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私のクリスマスイブ≒彼のクリスマス

作者: 刀根のぞみ

“あなたのクリスマス、

いくらで売ってくれますか?”

携帯電話に並んだ二行の文字。

そんな連絡を受けたのは、クリスマスまで一ヶ月を切った頃だった。


私――高森アンナは宛名を見て目を疑う。

画面を何度も見返してみるが、厳つく見える四文字――“富樫竜也(トガシ リュウヤ)”と表示しているのに間違いはなかった。

富樫というのは会社の同期ではあるのだが、ほとんど接点のない男と言える。

お風呂上がりだった私は不信に思い、

“どういう事?”

とバスタオルに包まりながら瞬時に返す。

すると間をおくことなく、

“明日の昼休みに詳細話す”

と、なんだかぶっきらぼうな返事が送られてきたのでした。


「昨日のあれ、どういう事よ」

富樫は私の指定したカフェに先に着き、優雅に珈琲を飲んでいました。

私が席に着いたタイミングで、

「高森、24日、暇?」

と、昨日の文章とは少し違った聞き方をします。

「ご想像通り、どうせ暇ですよ」

私はこの数年恋人もおらず、

クリスマスなんかに浮かれて居られるほど子供じゃないわ。なんて、

ただの“世間の行事”としか認識してこなかったクリスマス。

しかし、私以上に縁がなさそうなヤツに“暇?”なんて言われて、なんだかイラッとする。

「頼みたいことがあるんだ」

「クリスマスに頼みたいって、彼女代理とか?

……って、そんなのテレビの見すぎよね」

私は笑いながら、メニューを開きますが、

「……え?

嘘でしょう……?」

と、思わず続けました。

視界に入った富樫がとてもばつが悪そうな顔をしていたのです。

「それが本当なんだ、本気だよ。

いくらで付き合ってくれる?」

「いくらでって……」

「もちろん、当日の衣装の心配なんかはしなくて良い」

一生懸命に必死で話す富樫。

どちらかと言えばいつもクールで落ち着いた印象しかなかったため、私は笑いそうなのをぐっとこらえます。

「衣装って、何?

お見合いとか……結納をする訳じゃないんでしょう?」

「……それが。

クリスマスの日は祖母の誕生日で、今年は親戚で集まって、都内のホテルに集まることになっている。

結婚したい人がいるなら連れてこいってうるさくて」

「いきなり結婚したい人って……“付き合っている人”の間違いじゃなくて?」

通りがかったカフェの店員に、お手頃価格のランチセットを頼みながら聞きます。

「前に付き合っていた人と別れたって言っていなくて、もしかしたら続いてると思われているのかもしれない」

「ああ、だからそろそろ結婚……」

私は“結婚”というワードに“そろそろ”と付けたことによって、なんだか考えさせられてしまいました。

“そろそろ結婚”

ああ、自分ももう三十手前なのか、と。

「頼む。一日で良い。

付き合ってくれないか」

「……嘘とバレたらどうするの?」

「その時はその時さ。

そうならないように伏線は張るつもりでいるけれど」

「そう……。

まあ、一日くらい付き合ってあげても良いけれど……なぜ私?」

「同期の中で一番しっかりしてるし。女優っぽいから」

私はフォークを持とうとした手を一瞬止めました。

「……は?」

「高森が一番、“演じられそう”だったから」

「……そこは嘘でも、“演じて欲しかったから”にしてよね」

富樫は「ああ、なるほど」と小さく呟いてから、

「今週末休みだろう?買い物付き合え」

と言い放ち、レシートを手に席を立ちます。

私は昼時で賑わう店内で、ぽつりとランチをすることになったようです。

……別に良いけれど。


週末、指定された場所に向かうと、富樫は予想通り先に来ていました――待ち合わせの時間まで、あと十五分もあるというのに。

「早いのね、」

「こっちが頼んでいるのに、待たせたら悪いと思って」

富樫は目的地も告げずに歩き始めるので、少し後ろを黙ってついていく事にします。

「え、嘘でしょう……」

連れて行かれたのは高級店で、躊躇いもせず入って行く富樫に私は思わず声をかけました。

「何をしている」

富樫はそう言ってお店の入り口で立ち止まった私を不思議そうに眺めるのです。

「私には高価すぎっていうか……し、真珠と豚っていうか……」

「……豚に真珠な、」

慌てふためいて馬鹿みたいな私の腕を、「大丈夫だから」と富樫は引き寄せる。

そこで私の足はようやくお店に踏み入れることとなりました。

もう少しちゃんとした格好してくれば良かったと、店内の大きな鏡にうつる自分の姿を見てももう遅い。

ぼんやりとしていると店員さんに促され、大きな試着室へと案内されました。

「こちらを試着するように、とのことです。

靴もご用意して参りますね」

試着室に並べられたフォーマルドレスはどれも素敵でした。

着慣れたニットワンピースを勢いよく脱ぎ、そのうちの一枚に丁寧に袖を通す。

それから一枚一枚、富樫によるチェックが入り、候補は二枚に絞られました。

「ベージュのほうが柔らかい印象で良いだろう」

「私は着ていて、黒が落ち着くけれど……」

富樫はピンク寄りのベージュのフレアなドレスがお気に入りのようだが、私は黒のスッキリとしたタイトなドレスが好みだったのです。

どちらも女性らしいレースでできいるのですが、二着の印象は全く違うものだから不思議である。

「仕事のパーティーだったら黒が良いと思うが。

今回の場合はベージュだろう」

富樫はそう言ってパッパと靴やアクセサリー、バッグまで一式選んでしまうものだから、私はそれを黙って見ていることしかできませんでした。

「思ったより時間がかかったな……」

お店を出た富樫はため息をつきながらそんな風に言うものだから、

「似合うものが数少なくて悪かったわね、逆に最後の選択肢が二着で良かったじゃない」

と私は言いました。

「いや、何を着ても似合うから時間がかかったんだろう」

「……はあ?」

「まあ、決まって良かった」

思わず顔をしかめた私とは裏腹に、富樫は笑った。


十二月二十四日のお昼時。

私は富樫に連れられ、都内のホテルのロビーに居た。

「どうしよう、緊張してきた」

「大丈夫、“アンナ”は普段通りで」

そうだ、私は富樫竜也の彼女を演じるだけ。

そう言い聞かせて心を落ち着けようと大きく呼吸をしていると、

「竜也!待った?」

と、美魔女という言葉がピッタリと言える女性が現れ、それが竜也の母親であるとすぐにわかった。

「いえ、大丈夫です。

こちら、高森アンナさん」

「……初めまして。本日はお招きありがとうございます」

「あら、竜也の母です~。会えてとっても嬉しいわ」

思っていたよりもきゃぴっとした方で、私はどこか少しほっとする。

「今ね、駐車場からパパとおばあちゃん来るから……」

紫帆(シホ)美紅(ミク)は?」

「美紅は一緒に車で来て、お手洗いに行ってる。

紫帆は(マナブ)さんと来るって」

私が事前に聞いた話では、紫帆さんはお姉さんで、学さんと結婚し、名字は確か杉原(スギハラ)

美紅さんは妹さんで、兄弟で唯一実家暮らしをしているらしい。

「無難な服ね、竜兄(リュウニイ)の好きそうなものを集めましたーって感じ」

後ろから声がして、私はゆっくりと振り向きます。

「美紅!ご挨拶が先でしょう」

きゃぴっとしたお母さんがピシャリと言うものだから、なんだか私までドキッとしてしまいます。

「妹の美紅です」

「高森アンナです」

「……」

微妙な沈黙が流れる。

その瞬間、ああ、私はこの後耐えられるのだろうかと、心が重く感じられました。

「お待たせお待たせ、紫帆から電話が入って、ちょっと遅れるから先にお店に入ってろって……。

おお、君が竜也の……?」

タイミングよくお父さんとおばあちゃんが登場し、私は再び、

「高森アンナです。

本日は家族水入らずのところにお招き頂きありがとうございます」

と頭を軽く下げました。

「いえいえ、こちらこそ来ていただいてありがとうございます」

「……」

やっぱりすぐに沈黙は流れ、あたりは微妙な空気に包まれる。

それは紫帆さん夫婦が到着してからも変わりませんでしたから、私は連れていかれたレストランの個室で、運ばれてくる料理と注がれるお酒を黙って口にしていようと思いました。


「私は美紅の花嫁姿を見るまでは元気でいなきゃねえ」

出される料理が落ち着いてきた頃、お婆ちゃんは言いました。

「順番としては竜兄でしょう。

私なんてうんと先の話よ」

「竜也にはアンナさんがいるじゃない。

美紅、彼氏とはどうなったのよ」

そう言ったのは紫帆さんでした。

「彼氏?そんな事どうでも良いわ。

私は彼氏と結婚相手は別だと思うもの」

紫帆さんと美紅さんの言い合いはテンポよく進むので、聞いていて心地がよいと私は思います。

「アンナさんはどう思う?」


――え、そこで私に振りますか?


「……美紅さんの言う通り、年齢で付き合い方は変わってくると思います。

彼氏は彼氏でも、十八の時の“彼氏”と、二十八の時の“彼氏”が全く違うように」

「無難な答えね、」

美紅さんはすかさず、グサリと刺さる言葉を放ちます。

「で、アンナさんはおいくつなの?」

「私が早生まれで一つ下になりますが、竜也さんと学年は同じです。

なので会社でも同期としてお世話になってます」

「あら~そうなの~、社内恋愛なの~」

デザートが運ばれてきた頃、お母さんはほんの少しのアルコールで上機嫌になっているようでした。

「やだ、お母さん酔っぱらってる」

「酔っぱらうと面倒臭いのよ……」

ぶつぶつと姉妹で口々に言うので、私はたまたま居たウェイターに声をかけ、水をもらいます。

「あらアンナさん、気が利くわね~嬉しいわ」

水の入ったコップを両手で持ち、ゆっくりと口にふくみながら、

「今日ね、付き合っていただいたお礼に、お部屋をとってあるの。

私と主人からのクリスマスプレゼント。

この後は二人でゆっくり過ごしてちょうだいね、」

と、お母さんは確かにそう、私に告げたのでした。

「家内がすみません……。

部屋の鍵は竜也に渡しておいたから」

お父さんにそう言われ、

「いえ、こちらこそすっかり御馳走になってしまって……。

本日はお婆様のお誕生日、本当におめでとうございます」

と、私もそうご家族に告げた記憶が最後に、気がつけばホテルの一室に居ました。


「思ったより長い時間拘束させちゃったね」

「大丈夫よ、とっても美味しかった。

そして何より、素敵なご家族ね……」

彼に言われ、私はそう答えました。

――靴を脱ぎ捨て、ベッドにパタンと倒れ込みながら……。

富樫はそんな私を見ながら、

「あっという間に夜ご飯の時間になるな……。

この後はルームサービスを予約してある。時間を見計らって頼むようにするから、それは純粋にお礼として食べて行ってほしい。

しかし日付が変われば契約も切れるから、その後はどうする?

帰るならばタクシー代を払うし、泊まっていくならば何か考えるけれど」

なんて言います。

「ちょっとすぐには考えられないわ……。

今になってお酒がまわり始めたみたい……」

私がそう言うと、

「そうだね、疲れたよな……」

と横になった私の頭を優しく撫でてくれたようでした。


ふと気がつくと、私はそのまま寝てしまっていたようで、時計を見ると日付は変わる寸前。

「嘘……ごめんなさい、起こしてくれれば良かったのに」

私が言うと、彼は笑っていました。

「お腹は?」

「ちょっと……すいたかな」

小さく“おいで”とされたので起き上がると、テーブルの上にはサンドイッチと、小さなケーキがありました。

「メリークリスマス。

今日は本当にありがとう」

「すっかり寝ちゃってごめんなさい……こちらこそ、ケーキまで……」

私がそう言い終わるか終わらないかのタイミングで、

「それだけ疲れさせちゃったってことだよ。

日付も変わるし、ゆっくり休んで帰ってね」

彼はそう言って部屋を出ていこうとするのです。

「待って……。

なんで帰っちゃうの……?」

「なんでって……」

次の瞬間、私は振り返ろうとした彼の後ろ姿に抱きついていました。

「……行かないで、」

「高森……酔っぱらってる?」

「もう酔っぱらってなんかないわ。

寝惚けてもいない。

良いことを考えたのよ。

あんたのクリスマス……富樫の二十五日を私に買わせて」

私は彼によってほどかれた手を胸の前でぎゅっと握りしめながら言いました。

「高森……」

彼はとても迷惑そうな顔をしたように見えましたが、

「あなたにあげた二十四日の代わりに、私に二十五日をちょうだい」

もう一度そう口にする事で、彼は黙って私を抱き寄せてくれました。

「せっかく選んであげたドレス、着たまま寝ちゃったからシワシワじゃん」

「ん……ごめん」

「俺さ、調子良いやつって言われちゃうかもしれないけど。

高森の事が好きだった。

一目惚れみたいなやつ。

もっと近付きたいと思ったし、触れたいと思ってた。

でも会社でさえ、なかなか近い場所には行けなくて……俺の我が儘をきっかけに、こんな風になって良いのかなって。

そんな風にも思う……」

私は“うん”と、何度も小さく頷きました。

「いつも遠くに居たのは、お互いに必要とされている場所が違っただけ。

私も今日、演じていて思ったわ。

あなたは居心地が良くて、もっともっと近くに居たいと……」

ふいにキスで唇をふさがれます。

「……待って。

あなたの今日は私の今日。

時間はたっぷりあるわ。

まずはあれを頂かなきゃ……」

私はそう言って、少し表面がとろけたクリスマスケーキを指差しました。

「そうだね“アンナ”」

「……そうね、私はなんて呼ぼうかしら……」


そうして私たちは始まった。

それは静かで素敵な……クリスマスの夜。



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