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妹フレグランス  作者: かいうす。
1章 唯
13/50

11話 脱色


 今日、妹のゆいが倒れた。

 帰宅してから、今はいつもの様にリビングでテレビを見ている。服の少しよれた部分で手遊びをしながら、頭を揺らしてしる所を見るに機嫌と体調はそこまで悪くないようだ。

 しかし、いつも通りというのが、余計に不安を煽る。俺がこうしてリビングで唯と何時間もテレビにふけっているのも、その実心配が拭いきれないからだろう。


 唯のこの性格だからこそ、本人が大丈夫と言っていても安心は出来ない。基本的に唯は誰かの力を頼りたがらない。昔から俺や両親に対しても我儘や弱音を口に出す事は少ない。限界まで我慢して倒れるタイプ。実際に倒れたのは今回が初めてだが。

 そんな唯もテレビのチャンネル権だけは何があっても渡さないのは、まあ愛嬌とも取れるだろう。


 今は夜9時頃。既に夕食を二人で済ませ、唯は先に風呂にも入っていた様で髪が未だに少しだけ、艶やかに光っている。

 今日はいつも唯が夕食を作っている所を出前で済ませた。こんな時には軽い物でも俺が代わりに作ってやれたらいいのだが、俺にそんな料理スキルは無く、目玉焼きすら焦がすレベル。

 実際、ゆいが居なければ、毎日コンビニ弁当暮らしに追いつめられるのは、考えなくても分かっている事だ。


 忙しく海外を飛び回っている母親の教えてで「男は胃袋から掴め」という、なんとも偏った教育をしている事もあり、唯が中等部に上がってからは料理を覚えるようにと食事は全面的に唯の当番になった。

 勿論、俺に振り分けられている仕事もあり、洗濯が主。とは言っても我が家では洗濯乾燥機を導入しているので、正直二人に掛けられた負荷にはだいぶ偏りがある。




「唯。今日はもう寝ろよ。」


「え? まだ9時なんだけど。」


「今日は大事を取っといた方がいいって。」


「大丈夫って言ってるのに。それにこんな時間じゃ寝れないよ。」


「横になるだけでも大分違うからさ。」


「やだー。」


「いいから。ほら。」



 先に立ち上がり、誘導する様に手を差し伸ばした。

 唯は嫌そうな態度を一瞬見せるも、俺の手を見てしょうがなくと言った風に、その手を握り返して来る。

 立ち上がるために差し出した手だったのだが、立ち上がった後もその手を離そうとしないゆい。どうやら、このまま連れていけ、ということらしい。


 仕方なく溜息を付きそうになるが、唯の手前、それを噛み殺し2階へ向かった。


 久しぶりに唯の部屋に入る。

 相変わらず室内装飾にほとんど女の子の色は見られない。元々備え付けのクローゼット以外にはベッドと机、タンスが一つ。俺の部屋も似たようなものだから言えた義理じゃないが、お洒落とはとても言いにくい。いや、一部の人間からすれば生活感が感じられない一種のお洒落なのかも知れない。

 ふと、机の上に唯が高校進学時に撮った俺との2ショット写真が写真立てに入れられているのを見つけ、軽く口元が緩んでしまう。


 唯をベッドに寝かせながら握っていた手を離そうとすると、ギュっと力を入れられた。



「ねえ、りょう。今日どのくらい心配した?」


 唯が少し微笑みながら、唐突にそんな質問を投げ掛けてくる。

 俺も笑顔を返しながら、握られた手を握り返す。


「そりゃ家族が倒れたって言われた時ぐらい心配したよ。」


「それは一大事だね。」


「ああ、一大事だよ。」


「でも今日何か用事あったんじゃないの? とき君がなんかごちゃごちゃ言ってた。」


「あー。ちょっと友達に放課後呼ばれてただけだよ。まあ対した話もせずに電話が鳴ったんだけどさ。」


 雄介ゆうすけの奴、余計な事を。


「そっか。ごめんね。私の所為だよね。」


「いいって。それどころじゃ無かったんだから。」


「来てくれて嬉しかったよ。」


「だからってもう倒れるなよ?」


「そんな事しないよ。私は良い子なんだから。」


「ああ、知ってる。」


 ゆっくりと手を放し、唯の頭を軽く撫でる。


「ふふっ。」



 撫でられた猫の様に気持ちよさそうな表情をする唯に、就寝の言葉を掛けて部屋の電気を消した。



――――



 目を閉じて時間が過ぎるのを淡々と待つ。

 冷たいシャワーが体を打つ。


 身体が熱い。涼に手を握られた所為でずっとこんな調子だ。呼吸が荒い。脈が大きく跳ねている感覚。

 さっきのスキンシップは危なかった。思わず擦り寄ってしまおうかと思ってしまったくらい。


 もう髪には脱色剤は残っていない様で綺麗に洗い流せたようだ。シャワーを止めてギシギシとする髪を託し上げた。


 風呂から上がり髪と体を丁寧に拭いていく。ショーツを履いて鏡を見た。


 そこには今までの自分とは全く別の物が映り込む。

 少し明るくしようとしただけだったのだが少しやり過ぎてしまった様で、私の髪は真っ白に染まってしまっている。視界の端に封の空いた空箱が倒れており、「超強力ブリーチ」と表記されていた。



「ちょっとやり過ぎたかな。」



 ボソリと呟きながら、箱の裏面を難しい顔で覗き込んだ。

 よくよく読めば明らかに設定されている時間を大いにオーバーしている。それは真っ白になってしまう訳だ。


 一応几帳面に塗ったので染め残しは無いが、市販の脱色剤だけあって精度はあまり良くない様で、ほとんど真っ白になってしまっているのに毛先の先端だけは少し色が残っているような気がする。

 髪を染めるのは体温と関係があり、根本の方が染まり易いので、まあ素人がやればこうなってしまうのも仕方がない。



 今回の夢乃白亜ゆめのはくあのラブレターの件で、最近の私があきれるくらいほうけていた事を思い知らされた。涼を彼女から別れさせて、このまま幸せな時間が過ぎて行けばいいだなんて、なんて夢物語。

 人間は少し嬉しい事があるとその状況がずっと続くんじゃないかと都合よく錯覚を起こす。だがそれは大きな間違い。欲しい物があるなら、自分のその手で掴み取らなければいけない。

 現実は物語の様に都合よくは動いてくれない。

 

 この髪はその戒めだ。もう忘れてしまわないように。


 鏡には、まるで自分とは思えないような醜悪な表情の女が映っていた。



 音を立てずに階段を上がっていく。

 涼の部屋の前で止まり、静かに取っ手を回しながら押していく。

 既に夜は更けて、涼は気持ちよさそうに眠っている。


 私はいつもの様に涼の唇にキスをした。



「ねえ涼知ってる? 私って、すっごく悪い子なんだよ。」














 ここまで読んで下さった方誠にありがとうございます。

 これにて1章が終わりました。

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