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妹フレグランス  作者: かいうす。
4章 白亜
49/50

47話 茶番



「ただいま」



 我が家の玄関の戸を開けると同時に、ネクタイを少しだけ緩ませた。

 リビングに繋がる扉から漏れる蛍光灯の光が、その向こうに居る人影をチラチラと動かしているのが目に付く。どうやらもう夕食の準備をしているのかも知れない。

 それにしても、やはりうちの妹に関しては兄が帰って来たとしても相変わらず出迎えや、おかえりイベントは起こらない様で。今日学校で芹沢さんと話した、妹の方がブラコンなのでは無いかという俺の仮説はやはり外れている可能性の方が大きい。


 そのまま物音のするリビングに入っていけば案の定、妹の唯が夕食の準備に取り掛かっている最中だった。



「買って来てくれた?」


「ああ。これでいいのか?」



 そう言って頼まれていた調味料を渡す。

 ガサゴソと袋の中身を確認しながら、唯は可愛らしい微笑みを浮かべた。


「うん。これで大丈夫」


「これこの前も買わなかったっけ? もしかしてもう全部使ったのか?」


 ふと俺はそんな疑問を漏らした。

 料理が出来ないとはいえ、調味料の類がそんなに早く無くならない事くらいは一応知っている。


「ううん。昨日ドバーって零しちゃったの。ごめんね」


 そういって唯は予め見えやすい場所に置かれていたプラスチックの容器に視線を移す。

 それを手に取り、頬の近くでフリフリと振る仕草を可愛らしく取った。

 確かについ最近買ったそれは、空になってしまっている。


「そうだったのか。いやまあ別に全然いいんだけどさ、珍しいな。唯がそんなミスするなんて」


「うん、ちょっと手が滑っちゃってね。こんなドジッ子な妹も偶には可愛いでしょ?」


 あどけなく舌を出す唯。

 まあ俺もそんな事くらいで怒りはしないからいいのだけれど。


「ドジ踏まなくても、俺の妹は可愛いよ」


「ふふっ。ありがと。でも今日は用事があったんでしょ? 大丈夫だった?」


「ん? ああ、大丈夫だよ。ちょっと後輩と少し話があっただけだからさ。話したい事は話せたから」


「そっか。それなら良かった。これが無いと今日の料理が出来なかったから。すぐ御飯出来るから座っておいてね」


「ああ」



 いつもの定位置である席の椅子を引きながら座れば、もう既に今日の献立は大体出来上がっている様だった。美味しそうな料理が目の前にズラリと並ぶ。今出されている物だけで6品目。相変わらず高校生が作ったとは到底思えない料理スキルだ。


 たった今、俺が買って来た調味料の蓋を開けて、最後の味付けを行っている唯は心なしか、いつもよりか仄かに微笑んでいる様に見えた。


 唯が最後のメニューを食卓に置けば、俺達二人は同時に手を合わせる。



「「いただきます」」



 いつも通りの光景。

 ふと思う。そんな調味料一つ無いからと言っておかずが一つ減ったとしても、別に俺は構わないのにと。






「あー腹一杯だー」



 お腹を擦りながらソファにボスリと座り込んだ。

 今日の唯が作った夕食も相変わらず絶品で、満腹の幸福感と身体の怠さが鬩ぎ合う。


 目の前のセンターテーブルの上に置かれたテレビのリモコンを手に取れば、気だるげに電源を入れた。

 画面にはバラエティ番組が映り込む。

 唯は未だに、食器の後片付け中。俺も手伝いたいが、これもまた唯に禁止されている事の一つだ。


 いつもは自分で付ける事の少ないテレビ。たった今流れているバラエティ番組も、どんな番組なのか良く知らない。



「お風呂入らないの?」


 そんな此方の様子を気に掛けて、キッチンの向こうで食器を洗う唯が声が耳に届く。


「ちょっとしたら入るよー」


「もう」


 満腹で動く気になれない俺は、適当にチャンネルをザッピングする。


 流石に天下のゴールデンタイム。ニュースの類は殆ど無い。

 どの局の放送も決まって楽し気なバラエティ。大した興味も湧かずに次から次へとパチパチとチャンネルを変更していく。


 その内の一つに俺の手は自然と止まり、視線を奪われた。

 画面の中には良く知る人物が映り込む。


 白亜だ。

 今日の今日。つい先程まであの屋上で一緒に時間を過ごした。

 よく見知った後輩がテレビに出ていた。


 雰囲気から察するに歌番組だろうか?

 MCを担当している人物と、楽し気に会話をする白亜。

 このMCに見覚えがある事から察するに、それなりの大御所なのかも知れない。流暢に言葉を繰り出す様は流石プロだなと思わせる程だ。


『いやー白亜ちゃん新曲の売れ行き凄いみたいだねえ!』


『はい! ありがとうございます! これも応援してくれているファンの皆さまのおかげです!』


 白亜の表情には万弁の笑みが彩られていた。


『1stシングル、2ndシングルに続いて爆発的なヒットを生んだ「放課後ルーフトップ」は若い世代に強い共感と感動を与え、リリースして既にミリオンセラーに届く勢い! 何といっても歌詞が素晴らしいよねえ! なにやら作詞作曲も自分で熟しているとか!』


『はい! 私にはこれくらいしか取り柄が無いもので!』


 その一言にわざとらしい造り物の様な笑い声が入る。


『またまた~それにしても歌詞については、ネットで様々な憶測が飛び交っているようですねえ! あの歌詞の内容は実体験なんじゃないか、とか! そこらへんはどうなんでしょうかねえ!』


『あはは……それ凄くよく聞かれます』


『でしょうねっ! なんといってもあの夢乃白亜に好きな人が居たら大スクープですからね!! で! 実際の所はどうなんですか!? そこらへんは!?』


 なんという茶番だろうか……

 もし仮に白亜に好きな人が存在していたとしても、こんなテレビ番組でそれを公開する訳も無い。画面の右上に「生放送」と一応は書いてあるが、これが用意された会話だという事は容易に想像が付く。


 それを偶然偶々この会話をしている様に見せかけ、それをあたかも真実の様に見せかけている事に納得が行かない。これだから日本のメディアは……なんて言って居れば俺が白亜の事を否定している様に思われてしまうのでここら辺でやめておこう。


『あはは……好きな人なんている訳……』


 画面の中の白亜はそこまで言ったところで、言葉が止まる。

 一瞬の静寂。ほんの一瞬の不穏な空気が画面越しでも伝わって来た。しかし、司会も中々の手練れの様で、その不穏な空気をすぐさまフォローするかのように言葉を間髪入れずに発した。


『ですよね~! もし夢乃白亜に好きな人が居るなんて言ったら熱狂的なファン達が発狂しますよ! まあ私もその一人ですけどね!!』


 この雰囲気を吹き飛ばすかのような気の利いた洒落に、普段テレビを見ない俺も少し口元が緩んでしまう。

 しかし当の白亜は未だにだんまりを決め込んだままだった。表情も心なしか思い詰めた雰囲気を滲ませている様に見える。


『あれ? 白亜ちゃん?』


 しかしそのだんまりはそう長くも続かず、次の瞬間にはその口は開かれていた。

 そして決して小さくない声でハッキリと宣言する。


『実は……好きな人……います。』


 その一言にMCを担当していた著名人もポカンとしていた。


『あの歌詞も……今まで書いた曲も、全てその人に気づいて貰う為に……』


『はいストップストップ!! あれ可笑しいな……台本ミスかな? あははは!』


 それを見ていた俺もその異様な雰囲気を息を呑んで見詰める。

 MCは苦笑いをしているものの、白亜の表情は真剣そのものだ。

 痺れを切らした司会のMCが、多少無茶な流れで進行していく。


『ちょっと台本のトラブルがありましたが、時間も押しているので歌って頂きましょう!今世間を最も賑せているこの曲! 「放課後ルーフトップ」です!』



 そこまでの一連の出来事に集中していた俺は、手に持ったリモコンを唐突に取り上げられて我に帰った。


 飛び跳ねる様に驚いてリモコンを俺から引っ手繰られた方を見返せば、怒りを露わにしている唯が此方を睨んでいた。


 その目付きは切れそうな程に鋭く尖るまるでナイフの様な、そんな目をしていた。これは非常にマズい。ここまで妹が不機嫌になる事は滅多に無い。



「いつまで見てんの? お風呂は?」


「い、いや今入ろうと……」


「してないよね。全然しようとしてなかったよね」


 その声色はまるで熱を感じられない程に冷たい。


「まあ確かにそうかもしれないけど……なにもそこまで怒る事ないだろ?」


「へー。私が家事やってる時にお風呂にも入らず、ぐーたらテレビ見てそういう言い方するんだ。凄いね」


 怒っている。明らかにキレる寸前。確かにテレビについ集中し過ぎてしまっていたかも知れない。しかしここまで怒らなくてもいいだろうに。

 とはいえそんな事よりも、唯を怒らせてはいけない事への危機感の方が俺の中では大きかった。


「分かった、分かったからそこまで怒るなよ。俺が悪かった……」



 俺は妹の逆鱗に触れる前に、そそくさと風呂場に向かった。




――――――




 バタン。

 リビングから扉が閉まる音が響いた。



 まさか今日に限って涼がテレビを自発的に点けるとは。

 今日、夢乃白亜が出演する番組がこの時間帯に放送される事は把握しては居たものの、目を離した隙に涼の目に入れてしまった。


 それにしても、あんな発言を全国に垂れ流すなんて一体何を考えているのか。

 この放送のおかげで、明日からは夢乃白亜の話題で周囲は持ち切りになるであろう。



 画面の中のステージに立つ彼女は、涼しい顔で新曲を歌いだした。

 照明がキラキラとその姿を魅惑的に彩り、スモークがそれらを反射させている。


 歌詞を聞けば、儚い片思いの内容がつらつらと継図られて。

 この歌詞は私自身も前以て調べていた為に、その内容が涼に宛てた事は以前から知っていた。


 「ずっと屋上で待ってる」

 新曲の「放課後ルーフトップ」はこの特徴的なメロディとフレーズが今回注目を浴びている。若い世代に強い影響力を持つ彼女がこの系統の曲を歌えば、人気が出るのは不思議な事では無い。それよりも私が気になっているのは、そのもう少し前のフレーズの部分だった。



 「最近はずっと会えていないけど」

 これはどういう意味か。

 私の知る限り、夢乃白亜は最近も涼に会えている筈だ。特に1学期の期間は私が知るだけでもそれなりの回数会っていた。


 不思議と妙にこの一文だけが引っかかる。


 会っている筈なのに、会えていないという歌詞。


 それだけでは無い。夢乃白亜はいくつかの矛盾を抱えている。


 多忙なのにも関わらず、毎日の様に屋上に通うのもそうだ。

 以前まではずっと告白の機会を伺っていたのに、あれから会ってもめっきり告白をしようとはして来なくなった事と何か関係があるのか。


 思考する。様々な可能性を。

 固定観念を捨て去り、あり得ない出来事も想定に入れる。


 ソファに腰掛け、髪をクルクルと弄びながら、何もない場所に焦点の合わない視線を置く。




 仕事と学校の両立。

 登校頻度が低いと言っても、それなりには顔を出している。実際そんな事が可能なのだろうか。

 確かにアイドルでも学校に通っているケースは存在するが、それは学校側のイメージアップの為に席だけ置いている場合が殆どだ。


 アイドル本人も卒業という肩書の為にそれを許容する。正に互恵関係。ギブアンドテイクだ。


 事ほど左様に、寝る間も惜しんで登校する理由があるだろうか?たとえ好きな人の為とはいえ、そんな事を続けていれば体が持たない。


 そして実際、そんな無茶が続いている事にも違和感を感じる。



 何かを見落としているのでは無いだろうか。

 以前、前日に登校していたにも関わらず、次の日には生放送というテロップと共に海外に居ると画面に映っていた事もあった。確かに時間的にはギリギリ間に合う距離ではあったが、彼女に関してはそういう事が多すぎる。



 そんな二重生活、体が二つ無ければ不可能だ。

 そこまで考えを巡らせた所で、思考が止まる。



「体が……二つ……?」



 一人きりのリビングに独り言が静かに響く。

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