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妹フレグランス  作者: かいうす。
2章 向日葵
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15話 眷属



 今日の彼女はすこぶる機嫌が悪い。



 「ゆいジュース買って来て。」



 泣いた後の様に充血させた目を一瞬こちらに鋭く向けて言い放った。

 鋭い目付きの割には、背筋をピンと伸ばし遠目からは彼女の険悪な雰囲気は伝わらない。


 「ゆい」と呼ばれた少女は逆らう事無く、教室から自販機に急ぎ足で向かった。


 結城向日葵ゆうきひまわりの眷属。

 一部の人間にそう呼ばれる2年生の可愛い子達。ちなみに私もその一人。皆別々のクラスから毎朝、足繁あししげく向日葵のGクラスに通う。

 左から友江裕子、緑川翔子、先程「ゆい」と呼ばれた子が足立理恵、そして私が星野亜紀。皆、クラスの中心で2年生の可愛い子達を上から撮んだかのような4人組。朝から男子達の視線は大方此方に向けられる。


 でも私達の名前なんて、向日葵には興味の無い事の一つでしか無い。

周囲は私達の事を蛍光院の名物、可愛い5人組の親友グループなんて揶揄して祭り上げているのかも知れない。でも実際はこの中に仲が良い組み合わせなんて一つも無い。


 「ゆいちゃんゲーム」そう呼ばれるこのゲームは、王様ゲームと何らルールは変わらない。王様の命令は絶対。

 奴隷に位置する「ゆいちゃん」は1週間続き、次のゆいちゃんは前任のゆいちゃんに選定する権利がある。それ故に王様以外の3人はゆいちゃんには一際優しい。この「ゆいちゃん」が何を意味しているのかは、私達には勿論知る由も無い。

 これは言わなくても既に分かっている事かも知れないが、王様は向日葵。変動なし。


 登校してから一言も発さず、窓際の席から外を眺めいている向日葵に裕子が気を使う様に尋ねた。



「ひま、今朝なんかおかしくない? 何かあった……?」


「……は……?」


 切れそうなほどの鋭い目付きで裕子を睨む向日葵。


「あー……ごめん。」



 どうやらこの質問は失敗だったらしい。だが、裕子を非難は出来ない。この質問をしても、もし何も聞かないという選択肢を取っても、向日葵が機嫌が悪いのであればどちらにせよ当たられる。

 ここ3日程度は向日葵の機嫌は極めて悪い物であり、今日は特にひどい。今週の「ゆいちゃん」は不運だ。


 向日葵の裏の顔を知る者は少ない。この学校で私達以外に知る者と言えば、かなり限られて来るだろう。基本的には誰にでも造り物の様な笑顔で対応し、仏の様な優しさで接する。


 少し息を切らせながら、ジュースを買いに行った理恵が教室に戻って来た。



「……遅れてごめんね? はいこれ!」


 手には、オレンジジュースが握られている。


「……は? オレンジジュースかよ……。」


「あれ微妙だった……?」


「……別に。」



 備え付けのストローを剥がし突き刺す動作にもストレスの色が感じられる。

 こんな事を言っていても、いつもはオレンジを所望する。察するに、今日はいつもの機嫌が悪いのと比べても比では無い様だ。今日の言動には一際注意が必要。

 私達4人は目線を配らせ、向日葵の機嫌メーターを注意深く洞察し続ける。

 私は無難な会話を並べて間を稼ぐ事にした。



「そういえばさ、隣の席に生徒会副会長いるって言ったじゃん? 副会長のくせにもう3日も大遅刻かましてたんだけど! やばくない?」



「へえ」

「うけるー」

「そうなんだあ」


 周りの皆も興味は無さそうだが、一応は合わせてくれようとしているようだ。


「へえ……それで?」


 周囲が固まる。

 向日葵がこういう雑談に興味を持つ事は少ない。一緒に居ても会話もせず、「ゆいちゃん」に黙々と嫌がらせを続ける向日葵には酷く珍しい。



「えとね、なんか妹が微妙とか言ってたよ! あと先生に遅刻の原因聞かれて、家の大切なニワトリがッとか言ってて超ウケたし!」


「なにそれ。ウケるね……っ」



 更に私達4人は凝固に固まった。

 向日葵の口元には軽く笑みまで彩られている。

 普段ならば、無言がデフォルト。機嫌が良ければ、「ふーん。」、悪ければ「は?」が高確率。更に悪い場合は考えたくも無い。

 こんな風に笑う向日葵は滅多に無い。いつもの造り物の笑顔を私達に見せる必要も無い事から、この笑顔が本物である事は私達が誰よりも知っている。


 この会話のどの部分が気に入ったのか分からないが、向日葵の不機嫌は少しだけ解消された様だった。



 こんな歪な関係をなぜ続けているのか。なんて、これ以上無い程簡単で。


 向日葵は2年生の女子の中でトップの人物。

 その眷属と呼ばれる私たちに楯突こうとすれば、当然、向日葵が出てくる。要するに、私たちは大きな向日葵というバックを付けている。

 そんな事下らないと貶す事は簡単でも、一度人の上に立つ喜びを覚えてしまえば、もう向日葵から離れられなくなってしまう。


 お金持ちの有名なお嬢様も、強気な体育会系の部長も、成績上位の偉そうな委員長も、私達に対して強気に出る事は出来ない。

 元々私達もその連中と同じ立場のそれなりな強者だった。誰かに媚びを売るなんてあり得ないクラスのリーダー格。それでも、それなりの圧力や権威、強気が降りかかる。

 それが向日葵と仲良くなるだけで嘘の様に皆が媚び諂う。それだけの圧倒的な存在感と強さと非情さ。歯向かった子がどういう目に合ったかも噂で聞く。


 私達も以前、個人で偉そうにしていた時も向日葵ちゃんは別格と言う認識が確かに存在していた。

 今はもういない、過去眷属だった子があっという間に落ちぶれてしまう事も。


 



 だから私達は。

 この歪な関係を終わらせる事が出来ない。



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