八話 決戦
1キュビエ=1.5mくらい
これで「光の帝国」は完結です。戦闘シーンなので多少長くなりましたが
一話にまとめました。
次の部隊は大陸南部中央、「翠の海」です。
アイン・アルブやその周辺の漁村から逃げ出した住人は、大草原と海岸のちょうど中間辺り、小高い丘の草原側に避難していた。
丘陵地帯にはどういう訳か、一定の間隔で窪地が出来ており、それは明らかに最近整地されたものだった。
それらの窪地は、海から見て身を隠すには最適であり、戦時の拠点を構える場所としても良く整っていた。
バイスの駆団兵による避難民の誘導が終わった頃に、大草原周囲に居を構える、草の民の氏族の先兵が合流してきた。
普段は草原の外へ出てこない彼らだが、外敵が迫っているとなれば別である。一部は避難民の救護に当たり、残りは駆団兵と共に海岸を目指していた。
「まったく、しばらくおとなしくしてたと思ったらこれだぁ」
腰に差した双剣に手で触れながら、草蛇を走らせる草の民、マダー氏族の剣士が、いかにもうんざりした声で言った。
「バイスの南章三駆団中尉だ、協力感謝する!」
「あー、気にすんなぁ! オレたちも蛙顔は気に入らねぇー!!」
背中に大剣を背負った体格の良い獣人が、紅い髪をなびかせながら叫ぶ。
彼ら草の民が操る草蛇は、走駆龍に匹敵する速さで走る。走ると言うより、うねるのだが、草の民は器用に乗り熟していた。
磯のにおいが感じられる程海に近付く。
草の民の二人が顔を顰めたとほぼ同時に、草蛇の進みが一瞬だけ遅くなった。
草蛇は塩気を嫌う。訓練されて騎乗用に育てられて来たとは言え、本能的に嫌いなものには反応してしまう。
そのほんの少しの遅れが、たまたま幸運を招いた。
<ゴォォッ!>
目の前を銀色の何かが通り過ぎていった。
音に敏感な草蛇が、接近する何かに気付たようだが、それを避ける為に急停止しても落下しなかったのは、獣人の身体能力の高さ故だった。
「うぉっ、なんだ今の!!」
「あ、あっぶねーー-!」
目の前には胸の辺りで上半身と切断されて事切れている走駆龍と、衝撃で3キュビエ程も弾き飛ばされた駆団兵の姿があった。
急いで近付いて生死を確認する。
「大丈夫だ、息はある」
「この鎧、紫黒曜石とかいったっけ。えれー頑丈だなぁ」
コンコンと胸当ての辺りを軽く叩きながら、双剣使いが感心していた。
「エゾク、お前はこの兵隊さんつれていったん戻れ」
「だなー、死んじゃいないみたいだが、骨折れてっかもだし。ついでに警告もしてくる」
二人が海の向こうを見詰める。そこにはたった今攻撃を放った、目立つ蛙顔がこちらに目を向けていた。
「いまの……水だよな?」
「何をどうしたか分からんが、水の刃を飛ばしたみたいだな。この距離まで」
恐らく100キュビエはあっただろう。
その距離を感じさせない、一撃で地龍の胴体を両断する威力の攻撃。初めて見る恐るべき遠距離攻撃だった。
◇
雷撃槍を構えて急降下したアスプレイは、信じられないものを見た衝撃で攻撃を止めて留まっていた。
それはある意味、自身を助ける判断だったから正解なのだろう。
「今のは……衝撃波か? いや、水を飛ばしたのか……」
上空で停止して、次の挙動を待つアスプレイが見たのは、海岸線に沿って低空から接近するコルムネアだった。
彼女の操る大鷲は、隊の中でも練度が高い。大陸中央に目を向けている、海族の王の死角から接敵するつもりだろう。
右手で雷撃槍を構え、たった今脅威の攻撃を放った、巨躯を持つ海族に向かう。
だがそれに気付いた海族の王は、直ぐに反応して右手を大きく振り上げて……
『グェア!』
気合いと共に水面をすくい取るように左に弾き飛ばした。
一瞬だけ青白く輝いた海水が、コルムネアに向かって烈風の速度で飛んでいく。
危ない、と叫ぼうとしたアスプレイも、真下から見上げる黒い瞳が、自分を捉えているのに気付いて息を呑んだ。
次の瞬間、水中にあった左手が弾かれるように振り上げられた。長い鉤爪と指の間の水掻きから青い光が漏れる。
反射的に大鷲の手綱を引いて、嘴を掠めるように飛んで行った水の刃を避ける。
接近しすぎは拙いと感じ、そのまま後方に向かって距離を取った。
アスプレイがちらりと左の方を確認する。コルムネアも攻撃を躱したようだった。
「只の物理攻撃ではないな。あいつが海から上がってこない理由は、この攻撃の為か……」
海族の王は、グゥという声を上げていた。撃ち漏らした事を悔しく感じているのだろう。
直ぐに海岸に向かって、左右から駆け寄るバイスの駆団兵に攻撃を始めた。
他の海族はその間も続々と上陸を続け、集まった駆団兵と戦闘になっていた。
せっかくの海龍船も今の攻撃があっては接近出来ない。
接近出来なければ、有効な攻撃手段が無い海龍船は、遊撃に回るしかなかった。
それはマイアの中型高速船も同じ事だった。
ようやく戦闘海域に到着したものの、真っ先に排除したい王には近付けない。
まだ到着していない軍船には、貫通力の高い激槍と呼ばれる遠距離兵器がある。
乳白石の巨大な鏃が先端に付いた、樹の幹を丸々柄に使った大型の銛のような攻撃兵器だ。
黒色火薬の爆発力で発射されたそれは、一撃で大型船の横腹に穴を開け、文字通りに沈めてしまう。
大量の海族に対する派兵の為、激槍は初期配備の二本しか搭載していない筈だが、それでも王には有効だろう。
「われらの機動力で、突出した所を個別に叩くか……だが……」
見たところ、他の海岸へ向かっている小舟は無い。海族が乗る小舟は、糸を引くように王の元へ集まって見えた。
出来るだけ上陸前に数を減らしたい、アスプレイはそこに意識を集中していた為、本来なら気付いてもいい筈の重要な点に気付かなかった。
海族が何処からこの海域に集まって来るのかという、基本的な問題に。
ふと大草原に目を向けたアスプレイは、大陸中央から飛来してくる、数体の存在を捉えていた。
いや、釘付けにされていた。何か大きな生き物が、海岸に向かって高速で飛翔して来る。
それは身方なのか敵なのか、いずれにしても事態が変化する事を意味していた。
数瞬の間にそれは、はっきりと形を捉えられる程に接近していた。
「ドラゴン……」
◇
丘陵の窪地に避難していた者と、拠点確保と護衛に集まっていたバイスの駆団兵は、暫くその存在に気付く事は無かった。
それは余りに速く、余りに静かで、余りに予想も出来ない存在だったから。
ドラゴンが彼らの頭上に浮いていた。
薄い黄金色に輝く、光のような大きなドラゴンと。
海の色より深い碧い体躯に、捻れた群青色の長い角を持つドラゴンと。
燃えるような灼熱の朱赤の皮膚と、白く輝く何本もの角を持つドラゴンと。
森の新緑を映したような、全身を緑に染め上げた四枚の翼を持つドラゴンと。
そして、雪の色を思わせる純白で見目麗しい、ドラゴンの姿があった。
誰もがお伽噺と伝説の中でしか知らない、人を越える力を持つ存在が、自分たちの頭の上を飛んでいたのだ。
見上げたまま声を失う者、短く叫んで腰を抜かす者、幼子を覆い隠すように抱きしめて踞る者。
紫黒曜石の甲冑に身を包んだ兵士は、剣を、槍を取って構えはしたが、一様に呆然としていた。
こんな存在にどう応じるというのか。
『小さき者らよ、恐れずとも良い』
中央の黄金に輝くドラゴンが、落ち着いて良く通る声で話し掛けてきた。
『武器を持つ者よ、丘の左右より近付く海族がある。見落とすな』
逆らう意思など毛頭無いように、唖然としたままうなずく兵士たち。
『海からの侵入者は我らが抑えよう。あれも必要であれば……』
ドラゴンの目がちらりと海に向けられたように見えた。
『ふん、あの程度光都の戦船なら、出る幕は無いな』
『お主らで、良く守れよ』
次々と頭上より響く別々の声。どれも威厳があり力強い声であったが、不思議と恐怖を感じさせるものでは無かった。
その言葉を最後に、ドラゴンは音も立てずに海に向かって飛び去った。
アスプレイが飛来するドラゴンに気付いた頃、海岸に散った海族の迎撃は、膠着状態を迎えていた。
一体一体は大して脅威では無いが、武器もそれを扱う兵士も無限では無い。
圧倒的多数で押し寄せる海族は、無限の圧力を感じさせた。
海上では高速船や海龍船による、散発的な攻撃が繰り返されていた。本来は包囲戦を仕掛ける予定だったが、王の存在がそれを許さない。
思い出したように飛んでくる水の刃が止まる事を許さない。停船してしまうと、確実に一撃でやられてしまう。
事実、中型高速船の三隻が既に破壊されていた。
数を揃えた海龍船は、身方の救出や武器の回収、速度を生かした散発攻撃に終始している。これでは効果的な攻撃とは言えなかった。
点や線では無く、面による攻撃が欲しい……アスプレイがそう考えた時、まさにその攻撃が行われようとしていた。
弧を描くように並んだドラゴンの頭上に、星の煌めきが現れた。それぞれの体色を表すような、黄金、深碧、翠緑、真紅、純白の星々。
それは次々に数を増して、星と星とが光の道で繋がれていく。
ドラゴンの頭上に、輝く点と光の道で描かれた、複雑な模様が浮かび上がった。
海族の王も何かを感じていた。突然やってきた空を統べる存在、竜族が自分たちに何かを仕掛けようとしているのを。
直ぐさま霊力を籠めた腕を振り、海水で作った水の刃を次々と飛ばす。
それに応じたのは、朱色の竜族の一人だ。
翼を広げて他の竜を守るように、大きく開いた口から勢いよく炎を吐き出した。
ドラゴンブレス。伝説でそう呼ばれる攻撃は、飛来する水の刃を次々と撃ち落とし、蒸発させていった。
空に浮かんだ模様は色鮮やかな点と線で構成され、美しい紋章を描き終わる。
それはまるで、翼を広げて天空へ飛び出していく、五体の竜を象っているように見えた。
『終の天撃』
それは言葉では無かった。
上空に展開された竜族の術式、紋章魔術を目にした者の頭の中に直接響く声。
次の瞬間、紋章から五色の光の稲妻が、陸に上がった海族目掛けて放たれた。まさに天からの落雷は、正確に海族だけを貫いて行く。
竜が放つたった一度の攻撃で、陸に上がっていた全ての海族が死んでいた。身体から炎を上げて燃えていたのだ。
◇
バイスの駆団兵は、目の前で起きた事が信じられずに固まっていた。たった今まで武器を振っていた相手が、突如炎を上げて絶命したのだ。
それも頭の上に浮かんでいるドラゴンの一撃でだ。目端でしか確認出来なかったが、空に鮮やかな模様が浮かんでいた。
今のがドラゴンが使うと言われる、紋章魔術なのか。
呆然と見詰める海上に、雄叫びとも哭声とも聞こえる声を上げる、海族の王の姿があった。
だがその目は既にドラゴンを見詰めてはおらず、遙か西の彼方に向けられていた。駆団兵も釣られてそちらに目を向ける。
<ドゥーン!、ドゥーン!>
立て続けに二発の爆発音が響き渡る。駆団兵は、高速で撃ち出された巨大な銛が、弧を描いて飛んで来るのを見た。
マイアの軍船が一隻駆けつけていた。船速を殺す事無く、狙い定めて放たれた激槍は、山なりの線を引いて王に向かって行く。
一撃で大型船を航行不能にする威力を持つ激槍だ。
次に起こるであろう、海族の王への致命的一撃を期待した駆団兵だった。
しかし彼の目は全く別のものを見る事になる。
王が身を低く屈めていた。口を大きく開き、海面すれすれから接近する軍船を睨み付けながら、海水を呑んでいた。
ぐびぐびと蠢動する喉の動きに合わせて、徐々に身体が膨れていくのが分かる。
そして、激槍が着弾する瞬間に海族の王は跳ねた。
まさに蛙が跳び上がるように、軍船に向かって跳び上がったのだ。
回避の為の行動では無い。もちろん回避行動でもあったが、目的はもっと凶悪なものだった。
『グァァァァ!!!!』
これ以上無い程開かれた王の口から、轟きのような吠え声と共に腹に溜めた海水が一気に噴き出す。
白く泡立つ水の槍、巨大な水飛沫とも言うべきものが、マイアの軍船に襲いかかった。
軍船には精霊族による守護魔法が掛けられている。精霊石と呼ばれる特殊な霊石を触媒にして、船体の防御を高めるのだ。
機動力に劣る軍船は、防御を高く保つ事で海上の橋頭堡とも言える、移動拠点になっていた。
如何に激槍の一撃と言えど、軍船の船体を貫く事は難しい。余程の近距離からなら可能かもしれないが、有効な攻撃にはなり得ない。
誰もがそう考えていた。
だが、王の放った水の槍は、その常識と安心感をまとめて粉砕した。
真っ二つに折れた船体から、次々と人が海へと投げ出されていく。
怒号と悲鳴が湧き上がる中、その様子を満足そうに眺めた海族の王は、くぐもった笑い声を上げていた。
『グェッ、グェッ、グェツ!』
◇
怒りと動揺が綯い交ぜになって、アスプレイは暫く動けずにいた。しかし直ぐに頭を切り換えて、たった今沈められた軍船に向かう。
考えを同じくしたのだろう、大鷲隊四騎はほぼ同時に軍船の甲板に降り立っていた。
「どうやってでも、奴を仕留めるぞ!」
「「はいっ!」」
アスプレイは考える。射程の長い攻撃では、見てから躱される可能性が高い。
しかし接近しすぎれば、こちらも水の刃は避けられない。ならば……
「大型雷撃槍は積んでいるか!!」
直ぐ近くにいた輸送兵が、破壊を免れていた武器の中から、目的の物を探してきた。僅かに四本。だが丁度の本数である。
「奴の真上から大型雷撃槍による奇襲を行う! これが最後の攻撃になると思え! 敵を討つぞ!!」
中型高速船と、海龍船で陽動を行うよう手配した。奇襲を仕掛けるからには、直前まで上空を意識させたくない。
四人同時に仕掛ければ、どれかは致命の一撃となるだろう。
口には出さずとも、アスプレイの気持ちは伝わっていたのだろう。三人とも強い視線で頷いていた。
ドラゴンはあれ以来動きを見せていない。同じ場所で後方を守るように飛んではいるが、紋章魔術の発動は続かなかった。
それでも海族が一掃された事で、波打ち際まで前線を押し戻せた為か、バイスの駆団兵が見事に上陸を抑えていた。
ならば大鷲隊がやる事は一つだ。
本来は遊撃部隊であり、攻撃の主力では無い。だが今は意地があった。自国の要とも言える軍船を一撃で破壊された怒りもあった。
アスプレイたち四騎は、大型雷撃槍を両腕でしっかりと抱えて、大鷲と共に上空へ駆け上がる。
海龍船や高速船、それにバイスの小型船だろう、それらが海族の王を取り巻いて攻撃していた。
固定式の大型クロスボウや、長弓による遠距離からの攻撃だが、十分に陽動になっているようだ。
四騎は距離を取りながら上へ、上へと飛んで行く。
遙か下方に腕を振って暴れる王の姿が小さく見える。アスプレイは三人に声で無く、仕草で伝えた。
三人はそれに応えるように、両手で抱え上げた雷撃槍を構え直して、準備が出来た事を伝える。
『行くぞ……』
つぶやいたアスプレイを先頭に、四騎が真下に急降下で接敵する。
例え撃ち落とされても構わない。この勢いで大型雷撃槍の破壊力をぶつければ、間違いなく奴を仕留められる。
四人が一つの意思となって王を急襲した。風を切る僅かな音以外、気取られる要素は何も無い筈だ。
絶対のタイミングで、四人同時に大型雷撃槍を投擲した。
しかし、運は彼らに身方しなかった。
一ヶ所から固まって攻撃したせいもあったろう、大陸南端での戦闘だった事もあったろう。
そして、最大の不運は正午近い日射しだった事。海族の王は一瞬遮られた日の光に反応していた。
次に王が取った行動は、今までのどれとも違っていた。
両手を深く海中に突き入れて、裂帛の気合いと共に海底の砂利ごと頭上に投げ上げたのだ。
海水と、泥と、砂利が混じった水飛沫は、意思があるかのように傘の形に広がって、王の頭上に霊力の籠もった特殊な盾を形成したのだ。
その直後次々と襲いかかる雷撃槍。
だが、見た目と異なる即席の盾はそれらを全て防ぎきり、あまつさえ衝撃で爆散する筈の槍はどれも不発に終わっていた。
水の盾。
衝撃を吸収し、火薬を濡らしてしまう水を主成分とした盾が、大鷲隊の切り札とも言える攻撃を無効化した。
◇
必殺の一撃が躱された。
アスプレイたち大鷲隊が命を掛けたと言っていい、大型雷撃槍の多重投擲は、泥と砂の盾によって防がれてしまった。
反撃を躱しながら散開する大鷲隊だったが、誰一人として冷静でいられる者はいなかった。
攻撃が効かなかった。
この一点が彼らの心を強く捉えて、続く攻撃を行う気力を奪っていた。
その為にコルムネア、隊の中で一番若い精霊族の戦士は、自分を狙う王の仕草に気付いていなかった。
アスプレイがいち早く気付き、声を上げた時には遅かった。水の刃が空中で停止していたコルムネアを襲う。
<ザンッ!>
重い音が響いた時、彼女を守るように何かがそこにあった。
空の色に溶け込むような、薄い灰青色をした痩躯の竜。
風の中を自由自在に飛び回る流族の一人が、体長に匹敵する程長い尾を振るって、飛んできた水の刃を叩き落とした音だった。
『気を抜くな』
流族は一言だけ発して再び離れていく。いつの間にか現れたドラゴンは、彼女を守っただけでまた空の上に飛び去ってしまった。
だがそれで十分だった。
完全とは言えないが冷静さを取り戻した彼らには、東の方角から高速で近付いてくる、漆黒の戦船が見えていたからだ。
バイスの誇る大型戦艦、『ゾンネリヒト』が戦闘海域に到着した所だった。
アスプレイがビレアに伝令の指示を出す。
大鷲隊で最も速い彼女が相応しいと判断したからだ。
「……のように、遠距離攻撃と、厄介な防御があります」
ゾンネリヒトに降り立ったビレアは、すぐさま海族の王に関する出来るだけ詳細な情報を伝えていた。
「なるほど……マイアの大型雷撃槍を防ぎきりますか」
アイン・フルメアからやって来た、南章船団を預かる大佐は、左右に細く整えられた口髭を捻りながら楽しそうにしていた。
つい先程まで激闘を繰り返していたビレアは、どこか小馬鹿にしたような表情に怒りを覚える。
しかし大佐は敏感にその表情に気付き、一瞬で表情を改めて頭を下げた。
「いや、申し訳ない。この歳になると、強敵が得難いものでしてな」
初老を迎えてやや恰幅が良くなったのだろう、少し出っ張ったお腹を叩いて済まなそうな顔を見せた。
「直ちにヘリオスタットを展開しろ!」
大佐の指示が飛んで、急に艦内が慌ただしくなる。
「ヘリオスタット?……それは……」
「マイアの方々は、恐らく知らんでしょうな。
我々も、滅多に使う事の無い兵器ですからな。50年ぶりくらいですか」
やや進行速度を落とした戦艦の船首で、透明な薄い板のような物が何枚も展開されていた。
それは左右に一つずつ、どちらも大きな浅い半円型をしていた。
「今日は天気も良い。幸いにして昼を過ぎた直後ですから、威力は高いですぞ」
ヘリオスタットとは、オリハルコンを使った光学兵器だ。薄い板状に伸ばしたオリハルコンで凹面鏡を作り、対象を熱線で攻撃する。
船首に取り付けた、遠見石と同じ原理の集光装置で照準を合わせ、左右に展開した凹面鏡で集めた光を、集光装置から一気に照射する。
簡単な説明を受けたビレアは、原理はさっぱり分からなかった。しかし、その高い威力は想像できた。
「海族に気付かれませんか?」
未だ展開中の凹面鏡に、あの王なら何か危機を感じるのでは無いか。ビレアはその点が気になった。
「ふむ。その為に透明な素材を使うのですよ。
多少反射して見えるでしょうが、海面のそれと大きく違いますまい」
オリハルコンに関する技術は、バイスがほぼ独占している。特にマイアの近辺では産出しない為に、その特性も余り知られていなかった。
「大佐、展開終了しました、照準も準備完了です」
「射線は確認したな? 身方に当てるなよ」
「了解です。いつでもどうぞ!」
「……撃て」
言葉と同時に、凹面鏡の色が変わった。ビレアは瞬時に銀色に変化したオリハルコンに目を見張る。
そしてほんの一呼吸を挟んで、遙か彼方の海族の王に向けて、絶対の一撃が発射された。
<キュィィィィィン!>
甲高い音を残して、一筋の白線が走る。それは狙いを寸分違わず海族の王を屠った……
筈だった。
だが何がそうさせたのか、一瞬だけ身体を捻った王の右腕を肩の付け根から切り飛ばしただけで、初撃は躱されてしまった。
その後の対応は更に素早く、左腕で再び水と泥の盾を攻撃方向に作り、そのまま水中に潜ってしまう。
「むっ、仕留め損なったか……」
続く二撃目、三撃目は水の盾と海面に阻まれ、王に届く事は無かった。
◇
海に潜った王が再び姿を現す事は無かった。
それに合わせて海族も、続々と海岸より離れて外海に向かって戻っていった。
襲来は終わったのだ。
再び起こる可能性は捨てきれないが、当面の危機は去っていた。
海族が引き上げるのを確認したのか、竜族もいつの間にか上空から消えていた。
マイアとバイスの船は沖合に停泊したまま、避難民の救護と身方兵士の救出、戦場の処理などに奔走していた。
少なくは無い住民たちの遺体と身方兵士の遺体の回収に、破壊された住居や漁港の復興など、やらなければならない事は多い。
バイスにとっても、マイアにとってもこの襲撃は痛手となった。だが収穫が無かったわけでも無い。
久しぶりに訪れた海族の遺体は、両国とも研究機関に持ち帰り色々調べる事になるだろう。
中でも海面に浮いていた、海族の王の右腕をどちらが回収するか、多少もめる可能性はあった。
しかし、バイスからマイアに応援を要請した事を考慮すれば、どちらにより利があるべきか、答えは直ぐに出されるだろう。
大草原から百名程度集まっていた草の民は、戦闘の終了を聞いて各々が氏族の部落がある草原へ戻る事にした。
彼らは特に何か要求するわけでも無く、漁村の住人たちからお礼の海魚を貰って、嬉しそうに帰って行った。
その際に初めて草蛇を目にした避難民から、妙に可愛がられていたのが印象的だった。
こうして数百年に一度と言われる、海族の王の襲来は終わった。
戦闘シーン難しいです……上手くなりたいな。