1話 「運命と出会い」壱
現在北歴430年アールツヴェルン邸にて──。
林のなかで狩りをしている。飛んでいる鳥に狙いをつけ引き金を引く。
鳴り響く銃声。しかしその弾は当たる事なく、鳥の警戒心を強めるだけに終わってしまった。
「ホッホッホ、惜しかったですなお嬢様」
「ええ、少し風を読み切れなかったわ」
そう悔しく話す女性はソリューシア・アールツヴェルン。かつて国の崩落を救った英雄六貴族の中の一つ、アールツヴェルン家の孫娘にあたる。
アールツヴェルン家独特の黄金の髪の色に、透き通るほどの蒼眼。引き締まったウエストに丁度いいほどに育った胸。どれをとっても男を虜にできるような美しさがある。そして、それを更に引き立たせているのが銃を持つ構えから撃ち終わるまでのすべての所作である。全てにおいて完璧で、非の打ち所が全くない。
そもそも〈アールツヴェルン〉とは祖父であるソリュード・アールツヴェルンが『裁きの民』の1人として国を救い、新しき国王から直々に王都の一部の領地とともに頂いたものである。
〈アールツヴェルン〉は銃撃に長けている一族で、ソリュード・アールツヴェルンは狙いを定められるとその者の命が一瞬にしてソリュードの手に委ねられてしまう、というほどの命中精度を誇っていたという。
息子でありソリューシアの父のソリューガル・アールツヴェルンは、ソリュードに似合わず身体が病弱であった。だがすでに戦いが終わっていたため、ソリュードから銃術を習わないままソリューシアの母であるアリシア・アールツヴェルンと結婚しソリューシアを産んだ。その時アリシアは私を産むと同時に力尽き、ソリューガルはそれから1ヶ月を待たずして様態が急変し、あっけなく死んでしまった。
よって今では、アールツヴェルン家の身の回りの世話をしていた執事であるヒース・マサイアスと二人で暮らしている。
「難しいわね……お爺様にいつになったら追いつけるのかしら」
「心配せずともいつかソリュード様を追いこします」
「そうなって欲しいものだわ」
そう言って、ソリューシアは再び空を見上げた。
すると、ふと視界の隅になにか黒い物体が落下するのを感じ、ソリューシアはすかさずその物体が通った方向へ銃を構える。すると、その黒い物体は方向を転換し、まっすぐソリューシアの方へ向かってくる。よく注意してみると、青年だった。
「この私にケンカ売ってるわけ?……上等じゃないの!さぁ、向かってきなさい。撃ち殺してあげる!」
しかし、ソリューシアは手元が震え、照準がぶれる。
怖い。人を殺すことが。
怖い。この一発が、人の命を奪うという重さが。
「お嬢様!!」
ヒースが叫ぶがソリューシアの耳には全く届いていない。
「どうしてよ……どうしてなの!どうして手がいうことをきいてくれないのよ!?」
ソリューシアの指は恐怖のあまり硬直状態となっていて、狙いはできたとしても引き金を引くことができない。
だがその時、青年から、声が発せられる。
「……ろ!」
「?」
「伏せろ!」
「え?」
突然の声に驚いたソリューシアはただ呆然としてしまった。
「……のバカ!」
青年はさらに落下スピードを増し、ソリューシアをだき抱えてそのまま共々地面をえぐりながら転がっていった。どこかにぶつかったのか土煙もあがっている。
「お嬢様!お嬢様!大事無いですか!?」
ヒースが懸命に叫ぶ。だが、返事が返ってこない。
ソリューシアが気絶状態から覚めると一番最初に重い、そう感じた。だが温かった。この温もりを感じるのは何時ぶりだろうと。なにか違和感があったがこの時は気にしなかった。
一方、青年も目が覚めたらしいが、衝撃が凄かったからかなかなか意識がはっきりしていないらしい。
だが、青年の右手はとても柔らかいものを掴んでいてはっきりしない意識の中、その温もりだけはよく伝わった。ただ人間とは、気になるものには探究心がくすぐられるそんな生き物である。
少し右手を動かしてみる。
「ひゃん……」
青年のなかで柔らかいものと、今の声がつながったらしく青年から冷や汗が大量に吹きでて警鐘を鳴らしている。
ソリューシアも違和感に気づいたようで、そばに落ちていた猟銃を拾い構えた。
「……死ね」
「いやいや、これ不可抗──」
「──問答無用。というか、はやくどきなさい!」
ソリューシアは青年のお腹を銃の腹で殴った。
「いった!!傷に響きます!」
「そのまま死になさい!」
そんな会話をしていると土煙が晴れていった。
「お嬢様!お嬢様!無事でなりよりです!」
「ヒース!」
「お怪我はありませんか!?あの者に何かよからぬことなど!」
「怪我の方は大丈夫だけど、よからぬことなら──」
「──あ!」
「……何よ?」
青年は無理やり話題をそらすということも含めて言う。
「そういえば、君に僕が飛び込んできたのは理由があります。さっき僕が伏せろと言ったはずです。あの時君は銃によって狙われていたんですよ。誰かは知らないですけどね」
「狙われていたですって!?なんでそんなこと早く言わないのよ!」
「だって」
「だってもなにもありません!」
「はい、ごめんなさい」
ソリューシアは、まるで弟を叱っているような気分になった。
「弟がいたらこんな感じなのかな…」
「お嬢様」
「ひ、ひゃい!?」
ソリューシアは考え事をするとどうも周りが見えなくなるらしい。
「この青年の話が本当ならお嬢様を狙った犯人はまだ遠くへは行っていないはずです」
「そ、そうね!ではヒース・マサイアスに命じます。私を狙った者を捕らえなさい。殺すことは禁じます」
「はっ。しかと承りました」
そういってヒースは腕を縦に振るとそこに異空間ができ、入っていった。
「すごいですね、あの執事の人」
「もちろんよ!ヒースは空間魔法を操る世界でただ一人の執事よ!すごくない事なんかないわ」
「へぇ」
「そうよ!なんたってこの私が直々に指名までしたのよ!あ、ところで──」
ソリューシアが振り向く。チャームポイントである金色の髪と蒼眼の目が陽の光によってキラキラと輝く。
だが、青年はすでに倒れていて腹部から血を流していた。
「えっ…!ちょっと!しっかりしなさい!まさかあの時私をかばったの!?ちょっと!」
ソリューシアは咄嗟にヒースを頼ろうとしたが、先ほど命令を下したためここにはいない。
「もぉ……まったく!世話の焼ける子ね!」
青年は背がソリューシアよりも小さかったため、おぶる事が出来た。
そのまま、青年はアールツヴェルンの屋敷へと運ばれ、治療を受けることとなった。
一方、ソリューシアは微かではあるが林の奥で銃声が鳴る音を聞いた。
◇ ◇ ◇
ヒースはソリューシアから下された命令を果たすため林の中を探していた。
それと同時にソリューシアを救ったあの男はいったい何者か、それも考えねばならない。この後もやることが多いものだ、と溜息がでる。
だが次の瞬間、後ろから殺気を感じヒースは咄嗟に右に飛び退いた。
甲高い音が林の中に響く。
ヒースは考え事をしていたせいもありその銃弾は右脚を掠めた。
「……くっ!!」
すぐさま音がなった方を振り返ると、すでに装弾を終え銃を構えようとしていた。
相手の顔を見ようとしたがフードを被っていてはっきり顔を見ることが出来なかった。
「むっ……!」
その一連の動きには一片の無駄もなく、背中に寒気が走る。
相手の銃口が輝き、山なりの軌道でヒースへと銃弾が向かう。
ヒースは瞬時に指先に魔力を込め、横一文に腕を振る。異空間が目の前に開き、相手の銃弾はその中へと消失した。
相手はその様子を見て勝てないと判断したのか、背を向けて走り出した。
「逃がしません!」
再びヒースは指先に魔力を込め、縦に腕を振ると相手の目の前との空間をつなぐ。
相手は不意を突かれるが咄嗟に銃を構え、狙いをつける。
しかしヒースは冷静に狙いを判断し相手の鳩尾に拳を当てる。
「……かはっ!」
相手はそのまま声もあげず昏倒し、ヒースの腕へと身体が傾く。
ヒースはしっかりとそれを受け止め、被っていたフードを脱がす。
そこには、まだ年端もいかないような金髪の女の子の顔があった。
「やれやれ、とりあえずお嬢様のところへ連れていきましょう」
土埃を片手で交互に払い落とし、女の子をだき抱えて屋敷へと帰るのであった。