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妹フレグランス  作者: かいうす。
3章 栞
39/50

37話 抑圧


 不機嫌を表すかのように、不躾に教室の椅子に腰を掛ける。

 先程、一年生フロアの女子トイレで繰り広げられた圷唯あくつゆいとの会話が脳内に再生されると共に再度自分に強い苛立ちが襲う。

 それと同時に周囲にいる大勢のクラスメイト達に聞こえても可笑しくない、大きな舌打ちを鳴らした。



「ちっ! あー、むかつく……。」



 その態度を見た眷属達は、必死に私を宥める。

 最近はこういう態度を取ってもクラスの連中が騒ぎだす事も大分無くなって来ている。人間少し慣れると、それが当たり前と認識する様で。私の機嫌が傍から見て悪いと分かるや否や、周りの生徒達は自然と距離を取る。


 別にもう外面を気にしなくなった私は、そんな周囲の光景を一切気にすることなく一人で悪態を吐く。



「まあまあ。それにしても、あの一年生意気だね~。」



 眷属の一人、友江裕子ともえゆうこは私の苛立ちに共感して来る。

 ウェーブの効いた髪を揺らし、生意気そうな目を吊り上げ宙を見つめている。まあ一年生にあんな生意気な態度を取られたら、上級生の立場から考えれば当然の反応だろう。



圷唯あくつゆいとか言ったっけ? シメちゃう? ああいうの野放しにしてたら、もっと付け上がるよ。」



 打算的な緑川翔子みどりかわしょうこは1年生と分かるや否や、強気な様だ。持ち前の活発さとショートカットが似合う見た目が攻撃的な雰囲気を纏う。



「え~……あんまり酷い事は良くないよ~……。もっと穏便な方法にしようよ~。」



 気の弱い足立理恵あだちりえは怒り出した二人を鎮めようと身振り手振りを振るう。おっとりとした目を大きく見開き説得するも、無駄な努力に終わりそうだ。



「あれー? あくつって、圷涼あくつりょうとなんか関係あるの? 前に呼び出したのも圷唯だったし。」



 クラスで涼ちゃんの隣に座る星野亜紀ほしのあきは流石に気が付いた様だ。勿論、この4人もこの前の私の放送がキチンと聞こえていた訳であって。

 その一言を聞いた3人は一斉に此方を向く。私はギクリと表情が強張る。



「まじ!?」

「そうなの!?」

「えー!?」



 途端にニヤニヤ顔を此方に放つ眷属達。

 最近、私の威厳が大分保てていない様に思う。最近というか、あの放送室からの告白が原因かも知れない。

 今までこの4人が私にこんな挑発的な態度を取る事なんてあり得なかったのに、今では事ある事に私の恋愛事情に首を突っ込んでこようとして来る辺りがその証拠で。

 私に好きな人が居るのが今までの私を知る彼女達からしたら、それほどまでに意外だったのかも知れない。女子高生の恋バナへの関心は誠に驚くべきもので。私が鋭い目付きを向けても、臆する事無くその会話を続けてくる。


 それと同時に、私も涼ちゃんの話題を振られると強く突っぱねる事が出来ない事も相まって、ここ最近はこの4人との会話が増えた気がする。というよりかは、上手い事そちらに誘導されている。

 私は何とか涼ちゃんについての話題を回避すべく、不自然に声を荒げた。


「そんなん今はどうでもいいだろっ!」


「あーこれは……。」

「そうっぽい……。」

「ねえ~……。」


 先程驚きの声を上げた3人がまるでリレーの様に声を発する。


「あ、そういえば前に圷涼が妹がどうとかクラスの男子と話してたから、そういう事か! 今回は例の彼の為に動いた訳かー。」


 挙句の果てには、亜紀が確信に到っていた。



「ち、ちげーよ! 涼ちゃんの事は今回は関係ねーから!」



 慌ててそんな必死の弁明をするも、取り巻きの4人は呆れた様な目付きを此方に向けてくる。なんだろうこの扱い。納得が行かない。



「相変わらず、ちゃん付けなんだよなあ……。」

「例の涼ちゃんの話になると、絶対口元二ヤけるよね……。」

「ひまちゃんのふにゃふにゃ顔可愛い……。」

「向日葵、彼のこと大好きかよ……。」



 なにやら4人は彼の話題を話している時の私の表情について何か思う所がある様だ。別に普段と何も変わらないと思うのだが、客観的に見ると違うのかも知れない。


 私はこの状況に耐えられなくなり、思い切り机を両手で叩きながら立ち上がった。大きな音が教室中に鳴り響く。

 雑談に更ける半数程のクラスメイトの注目を一身に浴びるも、最早皆この程度は日常茶飯事になりつつある結城向日葵の姿を少し確認する程度。

 私自身も周囲を気にする素振りも無いまま話を進めていく。



「くだらねー話してる場合じゃねーんだよ! 兎に角、勝手に圷唯あくつゆいに手を出すなよ! 何かあれば私が動く。」



 その指示には4人共逆らう意志は無さそうだった。


 そもそも今はそんな浮かれた話をしている場合では無い。

 今日の唯の醜態。なんてみっともない姿。あんな自分を見失っている姿は唯は早々は見せない。

 こんな日の明るい内、真昼間から何の計画かは知らないが、誰が聞き耳を立てているか分からない様な場所で堂々と危ない掛け引き。


 原因は当然、涼ちゃんの事だろう。

 唯は蛍光院栞けいこういんしおりに突き落とされたと言っていた。病院に駆け付けた時の涼ちゃんの様子を見れば確かにそれが事実なのかも知れない。それだけを考えれば、確かに頭に来る。

 しかし、涼ちゃんにあんな顔をされては頭に登った血も、知らぬ間に冷めてしまった。


 あんな優しい顔。

 きっと涼ちゃんはこのまま唯が問題を起こしたら酷く動揺する事だろう。只でさえ現状あんなに思い詰めた顔をしていたのに。

 もし最悪の事態に陥り、泥沼の戦い果てに唯が停学、又は退学になんてなったら涼ちゃんはきっと凄く悲しむ。

 そんな事は私が許さない。最悪の事態だけは回避させる。


 最悪の事態……やはり今の問題は唯か。


 私は4人に鋭い視線を送る。


「裕子と理恵は圷唯あくつゆいをマークしておいて。翔子と亜紀は蛍光院栞

《けいこういんしおり》をお願い。どんな小さな事も見逃さない事。何かあったら逐一グループトークで報告。とりあえずは昼休みと放課後2時間程度でいい。」



 4人は私の鋭い雰囲気を感じ取ったのか、ここ最近見せていたふざけた雰囲気を取り払う。それぞれで目配せをしている。


 昨日メールで確認したが、涼ちゃんももうすぐ退院して登校してくる。出来れば涼ちゃんの動きも今回は把握しておきたい。だが、相手は唯とあの生徒会長。出来れば、この子達には二人一組で事に当たらせたい。

 しかし私が動けば、唯が勘付く。そうなると一つ駒が足りないか。


 ただしこれは信用出来ない奴に頼める仕事では無い。涼ちゃんの近くにいる事が出来て私の息が掛かった人物。唯に寝返らなければそれでいい。実際、クラスで隣に座っている亜紀が適任なのだが。

 いや、あと一人いる事にはいる。


 私はポケットからスマートフォンを取り出して、連絡先の中から芹沢優奈せりざわゆうなの名前をタップした。


 重たい指を操作しながら、そのまま発信のボタンを押す。

 昼休みと言えど、今はもしかしたら忙しいかも知れない。それ以上に私の電話に出るかすら分からない。


 長いコール。出るまで待つ。

 


{……。}


 耳を当てているスピーカーの向こうから、ノイズと騒音だけが聞こえて来た。

 電話には出てくれた様だ。しかし芹沢優奈は何も言わない。

 それもその筈。私は、涼ちゃんと付き合った優奈に対して強い嫉妬をぶつけて、グループからハブいたんだから。


「……優奈?」


 その一言に周囲に居る4人も驚いた表情を見せた。


{……なに……?}


 優奈の声には恐怖の色が滲む。

 私はまた最低な事をしている。過去にハブいた奴を今度は自分の都合で利用しようとしているんだから。


「頼みがある。」

{……頼み……?}


 通話の向こうが少し騒がしい。時間帯を考えれば食堂の音だろう。


「優奈にしか頼めない事なんだ。」

{……都合がいいね。自分でハブいといて。}


 私はゆっくりと瞼を閉じる。


「……わかってる。」

{……分かってないよ。私があの後どんなに辛かったか。}


 彼女がどれほど辛い思いをしたかは私には分らない。

 それでも私が涼ちゃんに嫌われたと思った時の辛さを思い出す。優奈は実際に付き合っていたんだ。もっと辛かったのかも知れない。


「……お願い。」

{――――ッ!!}


 通話の向こうから、声にならない声が伝わってくる。私が頼んだ事に酷く驚いて居る様だ。

 私を囲んでいる4人からも、私のその一言に反応した様子を感じた。


{……話だけなら聞いてあげてもいい。}


 私は目を大きく見開く。

 かなりダメ元だった故に、その一言が意外だった。







―――――





 生徒会室に設置されている時計の秒針の音だけが定期的に鳴り続ける。

 部屋には私と会長補佐の水島紫みずしまゆかりの二人きり。私は今朝、圷唯の起こした騒動から引き起こされる教師や何も知らない生徒達の反感や疑心の対応でキリキリ舞い。

 ようやく昼休みにこの生徒会室で腰を据えられた。


 私の頭には、今朝の校内新聞の見出しになっていた事件の事が浮かぶ。中等部の頃に引き起こした事件だった。


 何故あの事件の事を圷唯あくつゆいが握っていたのか。


 あの事件については、事を揉み消した一部の教師と私、それと被害者であり加害者である彼しか知る由も無い筈。その彼も結局、事件を引き起こした張本人という事で退学が言い渡され、もうこの学院には存在しない。


 しかし、いくら圷唯の脅迫が機能していたにしても、教師連中が情報を漏洩することは考えられない。彼らは大人だ。子供の口車に乗せられる程、非常識では無い。そもそもそんな事は、圷唯本人が一番理解している事だろう。


 ここまでの流れで圷唯がどの程度やってくるかは理解出来た。確かに、侮っていたかも知れない。華奢なその見た目に釣られて、軽視していた。


 一体誰が彼女に情報を渡したのか。


 私はあらゆる可能性を考慮する。

 その権限がある者。この蛍光院学院で内部事情に精通しており、アクセスが可能な役職に就いている者。


 しかしそんな者は存在しない。学院の揉み消した情報を盗める者なんて居るわけが無い。生徒会長であるところの私がそれを由としないのだ。あの情報はもうどこにも存在していない。それが出来るのは私くらいのものだ。


 それならば見方を変える。

 私があの事件を話した人物。それも存在していない。

 あの事件を密かに見ていた人物。それもあり得ない筈だ。

 様々な可能性を考えるも、微塵の隙もあり得ない筈だった。私の事についてそこまで深く知る人物なんて存在する訳が無い。そもそも私には、今までに構築して来た人間関係というものがまるで皆無なのだから。

 そこまで考えて、一つの可能性が頭を過る。


 いや待て、一人いる。たった一人だけ。ここ数年私の傍に居て事件の内容だけを知る人物が。もう最近は気にも留めていなかったその存在。


 私はゆっくりと振り返る。


 水島紫みずしまゆかりは今日も淡々と、無表情で私の背後に立ち続ける。



「……紫、お前か……。」


「はい。」


 彼女の表情には何の色も映されていない。今日も淡々と自分の仕事を全うする。

 何時からこんなに肝が据わった性格になったのか、ここ数年意識を割いてこなかった私には、知る由も無い。


「あの女に脅されて?」


「はい。」


 私の知る彼女はもっと臆病だった。びくびくと身体を震わせて自身の保身しか頭に無いかのような仕草と雰囲気。

 それがいつの間にか、私の知らぬうちに彼女の雰囲気は私が認識している物とは大部違うものに変わっていた。


「そうか。」


「申し訳御座いません。会長。」


 彼女は軽く頭を下げる。

 それなりの名家出身故か、その姿勢にはそれなりの気品が表れている。


「いや構わない。過ぎてしまった事はもう変えられない。それならこれからの事を考えればいい。紫、生徒会役員に召集を掛けてくれ。まずは事態の収拾に当たりたい。」


 ゆかりは下げていた頭を上げる。

 その表情は未だに無表情を貫いている。


「いえ、恐らくそれは難しいでしょう。既に役員の半数以上が圷唯に脅されて、身動きが取れない状態になっています。」


「なんだと……? そうか……。それなら呼べる者だけでいい。すぐに呼んでくれ。」


「申し訳ありません。それも出来ません。」


 再度、彼女は頭を下げる。

 私は振り向き直した姿勢を、急遽もう一度彼女に向ける。


「……は? 何故だ。」


「……私も……その一人です。この件で少しでも動きが見えれば、……と言われています……。」


 そんな彼女を見て、私は初めて気が付く。

 今の彼女は別に無表情なんかじゃない。よくよく見れば、その表情には苦渋の色がはっきりと表れていた。

 そんな事にすら気が付かない程に私は水島紫の事を知らない。知ろうともしては居なかった。結局、裏を描かれて当然の結果だった。



「……そうか。わかった。ならば自分が動こう。」


 私はポケットからスマートフォンを取り出す。

 そんな行為を阻むように再度、彼女が同じように声を漏らす。


「……それも出来ません。」


「……何?」


「生徒会長補佐の権限を持って、あなたの行動の一切を制限させて頂きます。」


「……な、んだと……?」



 その用意されていたかのような一言に唖然とする他なかった。


 確かに、生徒会長補佐には生徒会長の行動を制限する権限が与えられている。稀に自分勝手な行動を取る生徒会長を抑止する為に作られた制度だ。

 その為、会長補佐には会長自身、強い信頼関係の置ける人物を据えるのが最早伝統になりつつあるこの蛍光院学院では、その制度を用いられたのなんて、ここ数年聞いたことが無い。


 紫の背後にチラチラと見え隠れする圷唯の影。


 そこまで想定して紫を脅していたのかと深く驚嘆の色を隠し切れない。

 紫の表情には、居た堪れないと言いたげな雰囲気が痛い程に伝わってくる。


「栞さん。」


 少しの沈黙の後、紫が重たそうに口を開く。

 彼女が私の名前を呼ぶのは酷く久しい。


「私を生徒会長補佐から解任して下さい……。私がこの役職に就いている限り、栞さんの足枷にしかなりません。」


「そ、そうか……。そうかも知れないな。」


 その提案に私も同意を示す。自分が酷く動揺しているのが分かる。

 確かにそれしか無いかも知れない。このままこの状況が続けば、状況は悪化の一途を辿る。

 紫を解任し、兎に角今の現状を解消しなければならない。



「ありがとうございます……。それでは、副会長に連絡してください。」



 その一言に私はハッとする。

 そうだ。会長補佐を解任する場合は、生徒会長の独断では当然行えない。会長の

印と、副会長の了承が必要となる。

 

 つまりこの場合には、私が涼君に連絡を入れなくてはならないのであって。


 手に持ったスマートフォンを見つめる。心なしか、手が震えている様に見える。これは私の手が震えているのか、視界が揺れているのかは分からない。

 それでも、一つだけはっきりしている事があった


 ―――私には、涼君に合わせる顔なんて無い。



 スマートフォンを見つめる姿を怪訝な視線と声で此方を伺って来る紫。



「栞さん……?」


 私はポツリと掠れた声を出す。


「済まない……。それは出来ない……。」


「な、何故です!? そうしなければ、このまま圷唯の言いなりになる他無い状況なんですよ!?」


 紫は酷く驚いている。


「ああ、そうだな……。」


「そ、それなら! 学院の理事の力を使って圷唯を退学にして下さい!」


 その一言には、さほど驚かなかった。勿論、私自身も一度は考えた事だったからだ。

 そしてその先に待つ未来を簡単に想定してしまった。その時感じた感情が、自分を縛り付ける鎖の様に身体の自由を奪っていく。

 きっとこの感情ですら、圷唯が用意した罠の一部なのだろう。全ての行動とそれに纏わる結果が、彼女の有利に働く様に物事が進んで行く。


「それも出来ない……。」


「な、何故です!?」


「理事の力を行使し、圷唯を無理矢理退学させれば逆に正当性が保てない……。」


「そんな……。今まで散々やって来た事でしょう……? 何を今更……。」


 そうだ。今まで散々やって来た。

 何を今更。正論過ぎて返す言葉も見つからない。

 それでも。


「そんな事をすれば……涼君が納得しない。」


「ま、まさか会長……圷涼の事、本気だったのですか……?」



 紫のその一言が耳に届いて、反射的にスマートフォンを握っている手に力が入る。

 ピシっという効果音で我に帰る。

 画面を見れば、隅の方に亀裂が入ってしまっていた。



「……そんなこと。」 


 そんな事、私にだって分からない。

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