッド以上に大きなウォーターベッドの中身が、すべて強力な液体爆発物に詰め替えられているのだ。
「滅茶苦茶頭のいい奴だな」
と真輔がつぶやく。
これだけの量の威力は、巨大なこのビルに、どれだけの大穴を開けるだろうか?
そのベッドの上に、素っ裸のホラエモンは、変な格好で縛りつけられていた。
足を開いたうつぶせの姿なのだが、両手で顔をささえている。
つまり両手で、ほお杖をついて、デカイ顔だけを持ち上げているのだ。
鼻は黒くぬりつぶされ、ほっぺたには、ネコのヒゲが落書きされていた。
この滑稽な格好のまま、針金とコードで、しっかりと固定されているのだ。
肥満した肉体に複雑に絡みついているコードは、何処を切っても爆発する仕組みだ。
更に残酷な事に、ホラエモンの肛門には、高圧電流の流れる電極が、深々と差し込まれているではないか。
勿論、これも引き抜けば、即座に大爆発する仕組みだ。
壁に黒のマーカーで、デカデカと書いてあった。
『ホラエモンが黒ブタになった5分後に、大爆発する』
『僕の、虎の子のヘソクリを、スッカラカンにした罰だ!』
──そうか! この犯人も『ホラエモン株』の被害者なんだ。
チーフに勧められて買った、この株のお陰で、真輔は一年間、小遣い無しで過ごしたのだった。
駆けつけた爆発物処理班の男達は、一人を除いて、迅速に要所へと散った。
真輔も、機敏な動作でウォーターベッドの裏側へ回る。
各々が配線をチェックしている。
ほお杖をついたホラエモンの格好ときたら、まあこれも悪辣な犯人の、「遊び」の一環に違いないのだろうが、まるで、この状況に対して「興味津々」といった感じにしか見えないのだ。
デカイ顔がユーモラスなのだが、どことなく憎ったらしい感じもする。
まさにVIPな、ホラエモンらしい姿と言えよう。
だが、その目の前には、薄ら笑いを浮かべている中年男が一人、しゃがみ込んでいた。
ところで、ホラエモンという男は、何事にもチェックを入れたがる。
「ちょっとアンタ! 処理班の人だろ?」
「そーだけど」
と、この男こそは爆発物処理班のチーフなのだ。
つまりチームで一番偉い人。
「真面目に仕事してよ。俺を助けるのがアンタの仕事だろ?」
「そーかな?」
「ダメだこりゃって感じだな。アンタ! やる気あんのかよ?」
「ない」
ホラエモンは肥満した身体を小刻みに震わして、ほお杖をついたまま怒った。
「何なんだよー? アンタ本当に警察の人?」
「うふふふ。もーすぐ黒ブタ」
「あ! さてはアンタ、『ホラエモン株』を買ったな?」
「チンカス野郎。地獄へ落ちろ」
「うあー! 誰か他の人! この人じゃない人。助けてくださーい!」
「やかましい! この日を待ってた。人間のクズ。ブタエモン」
配線を調べていた同僚の一人が言った。
「チーフ、駄目です。やはり爆発だけを止めるのは、無理です」
真輔も言ってやった。
「こっちも駄目です。爆発を止めると、どーしても高圧電流の方も、止まってしまいます」
チーフが立ち上がって言った。
「諦めるな! 無理は承知の上だ。お前ら、ホラエモンが助かってもいいのか?」
チーフ以外に4人いた処理班員は、全員首を振った。
驚愕のホラエモンが叫んだ。
「うわ! お前らみんな、『株主』だったのか!」
処理班の同僚達は、配線に目を凝らしつつ、口々に言った。
「爆発だけを止めて、お前が黒ブタになるとこを、ゆっくり見物したいのさ」
「5分じゃ逃げる時間も、おぼつかないからな」
真輔も言ってやった。
「お前のせいで、一年間、小遣い無しだったっちゅうの」
皆、納まらない様子だ。
「さいの目切りでも豆腐は豆腐だって? イカサマ野朗! 誰だって豆腐は、一丁、二丁って数えるのが当たり前じゃないか!」
この男は何でも豆腐に例えて話す癖がある。
「外道め!」
「ペテン師め!」
「豆腐の角に頭ぶつけて死んじまえ!」
真輔は教えてやった。
「チーフなんか、保険を解約して、買い足したっちゅうの!」
ホラエモンは泣き出した。
「悪かった! お前らみんな返金するから、助けてくれ!」
真輔は言ってやった。
「今さら遅いっちゅうの! 破綻してから何年間も、株主に誠意を見せなかったお前なんか、誰が信じられるかっちゅうの!」
豆腐が言った。
「やっぱり駄目だ。10分後に通電する仕組みだ。と言う事は、爆発まで15分。そろそろ逃げるしかない」
「ひっ! あと10分で黒こげ?」
と、ホラエモン。
「心配ない。すぐには死なない電圧なんだ」
「きっと、熱くて痛くて、すっごく苦しいに違いない」
「あはははドカーンと爆発するまでの、5分間の辛抱だよ。結果は、骨も残らん」
真輔も言ってやった。
「痛いの痛いの、飛んでけーちゅうの」
真っ赤だったホラエモンの唇が、紫色に変色して、ぶるぶる震えている。
チーフが言った。
「よし、撤退だ! 解除できなかった事は非常に残念だが、ホラエモンの黒ブタを想像しながら大爆発を見て、祝杯を挙げる事にしよう」
処理道具を仕舞いながら豆腐が言う。
「黒ブタ。見られないのが残念ですね。きっと頭から煙、吹くだろな。どのくらい吹くかな?」
「髪の毛も逆立っちゃって、鼻の穴からも煙吹くだろな。見たかったっちゅうの」
と真輔は、規定に従って、証拠写真を撮りながら言った。
ホラエモンが叫んだ。
「本当は、解除できるって事だな!」
チーフが答える。
「馬鹿か? 解除したらお前、白ブタのまんまじゃねえか」
白ブタが「ブヒー!」と鳴くのを尻目に、全員そそくさと部屋を出た。
「ブヒー! ブヒー! ピキー!」
鳴き続けているのが聞こえる。
真輔が言った。
「しかし残念ですね。感電ブタ、いやいや、処理の失敗が」
同僚達は、満面に笑みを浮かべている。
「ま、防げない事だってあるさ。こうなると大爆発も楽しみ、いや、残念だな」
「我々だって万能じゃない。きっと凄い爆発だ。冷奴で一杯。嬉しいな。あっ、嬉しいのは冷奴の事だよ」
「残念残念。うふふふふ。骨も残らん」
「まことに遺憾に存じます。ってんだ」
と、チーフが、神妙な顔をして言った。
七本木ヒルズの爆発は凄まじかった。
普段、爆弾テロに慣れっこになってしまった人々も、テレビ中継を見て度胆を抜かれた。
この時から予告爆破は、規模が競われるようになった。
より大規模な爆発を目指して、阿波踊りの『連』のように、『団』が組まれるようになった。
正式な呼び名を『爆団』と言った。