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妹フレグランス  作者: かいうす。
3章 栞
46/50

44話 告白


 理想と現実。

 私が抱いた高尚なそれは所詮、只の幻想で。


 醜い現実に晒されれば、勝手に幻滅して地の底に叩きつけられた気になっていた。


 世の中なんて所詮こんなもの。

 そう言って自分を無理に説得すれば、傷の痛みから目を背けられる。

 知らんふりを決め込んで都合の良いように解釈してしまえば、自分の正当性を保てている気になれる。


 そうやって自分自身すらも偽って、誤魔化し続けて、成長出来た気になっていた。



 昨日、涼君は空が赤く染まるまで手を繋いでいてくれた。


 私の「過去」も「想い」も、私の隣で何も言わずにただ聞き続けてくれた。

 その優しい眼差しが、次の日になった今でも未だに脳裏に焼き付いて離れない。その所為か昨日は正直一睡も出来なかった。



 確かに私は世間や周囲に一度は失望し忌み嫌った。

 しかし、そんな事が今では遠い昔の事の様に感じる。まるで歴史の教科書でも見ている様な気分で。 


 知ってしまった。

 世の中には、それ以上に美しいものがある事を。

 そして自覚してしまった。この想いを。この感情を。



 少しだけ口元が緩む。

 初恋が高校3年生とは、私という人間はとことん人間不信に陥っていたらしい。


 一度この感情を認めてしまえば、他の事に手が付けられなくなってしまう程に盲目的になってしまいそうだ。


 もうこのまま今の自分で居る事は出来ない。

 この感情を肯定してしまえば、否応なしに自分が変化していく。



「おはようございます、会長」



 月曜日の早朝、いつもより少し早い時間に此処、生徒会室に到着した水島紫みずしまゆかり

 居た堪れなさを滲ませた雰囲気を纏いながら、その顔は未だに少し暗い。



「おはよう、紫」


「遅れて申し訳御座いません」


 深々と頭を下げる彼女は、何か別の意味合いを含めて頭を下げている様にも見えた。


「時間はぴったりだ。別に謝る必要は無い」


 紫はそれを聞いて飛び跳ねる様に顔を上げれば、悲痛な表情を浮かべている。


「……はい。しかし……。いえ……今日は生徒集会の日です。今日の連絡事項の一覧を纏めておきました。此方に……」


「あー、そんな事よりハサミは何処にあったかな? あの大きめの銀色のやつだ」



 紫は私の唐突な問いに目を丸くしている。



「ハサミですか……? え、えっと……確かここら辺に……あ、ありました。何に使うのですか?」



 差し出される大きな業務用ハサミ。まさかそんな所にあったとは。

 一言礼を言いながらそれを受け取れば、この部屋に設置されている唯一の全身鏡の前に立つ。


 そこに映り込んだ見慣れた自身の姿。

 綺麗に手入れされている黒い長髪を片側の肩口に全て寄せる。掴む様に片手でそれらを鷲掴みにすれば。



 バサリ。


 手に持ったそのハサミで掴んだ頭髪を切り落とした。



「なっ……! 何をしているのですかっ!!」



 途端に顔を真っ青にして紫が叫ぶ。

 鏡越しに彼女の目線と視線が交じれば、正に顔面蒼白。信じられないとでも言いたげな表情を露わにしていた。そんな彼女に軽く笑みを返す。


 そのハサミがまだ新品に近い状態が功を奏したのか、何とか髪を切り落とす事は出来た様だ。それでも所詮は業務用。それ専用の物と比較すれば切れ味は到底敵わない。


 切ると言うよりかは千切られた様にも見える。

 肩口より少し伸びる程度にしか無くなってしまったそれは、それ故に毛先が暴れて跳ね返ってしまっている。



「ふふっ。凄い驚き様だな」


「あ、あ、当たり前です! 気でも狂ったのですか!?」


「いや? 私は到って冷静のつもりだよ」


「なんてことを……とても冷静な人間がするような事ではありません!」


「確かに……傍から見れば只のキチガイ女に見えるかも知れないな……ふふっ」


「なにを呑気な事を……」


 紫の態度は驚きを通り越して、最早呆れている様だった。

 そんな訝し気な視線も今はさほど気にはならない。


「さあ紫、時間だ。」


 彼女が用意してくれた資料に目もくれず、私は体育館に向かって歩き出す。

 何よりも今は行動したい。少しでも今までと異なる変化を求めて。


 私は変わりたい。




―――――




 少し時間を掛け過ぎたかも知れない。

 既に体育館には多くの生徒が押し寄せて、整列の準備を整え始めていた。


 到着するなり、紫も自身の役割を果たす為に別方向へと歩みを向けて行った。



 壇上横の垂れ幕の裏。

 集会が始まれば、すぐにでも生徒会長として壇上に呼ばれる事だろう。


 腕を組みながら瞼を閉じる。その時が来るのを只々静かに待つ。

 ふと、近くに誰かの気配を感じた。ジッと此方を見つめる視線。釣られるようにして違和感の方へと視線を移せば、白い長髪が視界に入った。



 圷唯あくつゆい

 生徒会の役員故に此処に居るのかも知れない。それでも、今ここに彼女がいる事に不思議と違和感を感じざるを得なかった。



「会長、なんですかその髪? もしかして失恋でもしたんですか?」



 嘲笑するかの様な口調。目付きには攻撃的な色が滲む。

 まだ彼女は私を排除する事を諦めていない。目を見れば、そう思っているのが手に取るように分かる。



「なあ唯君。君は恐れているんだろう?」


 その一言に、圷唯は怪訝な態度を取る。


「は?」


「君は今まで、好きな人に近づく人間をひたすらに退けて来た。そして勝利を勝ち取って来た。確かに君は有能だ。頭も切れる。実際、唯君に敵う者はこの学院にはそうそう居ないだろう。でも君は恐れている。矛盾していると思わないか?」


「バカじゃないの? 何が言いたいのかまるで分からない」


「本当に分からないのか? いや、もう本当は気が付いて居るんだろう?」


 徐々に、少しずつ、圷唯の表情に怒気が籠められていく。


「もういい。あんたの頭が可笑しい事はよく分かった。これ以上は時間の無駄だね」


「そうか……じゃあこういえば分かるかな? 君が今まで勝利を勝ち取って来たのは確かに称賛に値する。だが本気で彼を愛する人に君の脅しが効くのかな? 彼の為に全てを捨てる覚悟を持った人間が表れたら、君はどうするんだ?。」


「……黙れ」


 此方を鋭く睨み付ける圷唯の目付きは、まるでこれから誰かを殺してしまいそうな程に怒りを露わにしている。

 それでも私は一向に次の言葉を止めるつもりは無い。


「何故、結城向日葵の告白の後に彼女を攻撃しなかった? もう分かっているんだろう? しなかったんじゃない、出来なかったんだ。どんな手段を使っても結城向日葵はもう諦めない。」


「……」


「そんなに好きなら何故涼君に気持ちを直接伝えない?」


「お前に……お前なんかに何が分かる……」


 彼女の身体が小刻みに震える。


「分からないよ。何もね。でも私は自分の気持ちははっきりと分かった。もう君に何をされても諦めない。そして、結城向日葵が何故ああいう手段で告白したのかもよく分かったよ。……まあ確かに、本気なら誰に対してでも胸を張って言える事だしな。」


 その言葉と同時に壇上に向けて視線を送る。

 その仕草を見た圷唯はハッとした様子を見せる。


「あ、あんたまさか……や、やめろ……」


「やめないさ。だって普通に告白しようとすれば、君は必ず邪魔してくるだろう?」



 見計らったかのようなタイミングで体育館中にマイクの音が響き渡る。



{{それでは生徒会長から一言}}



 くるりと振り返れば、照明で照らされた壇上に向かって歩き出す。

 背後に居る、圷唯がどんな顔をしているかは分からない。そんな事を気にしている余裕も今の私にはあまり無い。


 マイクの前に辿り着けば、以前まであった歓迎にも似た黄色い声援は聞こえて来ない。目の前の1000人を超える群衆は敵視にも似た雰囲気を、此方に向けて来ている様な気がした。


 その中に一人、欠伸を掻いている人物が一人。

 以前、注意されたにも関わらずまた性懲りも無く。そんな姿を一目見れば、心が不自然に自然と高鳴る。口元が綻びそうになるのをキュっと噤む。

 そして大きく息を吸った。



{{高等部の諸君、おはよう}}



 少しの騒めき。皆、あの噂の事でひしめき合って居る様だ。



{{少し今日は長くなるかも知れない。それでも出来れば聞いて欲しい。}}


 シンと静まり返る体育館。


{{現在校内に流れている情報は……事実だ。紛れも無い私の過去だ。}}


 その宣言に大きなどよめきが体育館を支配した。

 今日の連絡事項などそっちのけで、こんな会話を始めてしまった故か、司会をしている紫も吹き出してしまっている様だった。


{{事実、私はそういう事をしてきた。例の校内新聞、あれに書かれている事は嘘偽り無い真実だ。現状新聞部の部長が、屋上から校内新聞を振り撒いて停学処分になっているのは皆知っている筈だが、あれも全ては私が指示した事だ。皆に効率良く知って貰うために私が考え行動に移した。彼女は悪く無い。明日にでも停学は無かった事にされる手筈になっている。全ては私の責任だという事をまず此処にはっきりと示しておく。非難してくれて構わない。蔑むのは当たり前で、卑下するべきだ。}}



 ここまで来ると1000も集まったこの体育館は大騒ぎ。あちこちでどよめきが次から次へと引き起り、なかなか静まらない。

 司会を担当している紫は何度も「静粛に!」と呼び掛けてはいるものの、あまり効果が出ないのも仕方あるまい。



{{ゴホン、正直……}}



 それでも今まさに問題の真っ只中に居る私が、話を再開すれば自然と群衆の騒めきは収まっていく。



{{正直、私は私が嫌いだった。そして周囲が嫌いだった。その二つが拗れて悪循環を引き起こす。いつの間にか、自分が何をしているのかも分からなくなる程に。勿論、言い訳をするつもりは無い。はっきり言って私は最低だ。自分でもそう思う。}}



 息継ぎをする間の少しの静寂が、この広い体育館に訪れる。



{{そんな私を見ても、私を諦めないで居てくれた人がいたんだ。もうとっくに自分でも諦めていたのに、その人だけは諦めないで居てくれた。ずっと隣で手を握って話を聞いてくれた。支えてくれて、励ましてくれた。こんな私を救ってくれたんだ。}}


 脳裏に君の顔が浮かぶ。 


{{その人の隣に居て、こんな私でも出来る事なら変わりたいと思った。変われるものなら変わりたいと。その人の為に変わりたいと思った。偽るのでは無く、根本から。その人に相応しい人間になりたいと思ったんだ。何を今更と思うだろう。今までの事を棚に上げてと思うだろう。分かっている、分かっているんだ……。それでも私はその人の為に何かしたい。きっとこれは傲慢だ。生意気だ。不律儀だ。それでも、その人の隣に居たい。}}



 気が付けば、もう騒めきは無くなっていた。



{{私は君が欲しい。友達でも恋人でも構わない。君の隣に立っていたい。これからもずっと。この先もずっと一緒にいたい。君を愛しているよ。涼君}}


{{以上}}





――――――






 栞先輩の衝撃の告白を生徒集会で受けて、気が付けばもう4時限目が終わろうとしていた。


 髪をびっくりするほど短くしていると驚いていれば、そんな小さな驚きなど問題にならないくらいの公開告白に目玉が飛び出る程驚嘆した。

 そんな驚きが拭い切れないまま今に至っている。


 栞先輩が俺の事を好きだなんて、今まで微塵も思った事は無かった。

 彼女は俺の理想で憧れの人だった故に、雲の上の人で。もうそれは恋愛感情なんて烏滸がましい、最早崇拝に近い感情で。


 そんな栞先輩に告白されただけで十分目を回す出来事なのに、周囲は俺に考える時間を与えてはくれない。


 

 あれからクラスに戻った途端、兎に角もう野次馬が大変な事になっていた。

 これは向日葵に告白された時と同様で、女子がここぞと言わんばかりに絡んで来る。いつもはそこまで話さない子達までが、休み時間中押し寄せて来る。


 それでも授業中は一人で考え事に浸れる事もあり、4限目でようやく冷静になりつつあった。


 栞先輩とはあまりメールは交わさない。

 彼女から連絡がある時は決まって電話が掛かって来るのだが、今日は本当に珍しくメールが届いていた。


「昼休み、生徒会室に来るように」


 このタイミングで生徒会の業務とは正直あまり考えられない。恐らく想像している通りの話の内容だと思う。


 時計を見れば授業が終わる時間。意識し過ぎて時計を無駄に凝視してしまう。



 キーンコーン……。


 その音が耳に届くと同時に立ち上がり教室を飛び出した。



 2階には当然、殆ど人が居ない。

 小走りした所為か、緊張の所為か、心臓がバクバクと跳ねる。

 見慣れた生徒会室の扉を開こうと手を伸ばせば、鼓動はどんどん早くなる。



 ガチャン。

 鍵が掛かっていた。



「あれ」


「あれ、じゃない。」


 突如背後から声が聞こえて、飛び上がるように驚いてしまう。


「し、栞先輩!」


「ちょっと待ってね。今開けるから」


 驚いた俺をそのまま通り過ぎて、鍵を淡々と開ける栞先輩。

 手慣れた手付きで扉を開けば、視線をチラリと一瞬此方に向けた後に一人でに入っていってしまう。それを追いかけるようにして俺も同様に部屋に入った。


 見慣れた生徒会室も今は少し違って見えてしまう。それ程までに緊張しているのかも知れない。



「来てくれてありがとう。」



 柔らかい声。やはりあの二人で話した日から、栞先輩の口調は生徒集会の時の様な普段の口調とはどこか違う。



「いえ。俺は全然構いませんけど……」



「生徒集会の時はみんなの前でごめんね。やっぱり困ったよね……?」



 すこし申し訳なさそうに気を使って訪ねて来てくれる。



「い、いやまあ大変でしたけど……あはは……でも驚きました。栞先輩が俺の事そんな風に思ってくれてたとは夢にも思わなかったもので……」



「うん。私もこんなに好きになるなんて夢にも思ってなかったよ」



「え、えっと……その……」



 口調が凄く柔くなっても、栞先輩はやはり栞先輩で。何でもストレートに思った通りの事を口に出すさまは、いつもと変わらない。俺の知っている彼女の姿だ。

 そんな事を面と向かって言われれば、当然俺は平常心では居られない。


 二人の間に沈黙が流れる。何を言っていいのか分からない。

 栞先輩の様子をチラリと覗けば、下唇を噛む仕草を見せた。


 栞先輩のこの仕草を最近はよく見るななんて思っていれば。




「好きです。付き合って下さい」




 不意にそんな言葉が耳に届いた。

 唐突過ぎて、何を言われたのか理解に少し時間が掛かった。

 それでも一応は覚悟を決めて此処に来ていた筈なのに、それを耳にすれば今までも跳ね続けていた心臓が、これ以上ない程に大きく高鳴る。


 彼女の視線と俺の視線が交差して一つになれば、その気持ちが嘘偽り出ない事は痛い程に伝わって来た。


 向日葵の時と一緒だ。真剣な眼差し。

 それと同時に、あの時向日葵に言われた言葉を同時に思い出した。


 ――――流されている。


 確かに俺は流されやすいのかも知れない。キチンと自分の気持ちと向き合わなければ、結局付き合っても上手くは行かない。

 お互いに同じだけの想いが無ければ、相手を悲しませるだけの恋愛になってしまう。

 

 栞先輩に対していい加減な返答は絶対に出来ない。

 そんな想いと同時に、俺の口から自然と言葉が零れた。



「……お友達からでいいですか?」



「……うん」



 そんな答えにも栞先輩は目に涙を浮かべ、頷きながら笑みを返してくれた。

 いつもと違う彼女の雰囲気がとても魅力的で、俺も釣られて笑ってしまう。



 気が抜けて全身から一気に力が抜ける。

 そんな一瞬を狙い撃つかのように、頬に柔らかい感触が襲った。

 目の前まで彼女が迫って来ている事に気が付かなかった俺は頬にキスをされていて。



「好きになって貰えるように頑張る」



 耳元で囁かれるその言葉。

 間近で見た彼女のその笑顔は、今まで見た栞先輩のものの中で一番綺麗で。

 俺は彼女と目も合わせられなくなる程にドキドキしてしまう。



 ミディアムショートも栞先輩には良く似合う。なんて、取り留めも無い想いがふと脳裏を過った。

これにて栞編は終了です。

読了して下さった方、誠にお疲れさまでした。

ここまでお付き合い頂いた読者様に深い感謝を。

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