5(昔話)
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びっくりするくらいの快晴で、生乾きのアスファルトの上には街路樹の葉っぱが散らかっていた。
朝早くに町村がヒョウタンとクーラーボックスを回収に来た。
色々と訊ねたいことはあったけれども、あたしの頭はぼうっとして、頭痛と吐き気と腹痛とで、立っているのがやっとだった。
町村はほんの数秒で帰り、あたしはベッドに戻った。
熱と下痢とであたしは三日ベッドの上で過ごした。
体重が五キロ落ちた。
ようやく起き上がれるようになって最初にしたのは祖母の葬儀だった。
祖母が遺体となって発見されたのは颱風が過ぎて二日後のことだった。
県境を越えた川の下流で、だいぶひどいありさまだったらしく、身元は持ち物から判明した。
名札のついたあたしの制服。
思い当たるのはあのお天気雨。
洗濯カゴに放り込んだそれ。
夏服は三着あって、直ぐに補習も終わったこともあって、あたしは枚数を確認してなかった。
祖母が持ち出していたなんて知る由もなかった。
※
二学期の始まりを目前にした補習最終日、町村が出席していた。
さっさと帰ろうとした町村を廊下で捕まえ、あたしはあの時、聞けなかったことを訊ねた。「どうしてあたしだったの?」
「お婆さんに頼まれた」目を合わさずに町村はいった。
その答えに「そう」あたしはすとん、と腑に落ちるのを感じた。「クーラーボックスの中身は?」
「カッパの肉」
「ほんとは?」
「知ってどうする?」顔を窓の外に向け、逆に町村は訊いてきた。黙っていると、町村は静かに口を開いた。「カラス除けと一緒」
「……もしかして、お婆ちゃんはあたしの代わりに、」いいかけた言葉を町村は遮った。「ナンセンスだよ」視線を遠く空の向こうに投げたまま語を継いだ。「カッパだなんて」
「それは、」飲みかけた言葉をどうにか口にした。「狡いよ」
「そうだよ」悪びれた様もなく町村はいった。「それは相手も同じ。溺れた娘が年頃になったら嫁に貰う、古い口約束」
「それをお婆ちゃんが?」
「さあね」町村はお終いとばかりに踵を返し、歩き出した。両手をポケットに入れ、猫背気味なその背中に、咄嗟に言葉を投げていた。「中身、ほんとは空だったんでしょ!?」
町村は歩きながら軽く片手を上げて見せただけだった。
こうして夏が終わった。
同じクラスでありながら町村とは一言も交わすことなく進級し、別々のクラスになって別々の高校へと進学した。
今でもあたしはときどき思う。
もしもあの晩、クーラーボックスを開けていたらどうなっていたのだろうと。
二十歳の成人式。
同窓会で町村に会えるかと思ったけれども、それは叶わなかった。
久しぶりに会った清水と吉川にそれとなしに訊ね聞くも怪訝な顔をされた。「誰だっけ?」
なんでもない、と私はその晩、合法的に飲めるようになったアルコールでしたたかに酔っぱらって帰宅した。
今はもうただの昔話で、だから誰も何も知らないでいる。
─了─
カッパの肉
作成日2013/06/21 10:04:29