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 あゆ 

作者: 藤村綾

 週末になるとなぜだか空の機嫌がとても悪い。

 連続四週皆勤で涙をしとしとと流している。

 こんな風だから最近はどっこにも遊びに行ってない。行くとしても近所のスーパーか(このスーパーのあじフライがうまい)ローソンかあるいはパチンコ屋の中にある安くてうまいカレーを食べにいく程度だ。

 けれど思いっきりインドアなあたしとなおちゃんはうちの中にいてもなんら気にもならないし気にもかけない。

 イチャイチャする訳でもなく、かといって喧嘩をすることもなく、なにか喋る訳でもなく、同じ空気の中に溶け込んでいる感じだ。

「そうそう」

 テレビを見ていたら唐突に切り出した。なおちゃんから何かを話し出すのはとても稀有である。

「はい」

 テレビはちっともおもしろくなかった。なのでそのことかなと視線をなおちゃんに向けつつこたえる。

「水曜日にね、ヤマダくんがね、十時の休憩を昼休みと勘違いして自分の車の中で弁当を食べていたんだよ」

 え? 頭の中でその状況を夢想してみる。 

 え? 嘘でしょ? そんな人がいるの? あたしは何度か訊ねてからクククと笑った。

「でもさ、イマイズミさんはね、毎日酔ってくるの」とか

「ダンタスはいつも弁当を二個食べるし」とか

 会社にいると毎日なんだかんだとあるよ。

 なおちゃんは苦笑した。

「でも弁当のヤマダさんに座布団三枚だね」

「そうだね。本当にね。三枚どころかげんこつだよね」

 あたしたちは顔を見合わせてまた笑った。

「あのね、そういえばあたしの会社のお得意さんでね、鮎のつかみ取りができるとこがあるの」

 テレビがちょうど釣り番組だったのでうまい具合に切り出した。

「あゆ? はまさき?」

 たまに冗談を口にするも、笑えない冗談をゆうところがこの人らしい。

「鮎だよぅ。魚編に占いと書くやつ」

「えー。あゆって、魚編に占いなんだぁ」

 おおう。なるほどぉ。なおちゃんは真剣な表情でうなずいた。

「で?」

 で? で? ときたか。あたしは行きたいの。と、きっぱりといった。

「いいよ」

「え?」

 腰が重いのでやんわりとお断りされると踏んでいたので拍子抜けした。

「だって、俺の会社からたったの二十キロくらいだろ? そこ」

 うん。そうだったかなぁ。あたしはうなずいた。

 雨が上がって曇り空だったけれど、まあ、行くだけ行くか。と、ゆう提案のもと『鮎のつかみ取り』に出かけた。

 あたしは広告代理店に勤めている。


 山あいを抜けてついた鮎のつかみ取りとゆうところは観光バスが二台も停まっていた。密かな観光地だったようだ。

「わー」

 酸素は綺麗でマイナスイオンがだだ漏れだった。けれど、受付にいたおばさんが

「今週は水の増水で川では鮎掴めないんだよ」

 まさかとは思ったけれど案の定な返事が待っていた。

 けれどたくさんの観光客がいる。不思議だったので

「あの人達はなんですか?」

 おばさんに訊いてみた。

 新鮮な鮎を食べれるとゆうことでそうゆうプランの旅行なんだよ。と、教えてくれた。

「田舎なのにねぇ」

 おばさんはそう付け足す。その言葉いかんだろ? なおちゃんがぼそっとつぶやいた。

「じゃあ、せっかくきたんだ。鮎を食べて帰るか」

「うん」

 つかみ取りをするために行ったけれど、どうせ掴んだ鮎を焼いて食べるので同じだからね。そういわれあたしはまたうなずいた。

「そういえばね、あたし鮎を食べるのおはつだ」

 今日まで鮎を食べた記憶がまるでなかった。なおちゃんは、俺は十年ぶりくらいかも。そうこたえた。

 そっか。

 風通しのいい窓際の席に座る。あたしの左側には川が流れ滝も流れている。なおちゃんはあたしの目の前に座っている。なので右側に視線を向ける。

「はぁ、いいなぁ。こうゆうの」

 美味しい空気。川の流れる音。隣の席のおじさんたちの喋り声。鮎を焼いているもんもんの煙。

 なにもかもにうっとりとした。

 なおちゃんの横顔にあたしはうっとりとする。なおちゃんはなにせ横顔イケメンなのだ。それに手が優しい。なんでこんなにたくさん好きなんだろう。なおちゃんに抱きつきたくなる。

「ん?」

 あたしの重くて甘い視線のビームを察知したのかなおちゃんがこちらを向いて怪訝な顔をする。

「なあに?」

「あ、いや、ね。鮎楽しみだなーって思ってね、あはは」

 顔が火照るのを抑えつつまた景色に視線を向けた。

 なおちゃんってあたしのことどう思っているのだろう。今の一度も好きとかそうゆうのいわれたことがない。

「お待たせ」

「お待たせ」

 おばさん二人ががダブルで鮎定食を運んできた。

「ありがとうごさいます」

 なおちゃんはダブルおばさんからあたしの分の鮎定食を受け取って目の前に置いた。

「わー」

 思わず声が出る。

 鮎の塩焼きと鮎のフライ。ご飯に味噌汁。あとはたくあん。

「いただきます」

 声をダブらせて箸を割り鮎にかぶりついた。

「おいしい!」

 川臭いかもしれないよ。なおちゃんが前もって教えてくれたことはまるで嘘の言葉になった。

「本当だね。うまいなぁ」

「骨が多いね」

 あたしとなおちゃんは鮎定食をほどんど楽しんだ。少食なあたしだけれど鮎定食は骨以外全部平らげた。美味しい空気と川のさざ波が食欲を増進させたのだろう。

 お腹が満タンでしばらく動けなかった。パンシロンが飲みたかった。けれど

 あたしはなぜだか涙がこぼれそうになる。幸せだったので。とっても。かなり。

 帰りはあっとゆう間にうちについた。

 夕方の四時。

 あたしたちはお布団に入ってパンシロンを飲んでからうたた寝をした。

 なおちゃんは絶対にあたしの顔の輪郭をなぞる。あたしだけの手で。

「もう、やめて」

 嬉しいくせにやめてと嘘をつく。やめないで。やめて。

 なおちゃんはあたしの顔をなぜながらスースーと寝息を立てる。

 あたしもそのまま目をつぶる。

 他愛のない幸せがいつもこわい。こわいから涙が流れるのだろうか。わからない。

 わからないけれど、鮎はとっても美味しかった。川の流れる音がまだ耳の奥で流れている。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分の兄弟と重ねました。 心に残るお話です。 私も投稿してるので、読んでくれたら嬉しいです。 ぜひ、評価も!
2018/09/10 23:10 退会済み
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