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1(どこかで嫁入り)

   カッパの肉


 子供のころカッパに助けられたことがある。

 ぬめぬめでぬるぬるで、生臭さかった。


   ※


「くっそ」

 あたしは手札を机に投げ出した。

 ブタだ。

 向かいの清水がけけっと笑った。斜向かいの吉川はいかにも上品そうに、しかし意地悪く微笑んだ。

 ブラックジャック、五連敗。罰ゲーム、確定。


「さーてと」

 清水はニマニマしながら散ったトランプをまとめ、スペードのエースと二、そしてジョーカーの三枚を抜き出した。

 次いで絵札を除いたハート柄をより分ける。

 それぞれ伏せると、ことさらゆっくりシャッフルした。


「ほら、引けよ」

「わあったよ」鼻を鳴らして手を伸ばした。


 三枚の伏せられたカードは十の位。

 ジョーカーの扱いはゼロ。

 十枚のハートは一の位。

 ゼロは十がその代わりだ。

 それぞれの山から一枚ずつ引き寄せる。

 反すのを躊躇っていると、横から吉川がすいと手を伸ばし、さっくりめくった。「ふうん」

 スペードのエースとハートの六。

 十六番。

「町村だ」清水が取り出したクラス名簿を指さし、吉川に見せる。

 最悪だ。「もういっぺん」

「だめ」ふたりの声がハモる。


 どうにかしてもらえないかと交渉するも、「だめ」の一点張り。

 エエイとばかりになけなしのお小遣いで帰りにアイスを奢る買収まで試みたが、やっぱりふたりは首を縦に振らなかった。


「ちくしょー」あたしはケータイを取り出し、二人の読み上げる番号をプッシュした。

 呼び出し音を聞く反対で昼を終えたであろう野球部が、カンと小気味いいヒットを飛ばすのを聞いた。

 清水と吉川はニヤニヤしている。

 生ぬるい風に乗って吹奏楽部の吹き鳴らすラッパとセミの鳴き声が教室を通り抜けた。

 中学二年の夏休み。

 登校してまでなにしてるんだろうなァと、図らずも太いため息がこぼれた。

「はい?」

 電話の向こう、ふいに女のひとが出た。

 ケータイを落としそうになった。

 家にかけているのだから本人が出るとは限らないのに。「まちッ、」裏返って言葉に詰まった。

 音を立てずに清水と吉川がお腹をかかえて大笑いしている。むっとしたがそれが幸いした。「町村くんのお宅ですか」

「博史くん?」

「あ、はい、えっと、」そんな名前だっけか。「同じクラスの水無瀬といいます」

 するとケータイの向こうのひとは、ごめんなさい、と言葉を続けた。「外出していて。携帯電話も忘れていって」申し訳なさそうな声音。「用件、伝えときましょうか?」

 たぶん電話の相手はお母さんじゃないだろう。

 あたしは大した用でないと断り、電話を切った。「出かけてるって」

「なんだよー」清水は心底がっかりした顔をした。

「どこ行ってるって?」吉川の問いに「圏外」と答えた。すると「番号、聞いておけばよかったのに。あ、番号、教えても良かったね」

「やだよ」あたしはしかめっ面をして見せた。なんで町村と番号交換しなきゃならんのだ。


 そんなこんなであたしたちは下校した。

 途中でふたりと別れ、なにもこんなに暑い時間を選ばなくとも、と思いながら自転車をこいでいると不意に頭上の空が翳り、まるでしまりの悪い蛇口のような雨がぽたぽた降ってきた。

 最悪。

 空の向こうは晴れており、ぽっこりとした入道雲が見えた。

 どうやらお天気雨の真下に居合わせてしまったらしい。

 こんちくしょう。

 家まで残り僅かの距離だったし、大降りでもない半端雨。

 傘もないし、濡れたままで突っ切った。

 頭上が再び晴れたのはちょうど家の前で、それが無性に腹立たしかった。


 脱いだ制服から汗と雨の混ざったたひどいにおいがして、即行で洗濯カゴに放り込んだ。

 ブラスチックの名札を胸ポケットから外すのを忘れていた。


 シャワーを浴び、Tシャツとショートパンツに着替えると、「マリちゃ」祖母に呼び止められた。

 あたしは祖母のことがどちらかといえば苦手だ。

 だからたぶん、この暑い中、希望者を対象とした学校の補習に顔を出している。

 午前中で終わるそれに、あたしは参加する必要がない。

 清水はギリのライン、吉川だけは強制だ。

 ちなみにどこぞの塾の夏季講習に参加していれば免除される。


「お天気雨ね」祖母はいった。「どこかで嫁入りでもあったかな」しかしその目はあたしに向けられていなかった。「仏壇にキュウリ置いといたから」

 あとで持って行きな、と祖母は壁に手をつきながら奥の座敷へ戻って行く。

 今日の具合は悪くないようだ。

 ひどいときはひとりで外出し、警察のご厄介になる。

 まだらボケという言葉を知ったときは納得すると同時にぞっとした。

 今みたいにハッキリとした言葉を口にするのを聞くと、もしかして、と疑ったことがないとはいわない。

 キュウリのことは考えないようにしていたが、今年もやっぱり巡ってきたと、あたしの気持ちは暗くなる。

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