太陽黒点が悪いんです
人類皆、自分だけしか信じられず、他人との些細な意見のくい違いに腹を立てた。
夜半は言うに及ばず、朝昼晩。とにかく目茶苦茶、腹が立つのだ。
老若男女、誰もが怒りっぽい。
「なんだ、馬鹿野郎!」
「なんや、阿呆んだら!」
べっぴんさんもすぐ怒る。
「ほんと頭きちゃう!」
ジャニーズ事務所のタレントも怒る。
「ホントは、ジブンってえ、硬派だからあ、怒りっぽいんですよー。ホントだってば。やっだなー。見えません?」
吉本の若手芸人も怒る。
「何考えとんのじゃ! ボケエ! 客のくせに! 笑わんかい! 何しに来とんのじゃ! アホンダラ! ワレ! いてまうど!」
ネットアイドルも怒る。
「もお! ほんとにパピューンって感じ。ピーポピーポって? う〜ん? プリプリ! って感じ! あれ? プンプンの方がいいカナブン?」
「カッワイ〜!」
と、これは親衛隊の声。
アニメのピカチューも怒る。
「ペカペカ、怒ってまチュー」
無理もない事だ。
良い事、善い事なんにも無い。
悪人のみがほくそ笑む。
こんな世の中。
間違ってる!
続く不況に大恐慌。
倒産企業は後を絶たず。
リストラに採用取り消し。
失業率と自殺率はうなぎ登り。
一方、エリート官僚の皆さんは、国民に背を向けたまま、やりたい放題。
締めくくりは天下り。
もはや天下人って感じ。
「俺なんかエリートじゃないよ。俺より上にいる人をエリートって言うんだよ。俺なんかまだまだザコザコ。さあ、暇だらけだけど、自分の為に、つまりは、官僚機構の維持の為に、面倒な仕事、たっぷりこしらえなくっちゃ。むふふふ。カスども、しっかり税金払えよ!」
政治家はなお酷い。
中でも、もっとも悪い奴は、何もしない政治家だ。
「私は悪い事はしない。だからと言って、良い事もしない。どうせ何をしたって、民衆に謗られる事が分かっているからだ。えへん。だから賢い私は、馬鹿な有権者の望む、口あたりの良い言葉を、何度でも何度でも、それこそ何度でも喋って、当選回数を重ねる事にしか興味がないのだ。そして、晴れて大臣になった暁には、うんと悪い事をしよう」
毎晩鏡に向って誓いを新たにする。
このように、自分さえ良ければ、それで良いのだ!
と誰もが思っている。
こんな大人が、若者に対しては、夢や希望を持てと言う。
「まったく! やんなっちゃう」
「ムチャクチャやおまへんかー」
と、若者。
高齢化により不良老人が巷に溢れ、我が儘、勝手のし放題。
都合の悪い時はボケたふりをする。
「え? スカートめくり? わしが? はて? 大根が二本吊してあったようじゃがの? 万引き? わしが? 偉いお坊様がやってきて、ボタモチをくれたんじゃ。もっほっほ」
その上、にわかに太陽黒点が増加した。
科学者は、かつて無い規模だと言う。
だから、変なぐあいの太陽風が吹いて来た。
どうしても、やめられなかった大気汚染の結果、シールドを無くした地球は、これをモロに浴びてしまった。
その結果人間様も、決定的に変なぐあいになっちゃった。
「えーい! 何だか無性に腹が立つ!」
とばかりに人々は、インターネットに百科事典、何でも調べて、どんどんお勉強して、なんと、自家製爆弾を作り始めた。
工業用の薬品、肥料に洗剤、医薬品に医薬部外品。はては食料品やゴミまでが、以外に高性能な爆弾の材料となった。
元来、有能で勤勉な日本人は、紅茶キノコやカスピ海ヨーグルトのように、変な物ほど、よくハマる。
今や、爆弾作りがブームとなっているのだ。
そもそも現代人は爆発が大好きだ。
何故なのか?
スカッとするからに決まっている。
だから、ハリウッド映画にも、カーチェイスと爆発シーンは欠かせない。
勿論、自分が巻き込まれたら悲惨の極みに違いないが、端で見る分には、最高の刺激が味わえるのだ。
きっと脳の中で、快感物質が分泌されるのだろう。
ニュースだって、ドキュメンタリーだって、爆発はつきものだ。
戦争などと言ったら、爆弾を爆発させる為にやってるに違いないのだ。
それから日本人は花火が大好きだ。
これだって爆発だ。
故、岡本太郎画伯も言っていた。
「芸術は爆発だあ!」
ま、これは関係ないか。
アントニオーニの70年代初頭の映画『砂丘』で、ヒロインが、セレブの邸宅の破壊を願うイメージシーンがあって、爆発のスローモーションシーンが、なんとも綺麗だった。
また古い話になってしまった。
ちょっと反省。
いやいや今回は開き直ろう。
古い爆発映画と言ったら、なんと言っても『アトミック・カフェ』だ。
この映画は、核爆発の実写フィルムをふんだんに使っている。
『博士の異常な愛情』のラストシーンも、原水爆の爆発シーンが、てんこ盛りだ。
『史上最大の作戦』の中、ロバートミッチャム指揮するアメリカ軍が、ノルマンディーの上陸地点で、ドイツ軍の分厚いコンクリート壁を、なかなか破壊出来ない。
容赦の無い機銃掃射に、兵隊達はバタバタ倒れ、観客は手に汗握る。
「ああ、早く! 早く! 早くぶっ飛ばせ!」
と、みんなの願いはただ一つ。
そうだ。俺達は、大爆発が見たいんだ!
だからこそ、日本の怪獣は断末魔の時、大爆発して花と散るのだ。
悔しくも弾薬尽きて玉砕した日本陸軍の、南方の英霊達の供養の為にも、せめて怪獣くらいは、盛大に爆発してもらおうじゃないか。
という訳かどうかは知らないが、爆弾フェステバルが催される。
新しい仕組みの爆弾を開発しては、広場に集まり爆発させて、批評し合い自慢し合うのだ。
「ほお? ペットボトルが原料ですか?」
「粉塵爆発の要素も取り入れてみたんです」
「斬新ですな」
すぐに官憲の手が伸びて、禁止されてしまう。
見せしめの為に逮捕者が出たのだが、ブームはまだまだ、始まったばかり。
やはり作ったからには、使ってみたくなるのが、人間の悲しい性なのだ。
何しろ爆発ほどスカっとする事なんて、滅多にあるもんじゃない。
テロと言われ、やたら警戒されると、思わず裏をかいてやりたくなる。
思想や宗教は様々だが、やむにやまれぬ情熱は皆同じだ。
学者も言ってるじゃないか。
太陽黒点のせいなのだ。
そうだ! 悪いのは太陽黒点だ!
俺個人としては、とにかく爆発させたい。
ああ、爆発が見たい。
爆発だあ!
だから爆弾を使いたい。
こうして、高みの見物をしたい人は、時限爆弾やリモコン爆弾を作った。
死にたい人は自爆テロを敢行した。
こうなったらもう、気に入らない物は何でもかんでも、ぶっ飛ばしてやるのだ。
あちこちで爆発が起こった。
バスとか電車の棚の上、柱時計や自動販売機、テレビにパソコン、携帯に電卓。
爆弾はあらゆる物に仕掛けられた。
街を歩いていても、家にいても、会社に行っても始終、爆発音を聞く。
手足が千切れ、首がすっ飛んだ。
犠牲者は増加する一方だ。
法では裁けない理不尽で非道な行いについて、テレビなんかで報道されると、「悪い奴」は一両日中に爆死した。
政治家やタレントも、嫌われた奴は爆死する。
近所の犬がうるさいとばかり、真輔は、隣家の犬小屋を吹っ飛ばした。
「痛快痛快。ざまあみろ」
翌日、お返しとばかりに、真輔の家のガレージがぶっ飛んだ。
「ちくしょう! やるなあ。仕事が済んだら、お返しのお返しに、隣りの台所を吹っ飛ばしてやろう」
真輔の仕事は警察官だ。
爆発処理班に所属している。
時節柄、忙しい部署で、現在増員を重ねている。